恋煩いのコンテ集
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久秀さまを送り出したあと、飛脚がやって来た。
「ごめんください」
「はいはい。如何しました?」
「こちら、松永様のお屋敷ですか?」
「そうですが」
私が言うと独り言で「そうか」と呟いていた。この方は初めて屋敷に訪れるようで、良かった、と安堵しておられた。
「弾正様の屋敷とかかれておるので、もの凄い邸宅をずっと探していました。我ながらお恥ずかしい。明智光秀様の邸宅からお届け物です。ではこれにて」
そう言うと随分大きな箱を玄関に置いていった。それよりも送り主が気になる。明智光秀様と言えば織田の外様であるが、才有ることで有名な方だ。こんな大荷物、久秀さまへの贈り物だろうか。中身は気になるが、開けるのは良くない。しかし、玄関に置くには邪魔であるし少し移動させた。ところが「重い」
思った以上に重量が有って驚いた。
私は首を傾げる。
「何が入っているのかしら……?」
この重さなら米か野菜か、はたまた反物か家具か。
しかしあの久秀さまに米や野菜が送られてくるだろうか。ずりずりと縁側の方へと箱を移動させる。
途中段差にぶつけ中身がゴツンという音をさせた。
ああ、中の物が心配だなぁ。
少し不味い、と思いながらもあまり気兼ねしていなかった
さらりとそれで終わるはずだった。
しかし不確かな事が起きた。
少女の声で「イタタタ!」と箱が喋った。
(……喋った?)
私は恐怖を感じた。
何故、箱が喋るんだ、と。
思わず後ずさった。
お台所から護身用に包丁を持参するくらいである。
奇っ怪なことは少々苦手な質であった。
「ん~……! 良く寝たのじゃ。はて、蓋が開かぬのじゃ。誰かおるか?わらわを助けて欲しいのじゃ」
「…それよりも、どこのどなたでしょうか」
私は恐る恐る尋ねた。場合によっては、蓋を開けずに飛脚に返品という可能性すら有った。しかし箱は答えた。
「ほむ、わらわは箱から箱へと身を寄せて旅をしておる者じゃ」
思うに旅人が箱に入るだろうか。
「今しがた明智光秀様のお屋敷から運ばれてきたようですが、無関係ならば処分させて頂きます」
「はうぅ! ひどいのじゃ!」
「もしくは明智様にこのままお返しいたします」
「それだけはならぬ! 父上に見つかったら、わらわは遊びに出掛けることすらままならぬのじゃ」
「父上とは?」
「ほむ、光秀はわらわが父上じゃ」
「……父上様ですか」
このように好奇心旺盛な娘御を持たれて明智殿の心情、お察し申し上げる。しかしこれは、もしかして不味い状況なのではないかしら。手違いで明智光秀様のご息女が箱に納まって運ばれてきたというのはしょうがない。
けど、あいにくここは悪党の邸宅である。
下手をしたら久秀さまが明智光秀様のご息女を誘拐したのではと思われてしまう。
誰かにこの事がばれてはならない。
いや、むしろ久秀さまに見つかったら不味いのでは?明智様のご息女がここにいると知れば、どんな悪事を考え付くか分からない。
「やっぱりご返品を」
「むぅ! ならぬと申しておろう! 父上に怒られてしまう~」
「……」
「とにかく出してほしいのじゃ~」
「……仕方ない」
悩んでもしょうがない。
私はその大きな箱の蓋をあけた。
思いの他きつく閉められていたようで開けるのに力がいた。
そして数分後、中から飛び出して来たのは、それはお人形のように美しい少女だった。
「はああ! 助かったのじゃ! わらわを助けてくれて感謝なのじゃ。そちの名を教えよ!」
「私は松永久秀様の身の回りの世話をさせて頂いております。こまと申します」
「こま? そうか、こま! 面白い名前じゃのう! 松永久秀の家臣か。 知っておるぞ、父上が溜め息をつく相手じゃな」
「うちの殿が、いつもご迷惑をお掛けしております」
何故か謝る運びになってしまった。
重臣のお身内にまでその名が知れているとは、あの方はいつもどの様なお勤めをされているのだろうか。
しかしニッコリと微笑むご息女は私の腕を取る。
あまりのことに硬直する。
「こま! わらわとダチになってはくれぬか?」
息なりの申し出。
「ダチとは」
「友人の事らしいぞ? わらわのダチが申しておった」
ふふふ、と相変わらず可愛らしく笑う彼女に『天真爛漫』という言葉がとても似合う。しかし私はそれをあえてお断りした。 彼女はとても驚いていた。
「何故じゃ! まごも蘭もわらわが申し出れば師匠曰くイチコロじゃったぞ?」
「イチコロ……。お嬢様、一般の者は出会ってすぐに誰とでも友人にはなれませぬ」
いや、それは人それぞれという事は百も承知だ。
が、相手は織田の重臣のご息女である。対して私は久秀さまという大木に寄りそうただの雇われ人。下手に動けば、久秀さまに迷惑が掛かるかもしれない。
「我々にはそれぞれ立場と言うものがございます。それにお友達とはお互いを知った上で全てを対等に認め合える関係の事だと思いませんか? お嬢様は信長様に友達になれと仰られて、彼の人と自分を対等だと思えるでしょうか」
「信長様を引き合いに出すのはずるいのじゃ」
しょんぼりと項垂れるご息女。
しかしまぁ、私とてこのように可愛らしいご友人が出来る事は嫌な事ではない。
むしろ歓迎すべき事だと思っている。
しかも相手が私を気に入ってくれているならば、出来る限り応えたいと思うのが人情というものである。
私はお茶請けの一式を手早く準備して、彼女に貴重な南蛮菓子を一つ差し上げた。
「これは?」
「急にお友達というのは難しいですが、知り合いからなら……。宜しければご一緒にお茶でもいかがですか?」
ご息女のしょんぼりした表情が、みるみる内に晴れやかになる。『嬉しい』という感情を躰(からだ)中で表現しているようだった。
「そなたは厳しいことを言いつつ優しいのじゃの。 ほむ、ならわらわもダチと認めて貰えるように頑張るのじゃ」
「いえ、特に頑張らずとも」
「いや、何事も気概が大事じゃと父上が申しておるゆえ。わらわは頑張るぞ~!」
そう言うわけで明智光秀様のお嬢様とのご縁ができた。私はその間沢山のお話をせがまれた。日常の下らない話から他の者では体験できぬであろうことまで。
ただ何気なしに喋っているだけだが、お嬢様は目をキラキラさせて面白そうに聞いてくれる。思いの他、時間が経ってしまった。気が付けば時刻は久秀さまのお帰りになる頃だった。
「そろそろ主が帰ります故、今日はこの辺で。また近い内においでくださいね」
「ほむ、わらわも楽しかったぞ。菓子も美味しかったのじゃ。今度は父上と来たいの~!」
そして手を振り、「ではの!」とお嬢様は夕暮れの町をかけ出して行く。私はお辞儀をして、その後ろ姿を見送った。それと入れ替わりで、我が殿が帰ってきた。
「ん~?こまちゃんがお出迎えしてくれるなんて珍しい。何かあったか?」
「おかえなさいませ。はい、実はお友だちが出来たのです」
「ほぉ? そうか、それは結構。友達は多い方が良いぞ。悪事を働くには人手がいるからな」
「もっとまともな言い方は無いんですか」
溜め息をつくと、久秀さまはにかっと笑ってから「だって悪党だもん」と足取り軽く屋敷に帰還した。
20180102