恋煩いの短編集
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三好家で宴が行われる。
絢爛豪華な宴だ。
その中には時の足利将軍もいる。
都が飢饉だろうが、すぐ塀を越えた先で人が人を食っていようが関係ない。
完全な勝利者だけがこの場にいる。
これを運命と言わずしてなんと言おう。
「松永殿、今日は取っておきの見世物があるらしいのう」
「ほぅ…それは楽しみですな」
話を合わせ、笑顔を作る。
しかし、そんなものどうでも良い。
出来ればさっさと退散したいものだ。
誰が好き好んでこんな悪趣味な場所にいたいと思う。
が、現実はそうもいかない。
目の前に不幸なすだち女が現れて、今夜は長くなるなと確信した。
「はぁい、松永殿。元気?」
「これはこれは…小少将殿」
「相変わらず湿ってるわね」
「あなたは相変わらず凄まじい格好をしていると思いましてな」
「何? ダサいってこと?
そうだとしたら旦那さまに言いつけるから」
「むっふっふう、お好きにどうぞ」
得体の知れない女。
こんな女に騙されてる男は相当な阿呆なのだろうか。
「まぁ、良いわ。
今夜は特別なお客様をお呼びしたの。
楽しんでいってね」
小少将はそう言うと、彼女の言う「旦那さま」ではなく不倫相手の方に向かっていった。
知らぬが仏とは良く言ったもので、女の不貞を知らない旦那は馬鹿みたいに飲んだくれている。
「御愁傷様」とどっちに向けるでもなく言ってみた。
ここで小少将が手のひらを鳴らした。
「みなさん、注目して?
今夜は来てくれてありがとう。
実は今回はいつもの楽隊ではなくて、踊り子たちを呼んだの。
それもちょっと変わり種よ。
楽しんで貰えると嬉しいわ」
小少将が手のひらをまた鳴らす。
すると舞台が現れる。
その脇には異国の服を纏った女どもが控えている。
舞台の真ん中には長い布が二つ。
それを囲むように四人の踊り子が構えた。
音楽が鳴り響く。
この国、特に京では聞き慣れない激しい音律に頭が痛くなりそうだ。
しかし、それは我輩が全く無関心だからかもしれない。
他の貴族連中は口々に「面白い」と言っている。
(……下らん。
我輩の貴重な時間が児戯に費やされるなど)
酒を仰ぐ。
溜め息をこぼし、天を見上げると女がいた。
酔いが少し回ったらしい。
人が空を飛んでいた。
(女? まさか)
そのまさかだった。
驚いていると目があった。
女は唇に人差し指を当てると目配せした。
我輩に騒ぐなと言いたいようだ。
どうやら、舞台の欄干の上にいるらしい。
女は我輩の心配などよそに足場の悪い立地で柔軟に体を動かした。
そして、真っ逆さまに落ちた。
「何を……!」
思わず叫びそうになったが女は中央で揺れる二本の布を巧みに使い、まるで鳥のように自由に宙を泳いだ。
いきなり女が降ってきたのにも驚愕だが、この芸には観客全員が驚いた。
歓声がなりやまない。
かく言う我輩も、胸のうちが熱かった。
無言のまま女の演技を見ていた。
女の口許は薄い絹の布で隠されておりうかがえないが、目はまるで猛禽類のように爛々と輝く。
嘲るような試すような、そんな視線に男どもは一瞬にして心を奪われた。
義父の三好長慶などは年甲斐もなく興奮している上、滑稽だったのは、すだち女の旦那もその愛人も、妻そっちのけで凝視している事だ。
しかし、人の事ばかり言えぬ。
現に我輩も目を離せないでいた。
「美しい……」
誰かが言った。
その言葉に会場の者全員が賛同するように溜め息をついた。
女は妖艶に微笑む。
まるで天女のようだ。
そう思っているとその天女が地上に降りてきた。
「さぁ……こちらへ」
そして男の一人をさらっていった。
男は訳もわからぬまま雰囲気にのまれ、立ち尽くしている。
しかし舞台の女どもに、代わる代わる体のあちこちに触れられ、弄ばれ、熱い息を吹き掛けられ男は夢の中とでもいった表情をしている。
最後に天女がその額に唇を当てる。
男は「あぁ…」と感極まったように呻いた。
隣にいた重臣が囁く。
「松永殿……、
