恋煩いのコンテ集
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松永殿は私の後ろ姿を眺めながら鼻唄などを歌っている。
私は土間に降りて、彼の作りすぎた料理を小鉢に分ける作業を終えて、桶に水を張る。
桜が町を彩る季節とは言え、まだ水は冷たい。
指をさらすとじんわりと痺れが来るようだ。
終わりごろには指先がほんのり朱に染まる。
一息つくと松永殿が一服すすめてくれた。
「これをやろう、金平糖だ」
さらに松永殿は掌に菓子をくれた。
そして「いい子だ」と頭をもみくちゃにされた。
珍しい菓子に視線が留まる。
その間も、犬ではないのだから止めて欲しいが、時々「ツボ」であろう場所を撫でたり押したりして、気持ちよくて成されるままだった。
これでは「嫌よ嫌よも好きの内」などと言われてしまいそうだ。
「大人しいの。我輩の按摩にうっとりしておるのかな?」
戯れ言だ。
目が私の反応を伺っているのだ。
努めて平静を装って答えた。
顔に能面でもつけているようだ。
「いえ、突然のことに驚いて身動きがとれないのです」
「なんだと、つまらん。
そこは嘘でも「久秀様の指が気持ちいいの~」とでも言っておけ」
パッと今度こそ離れる。
私の掌の中には美しい容器に入れられたキラキラ輝く謎の菓子。
一つ恐るゝ口に含むと、どんなものより極めて甘い。
それを私はゆっくりと舌の上で溶かしていく。
「甘い――ありがとうございます」
「礼には及ばん。
調度、信長から貰ったのが手元に有ってな。
おなごは好きだろう?
かく言う我輩もおじさんのくせに好きだがな」
松永殿はふはは、と自分の言ったことに笑っている。
そんなに面白いかしらと私は首を傾げる。
なら、全部じゃなくて一つくらい食べてから渡せば良いのに、と。
容器から一つ取り出して松永殿の前に出した。
不思議そうな表情の彼に更に促した。
「む? どうした?」
「甘いの、好きなんですよね?
お一つどうぞ? はい、あーん」
「あーん、だと? いや、しかし、良いのか?」
「早くしてください。溶けてしまいます」
現に指先の体温だけで溶けてべたついてきた。
「いや、待て待て。我輩、急なことで心の準備が」
私は首を傾げる。何に対しての心の準備か。
「いらないなら良いです」
「いや、いる」
口を開けたので、ひょいと入れる。
茫然と私を見る松永殿。
飴と歯がかちゃかちゃと鳴る音がした。
「大胆だな…我輩への仕返しか?」
「仕返し? 何故?
甘いのが好きと仰るから差しあげたんですよ」
「むう…親切心か。
我輩の心の汚さがより鮮明に」
大体仕返しとは何のことだ。
私は首をかしげた。
松永殿は溜め息をこぼし、私の掌の上の金平糖をまた一つ摘まむと「ほれ」と一言。
「大体な、くれると言うなら掌にのせれば良かろう。
それをお主は――まったく我輩も我輩だ。
十代の若造か」
口を開けろと促された。
あぁ、確かに少し他人の指先に戸惑う。
もし自分の舌や唾液が触れたらと思うと気恥ずかしく、その人に申し訳ない気持ちにならずにはいられぬ。
しかし自分からしてしまった手前、促されればその通りに開けるしか有るまい。
コロンと甘さが口に入り込む。
溶けていく。
甘いとは旨いとも読む。
私は二度目の甘さに目を閉じた。
それとほぼ同じくして唇に柔らかく、少し湿った感触が触れる。
目を見開いたら松永殿がすぐ近くにいた。
振りほどこうとしたが、肩を掴まれて、そのまま押し付けるように舌が歯茎を探る。
苦しかった。
どうやって息をすれば良いのかしばし忘れた。
そして思い出したように深く呼吸をすると、まるで見計らったかのように舌が奥をまさぐる。
