現代人の松永さん
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「お待たせ、佐藤さん」
にっこりと笑った松永さんに私は微笑み返した。
乗ってと視線が私に言った。
私は車に乗り込んだ。
車に乗るにも作法がある。
それが自分のなら良いが、足からドカドカ踏みいる女は美しくないと学生の時に担当していた男性教師が授業中に言っていたのをふと思い出す。
最初に乗った時はかすりもしなかったのに不思議だった。
私はその時「美しくない」という言葉が素直に良くないものであると思ったからその言葉の通り、どの車でも助手席は背を向けてから入るようにしている。
というより、いくら足を置く場所だとしても、人のものを足蹴にしているような感覚になって嫌なのだ。
しかしなるほど、教師の言葉の「美しさ」の意味が松永さんの視線から感じ取れた。
首か背中か、それとも臀でも見ているのだろうか。サイドミラーから彼が見つめる目が妙に熱っぽく感じた。
何も言わず手を握られた。
「早かったですね」
そう言葉をかけると彼は舌を出して答える。
「だって早く来たかったもの」
いたずらっぽく言ってのける松永さんは幼児のように頷いた。
それから徐(おもむろ)にギアに手が掛かる。
相変わらずなんて発進の緩やかで振動が少ない運転であろう。
「ありがとうございます。お仕事の途中にごめんなさい」
「良いんだ。君が会いたいと言ってくれたから来た。
それに、あれは元々私の部下の仕事だから。
私がチェックして勝手に満足しているに過ぎない」
「でも……」
「こんなおじさんに好意を寄せてくれる可愛い子より大事なものなんか今の所無いよ」
さも当たり前のように彼は言ったので私はそれ以上否定するのを止めた。
年上の包容力とは何か。
優しさか、気遣いか。違うな。
見せ掛けで有ろうと相手に分からなければ、そんなのこの年の私だって出来るもの。
じゃあ、このフェミニズムを形成する欠片はなんだろうか。
彼の左手がまるで蛇のように右手に絡む。指が控えめに掌を擽る。気付かないふりをしているが、ここで反応を返したいと切に思った。
楽にしてほしい。
しかし私の反応などは分かりきっているであろうと勝手に推測して、やはり無視を決めた。
そしてまるで浮かび上がるように脳裏にピタリと当てはまった最初の単語が「奉仕」という言葉だった。
なるほど確かに彼の私への素直すぎるともとれる感情の出し方は私への奉仕にも似ていた。
それを成すのは父性だろうか、それとも独身男の若い娘への執着だろうか。
前者なら私に子が出来たらいずれ芽生える母性と同じものだ。
後者ならば彼が途端に忠実な下部か犬のような被虐者のように思えた。
もしくはその皮を被った嗜虐者だろう。
私の感情を弄ぶ嗜虐精神者だ。
「ねぇ、佐藤さん」
「はい」
「くすぐったくないの? 手のひら」
「くすぐったいですよ。どうして?」
「反応が無いからつまらない」
「うそつき。私、手汗が凄いから分かるでしょう」
「うん。分かってた。でもやっぱり声とか、焦れったい動きとか欲しくて」
そこまで言って彼は停車した。
良く見れば彼の院の駐車場だった。
私はくすくすと小さく笑った。
「反応が欲しい?」
「うん。欲しい」
私に向き直って幼い子のように「ちょうだい」と言う。
それがなんとも堪らない。
ギャップとでも言うのだろうか。
普段のこの人の被っている皮を一枚一枚剥がしていていってるようなそんな錯覚さえ感じた。
「良いですよ。でも土曜日まで待って」
「待てないよ」
「待てるはずよ」
まるで母のように諭す。
父親ほど年の離れた人におかしなことだ。
でもこの人もそれを楽しんでいる。
焦らされて怒るのではなく、楽しむだけの余裕を持っている。
二言目には「寛容」という単語が降りてきた。
松永さんの目付きが愉快そうに、それでいて艶っぽく煌めく。
私も期待を胸にしつつ、同じように輝いているだろうか。
「なんだか、そそるな。その口調」
「そうですか?」
「あぁ。我輩は根っからの変態だが、こう言うのは初めてだ。
虐める方がもっぱらだが、悪くない」
「ねぇ、松永さん」
「うん」
「キスしましょうか」
言うや否やシートが倒された。
ボタン式のため、ゆっくりと体が横になって行く。
松永さんもシートベルトを外し、私の上に覆い被さるようにして顔を近付けた。
「体痛くないですか?」
「少しな」
「後ろ行きますか?」
「それでも良いが、きっとキスだけじゃ済まなくなる」
「入れたい?」
「うん。触って見るか?」
少し上体を起こして彼の内腿へと掌を滑らせる。
下着の上から熱いものが伝わる。
