恋煩いの短編集
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仕事が一段落してのんびりしていると、久秀さまが嬉しそうに私の前に立って言った。
「こまちゃん、今日はなんの日か知ってるかな~?」
息なりそんな事言われても知りません、とはこんなに機嫌の良い人に言えず。はっ…まさか久秀さまの誕生日? いやいや、良い年したオッサンが誕生日報告とか普通しないよね。いや、でもこの人だし…なきにしもあらず。
「雪の降る寒い日…。もしくは寒いから暖が欲しくなる日…でしょうか?」
当たり障りなく答える。すると久秀さまは「うふっ」とまるで女性のように笑い、次に「むっふっふぅ」といつもの悪党らしい声で言った。
「ぶっぶー! 確かに正解だけど、違います! ハズレでーす!」
しかもちょっと楽しそう。
「そうですか残念。では何の日ですか?」
「今日はな〈クリスマス〉と言って、神様の誕生を祝う日らしい」
「神様ですか…」
「そう。別名〈聖夜〉とかなんとか」
私は久秀さまをじっと見た。この人、見掛けによらず切支丹だったのか、と。いやいや、それはないだろう。この人は神も仏も恐れない人だ。
何てったって奈良の大仏焼くくらいだし、その理由が「鉄の塊に仏など宿る訳がない」となかなか剛毅ですし。運命とか、目に見えぬものを追求したがる割にはとことん理論主義者な彼が「自己犠牲」を強要する宗教にのめり込む訳がない。ともすると何かある。
「んん~? なんだその目は?」
「いえ、急に神様とか言うから…久秀さま、お熱でも有るのかと」
「む、失礼な。我輩は正常であるよ。実はな…」
そう言うと、久秀さまは沢山の足袋と色合いが素敵な手触りの良い手拭いをくれた。
「このクリスマスに、足袋を飾っておくとサンタクロースとか言う真っ赤な服を着たクソジジイが家に入ってきて贈り物を届けてくれるらしい」
「だから飾れと…」
「そうだ。終わったら我輩とお主で履けば良い」
大方、そのサンタクロースなる翁(おきな)を捕まえて「何が目的だ」とか問い質す気だろう。だって目が悪いことを考えているもの。
しかし今の今まで現れない人が今年だけ特別に現れるわけもないと思うが…まぁ言わぬが華です。
「この手拭いは?」
「こいつはマフラーと言う。手拭いより生地が柔らかくて暖かいぞ」
そう言うと、久秀さまはそのマフラーを首にかけてくれた。ふんわりとして暖かい。
「こいつは我輩からの贈り物だ。クソジジイより先に贈り物を渡す我輩…実に悪党だろう?」
「…ただの良い人に見えますけど」
「んん~、それは言わない約束だろう? それにしても…こまちゃんは可愛いから何をしてもとても良く似合うの~。やはり可愛いは正義じゃのう」
「…ふふ」
「オッサンの心はお主のものよ~♪」
韻を踏む彼に思わず笑ってしまった。
「言われるほど可愛くないですよ」
「何を言う。ブスはブスッとして表情がないがゆえブスじゃからな。ニコニコしとるお主は可愛いぞ。ほらもっと笑え笑え~」
そのままマフラーを巻くだけでなく、頬や髪を撫でくり回された。頬をつねられ、その間「可愛いの~」と揉みくちゃにされてしばらく動けなかった。
「…久秀さま、感謝します。これ大事にしますね」
「そのマフラー同様、我輩のことも大事にしてくれよ~」
「えぇ。もちろん」
彼の表情が満面の笑みを帯びる。悪党が笑うとドキリとする。
しばらくジーッと私を見つめるものだから「何事?」と思った。
「むふふふ~、知っておるか? 南蛮のほうではクリスマスの夜に親しい男女や夫婦は御互いの愛を確かめあう風習があるらしいぞ」
「愛を…。そう、ですか」
「どうだ~? 我輩へのクリスマスの贈り物と思って、我輩と生命の神秘を解き明かさぬか?」
「それはつまり…」
「今夜は我輩と愛を交わそうじゃないか!」
「~~ッ!」
久秀さまはそう言うと、私を包むようにがっしりと抱きしめた。まるで「逃がさない」とでも言ってるようだった。事実、逃げようにも逃げられない。
「あの…久秀さま! 私、心の準備も、差し出す体の準備も出来ないですし…。サンタクロースが来たら見られちゃいますよ…!」
「おーおー…それもそうだ。そうだったな」
「だから、ね? それはまた今度…」
緩まる腕に納得したのかと、彼の顔を盗み見る。が、すぐに違うと気付いた。悪党は悪党。目の色が途端に邪悪な物に変わっている。
「むっふっふぅ、見られながらするのもなかなか変態ぽくて良いではないか~…人んちに無断で侵入するジジイに、取って置きの行為を二人で見せつけやろうな」
「久秀さま…無理にはしないって言ったじゃないですか」
「我輩は悪党だからなぁ…。可愛いお主を見ていたら気が変わった」
「今日は聖夜なんでしょう!? 疚(やま)しいことはダメなのではないですか?」
すると久秀さま、待ってましたとばかりにニヤッと口角をあげて言った。
「もちろん…。〈性〉なる夜だ」
字はこう書く、と掌をなぞられる。戸惑って何も言えずにいると了承と捉えたのかゆっくりと体を抱えられた。血の気がサーッと引いていくような気がした。
「あの…久秀さま…」
「なんと言われても今日ばかりは逃がさんよ。それに見られるのが嫌なら、来る前にお主を頂けば良いだけの話よ~」
「そんな…! あ…あう…ーーー」
その後、いくら夜が更けようと赤いサンタクロースなる翁は現れなかった。が、
「松永殿ー! こまちゃーん! いるかーい?」
「あぁ! 柳生殿ー! お願い、助けて、早く!」
「来るな! 宗矩ッ! 今良いとこなの!」
「なんだか分かんないけど今行くよ~」
間一髪、町でそうとう飲んで酔っ払って来た柳生殿が現れて難を逃れた。
「ちっ…!」
「おやぁ…悪いねェ。お楽しみ中だったのかい?」
「我らの聖夜を邪魔しおって!」
「まぁまぁ」
久秀さまはそう言うと、柳生殿を連れだって外に行ってしまった。
(助かった…。恐るべし、南蛮の行事…)
さながら私には邪悪なる夜。久秀さまという悪意に満ちたサンタクロースがずっと私の隣にいたのに気が付かないなんて。
「何で今なんだ…もう少し待てば、こまを抱けたと言うのに」
「俺、良い人だろ~?」
「やかましいわ!」
しかし隣で聞こえてくる久秀さまの言葉の女々しさに苦笑してしまう。そういえばこの人、こう言う人だった。
外を見れば雪の白さが明かりに照らされている。赤い服の翁も思わず外に出たがるのがわかる気がした。貰ったマフラーをして、久秀さまと柳生殿を呼びにいった。
(次回は姫始めだ)
(嫌です)
耳元で囁かれたが即答した。
20171224