苦しくて、無理矢理されるなど嫌悪すべき事なのに松永殿が探るように舌を絡めると目の前が白く霞む。
せめて抗っていると言う意思表示に、思いきり彼の胸を拳で叩いた。
「むっふっふう…油断したな。
我輩を翻弄するなど、いけないお姫様だ」
「翻弄って…」
まだ余韻が残るためか言葉がうまく繋がらなかった。
ただ、その言葉の意味が理解できぬままぼんやりと松永殿を見ると、僅かな苛立ちを瞳に宿した。
「分かってないのか、この天然娘め…」
そして、硬直して動けない私に更に覆い被さる。
頭を抱えて、穿つように口内の舌を喉奥に突き刺す。
吐付く私などお構い無しだ。
それに一時前より激しい攻めに戸惑う。
近づくのを拒絶出来ないのは決してこの人を好いているからではない。
時々、不本意に脳天に舞降りる快楽という名の震えが堪らなく鬱陶しく、煩わしい。
――あ…
――あ、
――あ。
口の端から、だらしなく溢れる「あ」という音に私は耳を塞ぎたくなる。
ただ、松永殿は愉快そうに呟いた。
「可愛いのう。実に良いの~。
我輩に感じておるのか? どれ――」
彼は気を良くしたのか、着物の上から乳房をまさぐった。
柔らかい手付きだ。
それに飽きると臀の方へと腕を伸ばし始める。
それがとても心地よくて私は彼の起こす波に拐われてしまいそうである。
ただ拐われたら帰ってこれないだろうな、と思うと勇気を絞り出す。
「やめて――やだ」
松永殿の力が緩んだ。
今度はやっと振りほどけた。
口の中が、砂糖の甘さと松永殿との唾液で一杯になった。
心臓が痛いほど跳ねる。
松永殿は満足そうだった。
「どうだ? 気持ち良かったろう」
「次やったら――許しません」
「そうかゝ。次やったら、やらせてくれるのか」
「そういうのは、好きな人と、したいのです」
息も絶えゝな私を見て、くすくすと微笑む松永殿。
私の言を小馬鹿にしたようにまた乳房に掌を被せようとする。
「うぶなことよ。
生娘でもあるまいに」
舌舐めずりする松永殿に私は身を縮めた。
「生娘だと悪いですか」
「まぁ、色々面倒だしな。
まさかそうだとでも?」
こくんと小さく頷く。
私はこの場でそれを喪うのかと半ば諦めて俯いた。
そして顔が燃えるように赤くなるのを感じた。
何故私はこの人にその様な告白をしているのか。
自分でも不思議であるし、言った後で後悔した。
しかし自分の仕事で付き合う姐さん達の、絶頂期と対称に不遇や不幸をも垣間見ておれば自ずとまだ見ぬ最愛へと捧げようと思わずにはいられない。
稼ぐために演技する事と現実は違う。
松永殿に至っては顔面蒼白である。
目も泳いでる。
しかし少し間を置いて感嘆も聞こえた。
厭らしい手付きがいつのまにか消えていた。
「あぁ…すまぬ。
てっきり我輩は手練れ手管を知り尽くした魔性かと」
「そんなの……聞き齧(かじ)った程度です」
「あぁ、畜生。
我輩としたことが馬鹿に輪をかけて馬鹿だな。
完全に小物だ、毛虫以下だ」
頭を掻く素振りをする松永殿。
「しかし、我輩にとってはまことに嬉しい事だ」
顔をあげる。
何が嬉しい事か。
それは私への皮肉かと眉を潜めると、松永殿はへたり込む私の髪や頬、首筋に指を這わせる。
「大事にする」
低く艶のある真面目な口調でその人は私に言った。
一体どういう意味か?
私には分からない。
ただ恥ずかしくなって、身をかわすように急いでその場を離れた。
「こま」
後ろから松永殿が呼んだが、振り返れなかった。
自分の事を小者などと下げて言うくせにまるでやることは熟練の手練れだ。
年の功にはやはり敵わぬ。
悪党を甘く見ていた報いだと思った。
20171217
改20180122