軽く握りしめるとなんと硬いことか。
私は思わず物欲しげな溜め息をこぼした。
この人の目がとても面白そうに弧を描いた。
「ひどい人」
「どうして」
「見せつけるなんてあんまりだわ。欲しいの分かってるのに」
「君が散々焦らすからだろうな」
そのまま口を塞がれた。
味わうような丁寧なしぐさに私は脳が融かされるような気がした。
その最初の数秒のキスは弱い電流が走ったかのように背筋を刺激する。
私はキスの先にある番(つがい)となる瞬間を思い描いた。
限界まで極めて、乱れに乱れた自分のあられもない姿が容易に想像出来た。
彼の啄みはぞくぞくするほど柔らかくて、次第に私に食らいつくほどの力強さで貪ろうとする。
心地好くもあり、何かただならぬ憎悪を向けられているような気もした。
「しごいて」
「はい」
今度は私が彼の上に被さる。
そのまま舌を絡め、そそり立つ突起を優しく撫でた。
亀頭から袋の裏までを揉みしだく。
最初に触った時よりずっと大きくて質量が増した。
唇を預けていたのを離し、彼の目を見る。
恍惚の中で冷たく私を見ている。
私の手の中では彼の突起物は先走って滲み出した透明な粘液を纏っていた。
そしてテラテラと光って私を誘った。
「口でさせて」
「良いの?」
「したいの」
私はそのまま、涙を浮かべて待ちぼうけしている触角に口付けた。
先端を啄みながら一気に含むと、彼の吐息が色っぽく零れた。
男の人の堪えた声が私を興奮させる。
快楽へと足を踏み入れる一歩目の喘ぎはなんと艶やかなのかと。
「あぁ……良い」
彼は目を閉じて呟いた。
松永さんは私の頭を優しく撫でる。
両手で挟み、大切な物を扱うようにしてくれた。
薄目を開けた彼から、ふと問いかけられた。
「どんな味がする?」
「……なんでしょう。しょっぱいのと、柔軟剤の匂いが混じってて」
困惑気味に答えると彼は苦笑していた。
素直に答えすぎたようだ。
それでも私の唇を自分から離す気は無さそうな気配だった。
「そうか」
「うん。でも好き」
「なぁ、私も君のを舐めてみたい」
「それはだめ」
触角の先だけを口をすぼめて、愛撫する。
片手で根元をしっかりとおさえて、機械のように上下に首を振れば静かな興奮が私を高鳴らせる。
時折小さな呻きが聞こえてきて、必死でこらえようとするのが分かる。
びくびくと彼の触角が私の掌から飛び出そうと跳ねる。
まるで発狂した鯉がそこにいるようだ。
その内ハッキリとした声がして「あぁ」とか「うぅ」と苦しげで切ない声が上から降ってきた。
「そんな風にされたらすぐに出てしまう」
「出して下さい。私、ちゃんと飲みますから」
視線を交わらせると少し困ったような笑みを返された。
しかし、すぐに機械的な動きを再開すると彼は一時余裕を無くして小さく吼えた。
唇を放すと彼は眉間に縦皺を刻んだまま小さく肩で息をしていた。
屹立は暫く硬直を続け、そしていつのまにか萎んでいた。
私は首を傾げた。
松永さんが戸惑った笑みを浮かべて問いかけた。
「君は誰かに仕込まれたのか」
「いいえ。でも、好きな人の気持ちいい顔を見るのが好きでいつも研究していました」
「君に好きになられた子は一堪りも無いだろうね」
「はい。いつも吹いてしまうんです。
けど頑張ったのに松永さんは吹かないから、どうしてかと思って」
「いや、私だって若く幼ければその舌に吐き出していただろう」
「そうなの?」
「交接して漏らさず、という言葉が養生訓という書物に記載されているんだが、私くらいになると簡単に射精するのはよろしく無いんだとさ」
そう言うと彼は私を居直らせ、優しく頬を撫でる。
唇がまるでご褒美のように額に触れる。
そのまま口は合わさり、舌が絡み合う。
「それに、君に飲ませるのではなくて注ぎたい。
女を満足させずに勝手に極める男なんて格好悪いだろう?」
「そんなことはないですよ。愛しいと思うだけ」
「それでも我輩にも男のプライドってもんが有る」
その夜は、私たちは清いままだった。
ただし悪戯を企む共犯のようにお互い何度も目配せしていた。
車中、私は小さく独白していた。
「私、本当はして欲しいって思ってました」
「だろうな」
「止まらなくなるから、嘘ついてました」
「うん」
「今さらだけど土曜日まで待てる気がしないです」
「そうか」
私の途切れゝの言葉を聞く彼の相槌がとても楽しげだった。
時々、くすくすと微笑する彼に恥ずかしさが込み上げた。
何かあった方が逆に開き直れたかも知れない。
しかし彼のものを含んだという大胆な事実が余計に羞恥を煽る。
正面を見れず、窓の外の景色を見ると「こっちを見てくれ」と促された。
