恋煩いのコンテ集
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川縁に腰をおろして思った。
「あぁ、やっちゃった。お金持ってきてないや」
小さく呟いてから、また肩を落とす。
付いてないときはとことん付いてないな。
唯一の救いは松永殿がご飯を食べさせてくれたことか。
でもあの事を思い出すと動悸がしてくる。頭も痛い。
この時代、十三、十四で嫁に行き、二十を越えると「遅い方」と言われているが、私とてそう変わらない。
まだ男を知らぬ。
だからあのように積極的にされては、松永殿でなくてもきっとこうなるのだ。
そうだ、きっと! と、誰に言い聞かせるでなく、自分に言い聞かせる。
しかし松永殿以外に私をあぁまで欲しがる人がいようか。
悲しいかな、いなそうな気がした。
「運命かしら」
「あんたも運命論者かい?」
呟くと、私の後ろに今朝の「宗矩」がいた。
何か食ってきたのか、楊枝をしーしー言わせながら私を見てる。
「松永殿も事有る毎に運命だとか宿命だとか言うのが好きな御仁でね。
松永殿も一緒かい?」
「私一人です」
「そうか、そりゃ良かった」
そう言うと横に腰かけた。
大きな体躯で有るから、私は少しばかり威圧されているような錯覚を覚えた。
「さっきはあんまりバタバタしてたんで聞きそびれちまったけど、お嬢ちゃん名前はなんてんだい?」
のんびりした口調で問われ、私は答える。
「こまです。つい先日まで各地を流浪して一座で芸をして回ってました。そちらは?」
「柳生宗矩。柳生新陰流の端くれだよォ」
「柳生…」
私が問う親切に素性を教えてくれた。
柳生といえば、最近名の知れている剣術の一派だ。
無刀取りという芸事と絡めて、戦では主流の槍や薙刀をおいて各地に剣術を普及させようとしているらしい。
「おじさんの親父が結構有名な人に師事してね、皆伝して新しい一派を作ったって訳。
おじさんは二代目。
親父が世話になってた関係で松永殿に厄介になってる」
自分の事を簡潔に述べると、通りかかった駄菓子屋から飴やら饅頭など買ってかぶりつく。
それを見た腹を空かせた子供らが母親にねだって叱られている。
「まぁ、おじさんのことは良いんだよ。
お嬢ちゃん、旅芸人してたのかい。
何か見せておくれよ」
「急に言われても……。
そもそも芸で食ってるのにただで仕事させちゃダメですよ」
「それもそうだ。
じゃあ、さっき約束したろう?
菓子をあげるよ」
懐からさっき買った饅頭を柳生殿は差し出した。
少し考え込む。
もう少し出せないのか? と。
一応そこらの舞手以上の稼ぎを今まで稼いで来た次第だ。
しかし、つい睨み付けようとして止めた。
それじゃまるで態度のでかいどら猫と変わらない。
「まぁ、報酬としては安いですが良いですよ。
あなたのその手拭いお借りしても?」
「あぁ、良いよォ?」
「それと、笛は吹けますか?」
日が沈みかけ、町に明かりが点り出す。
勤めを終え飲み歩く者共があふれ人目はある。
舞台は川辺、彼の曲目は分からぬが目で調子を教えてくれるようだ。
「では、舞わせて頂きます」
「いつでもどうぞ」
柳生殿が構える。
二小節目辺りから曲目は安倍晴明の友と言われる源博雅の作曲と気づく。
しかし、白拍子ではなく私好みの唐舞を舞う。
日ノ本の舞より、遠い異国の舞は派手で、きらびやかで、動きは激しく、情熱的。
表情は出さない日ノ本の舞は静かでまるで湖畔のようだが、異国の舞は激流のよう。
同じ「たゆたう」というゆっくりとした表現でさえ、その動き方はまるで力強さと躍動感の種類が違う。
どちらが優れているではなく、物の良さが違うのだ。
しかし慣れぬものは見ていてはしたないと思うだろう。
脚を見せ、胸元ははだける。
折角松永殿に直して着せて貰った帯、裾、全て乱れてしまっている。
しかしどうだ。
笛の音を聞き付けて集まってきた観衆の興奮した様は。
男も女も、皆目を放せないと言っているようだ。
飛ぶ度に拍手。
跳ねる度に歓声。
汗が飛び散る。
笛の音が一段と激しく響く。
終わりだと目で合図を受けた。
終演に向かい、鼓動が脈打つ。
今だ、と思いきり手を振り上げた。
その時だ。
「…こま」
この歓声の中で、松永殿の声がした。
20171217