「私は嬉しかったよ。君がしてくれたことが。久しぶりにときめいた」
「いつもはあんなんじゃないんです。私もどうしてあんなこと……」
私は否定した。
あんなの本来の私ではないのだ。
あんなこと簡単に出来るような尻軽だと思われるのはごめんだった。
だから自分でも何故あのように直情的な行動が出来たのか不思議である。
だけど彼は分かりきった口調で断言する。
「良いじゃないか。それは私の前でだけの特別な姿なのだろう」
「特別……?」
「あぁ。他の男は決して見れない姿を私には晒してくれた。
君の無自覚の部分が私を求めてくれた。それが嬉しい」
そこまで言って彼は私のアパートの前に停めた。
なんて早いご到着だろうか。
時刻は午前2時を回っていた。
「君に会いに来て良かった。
明日も迎えに行こうと思うがどうかね」
助手席のドアを開けて、私に問いかける。
手をとって、抱き締め、まるで恋人にするように頬と唇にキスの雨を降らす。
私はそれを受け止めながら、問いかける。
「またして欲しいから?」
「それもあるが、君が好きになったから」
「どういうこと?」
「下心が恋になった」
眉をひそめる。
この人は私を好きではなかったのかと訝しげに彼を見た。
しかし、訝しげにする私の方が可笑しいのかとも考えあぐねる。
知り合ってからあまりに日が浅い。
人に言える義理ではないのだ。
私も心の思うままに動いてしまったのだから今さらである。
ただ自分でも分かっているつもりだが、ようやく彼から出た「好き」という言葉に小さな棘が有る気がして俯いた。
好きと言われて悲しい気持ちになったのは初めてだった。
嬉しいと言われようと、あのような事をするべきでは無かったのだと後悔した。
「下心が恋に……」
「不満かね?」
「いいえ」
強がって答えた。
相変わらず抱き締められ、その嗅ぎ馴れない新しい香りに脳がフル稼働する。
口に加えた生々しいものとは違う、その人の香りに不覚にも心がざわつく自分がいた。呟いた。
「ただ、順番が逆だと思って」
少しだけ涙が膜を張った。
どうにか堪えていた。
私は松永さんの胸に顔を埋めた。
自ら突飛な事をしていて身勝手ではあるが、絡まった糸のように複雑な女心が痛みを発している。
しかし気づくはずも有るまい。
「どうでも良いと思うが」
「単に形式張ったものが好きなのです。誕生日や結婚式と同じです」
「女性は好きだからね」
「はい」
答えると彼は小さく微笑む。
私は身を離すと「おやすみなさい」と囁いた。
何だか居たたまれない気持ちになり、逃げるように背を向けた。
彼も巣に返す親鳥のように応えた。
でも放してくれなかった。
探るような瞳が私を見ていた。
困り果てた末、彼に向き直って断った。
「これでは帰れないですよ」
「君の仕草にまだ帰せないと思った。我輩はプライドの塊なのでね」
それだけ言うとゆっくりと彼は跪く。
私は戸惑った。
やめてちょうだいと彼を立たせようとしたが舌を出して頑なに拒まれた。
夜も戸張を下げきって、月明かりさえ雲に遮られてまさに真っ暗である。
誰が見ている訳ではないが強情な彼に半ば呆れていた。
「佐藤さん」
「はい」
答えると、彼は手をとって甲に口付けた。
まるで白馬の王子様ならぬおじさまの、羽毛で撫でられているかのような柔らかさに背筋の芯が溶けそうだった。
何をするのだろうかという期待と不安があった。
暫く微動だにしない彼を私呼ぶ。
「松永さん?」
「あなたが好きです。お付き合いして頂きたい」
「はい?」
予想外の言葉に星が降ってきたような衝撃である。
いま、私はとんだアホ面を引っ提げているのだろう。
だめ? と首を傾げて問いかける彼。首を横に振ったら、小さくふっと笑った。
私は慌てて、しかし動作はゆっくりと彼を立ち上がらせる。
「何だってこんな事を……」
だめ、なんて今さら過ぎて言えるはずもないのに、あざとさを隠そうともしない女たらしの悪党に、私は小さな苦笑を漏らす。
自分へ向けた憐憫の気持ちが馬鹿らしく感じるほどであった。
「あ、笑ったな。だって君がしてほしいって言うんだもん」
およそ大人らしからぬ言動をつく彼は唇を突き出して、中指で頬をかく。
私はその中指が離れた辺りで頬へとキスを施す。
唇を離したとき、風に晒された冷たさや、乾燥して浮き出た細かな皺の溝を感じた。
「お気に召したかな? お姫様」
私は腕を後ろで交差させ、まるで十代の青い恋に戸惑うように頷いた。
少し満足そうに微笑する松永さんは「おやすみ」とアパートに入るまで見守ってくれた。
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