このような芸は初めてよの。
私もあの場に立ちたいと思ってしまう辺り終わってると思うか?」
「回りを良くご覧なさい。
表情が欲情に染まっておる。
皆同じ考えだからでしょう」
「そうか。……あの男が羨ましいの」
ふふふ、と、口許を扇子で覆い隠した男の考えが容易に想像できた。
大方あの天女を我が物にしたいとでも思っているのだろう。
この舞台を主催した小少将の方に目をやる。
複雑な表情をしているかと思えば案外平静だった。
(ははん……。
よもや、男どもの感情はやつの掌の中に有るのだな…)
さすがは魔性と呼ばれるだけは有る。
きっとあの踊り子たちは、あの女の部下だろう。
都の男は飽きやすい故、常に刺激を与えねばならない。
それをいち早く察知し、楽しみを提供している。
楽しみが有る限り、男どもはあの魔性から離れられない。それを上手く操っている。
(恐ろしい女よ……)
我輩の感情があの女の内に有ると思うと途端に興が冷めた。
席を立ち、外の風に当たりに出た。
会場はいつもよりも賑わいと活気があった。
それも天女の一団が湧かせたからだ。
きっと今夜はあの踊り子の全員が有力者に抱かれる事だろう。
気に入られれば、また魔性の株が上がる。
「つまらん……実につまらんな」
人の掌の上で踊るなど我輩の一番嫌うところだ。
唯一残念だと思うのはあの天女が美し過ぎた事であろう。
心を奪われるなど実に何年ぶりであろう。
それにあの目。
射ぬかれるとは当にこの事よ。
「う~む、悲しいかな男の生理というのは厄介よの~」
自らの肉欲に溺れるなど愚の骨頂だと分かりきっているが、全て理性で押さえられる訳でもない。
この滑稽な呟きも夜の都の風に拐われた。
そして我輩の予想通り宴は連日行われた。
剣舞、時代物、人情物。
おなごだけの集まりとは思えぬほど派手で華美で盛大。
その度に男は心を奪われ、その夢の住人を抱いた。
「松永殿は今夜誰と一夜を?」
「今仕事で手が塞がっておりますので……」
「そうか、残念よの」
「そういう大臣殿は、あの天女殿と床を共にしたのですか」
「ふふふ、出来るなら抱きたいものよ。
だが、誰も手を出せずにいるらしい。
松永殿も挑んでみては如何かね?」
我輩とて抱きたい。
しかし抱くならば自分の城の中でだ。
我輩の威信にかけて、すだち女に屈服は出来ぬ。
しかし、その愚かしい質問に流されそうになる己がいるのもまた事実。
(ぐぬぬぬ~……。
愚かになりきれぬ我輩が恨めしいわ)
しかし、外で溜め息と悪態を付いてその場にうずくまっていると目の前に奇跡が現れた。
「……大丈夫ですか?」
「これが大丈夫に見えるか?
我輩は今……」
相当心を病んでいるのか、幻まで見える始末。
噂の天女がいた。
「お主は舞台の……」
「はい。それより、立てますか?」
天女が我輩の介抱をするために背を撫でる。
別にどこも悪くは無いのだが、我輩はされるがままだった。
柔らかい掌の熱が背を伝うのが心地よい。
「なぜこのような……」
「あなたの事が気になっていたんです。
いつも途中でいなくなるから。
そしたら、うずくまっているので心配になって」
観客が思っている以上に、舞台の上からは客の表情が良く見えるらしい。
座る位置も同じゆえ、自然と顔も覚えるそうだ。
天女は我輩の背を相変わらず優しく撫でる。
ちらりとその顔を盗み見ると、芸を行っている時より随分幼く見えた。
「もう大丈夫だ。
それよりもなぜ我輩の後を?」
「私達、ここで踊るの今日で最後なんです。
だから、いつも最後までいてくれない人にどうしても私の舞を見せてやりたくて。
……つい、追いかけてきました」
微笑む天女。
心臓が跳ねた。
そして我輩を会場の裏に誘う。
音楽が聞こえた。
我輩の体調を気遣いながら彼女は言った。
「さぁ、掛けて。
ここなら音も聞こえます。
よろしければ、見てくれませんか」
「良いのか?
お主は舞台の華だろう。
我輩などのために」
「だめですか?」
「……いや、嬉しい」
欲しいと思った女が目の前で自分のために舞ってくれる。
にこりと口角をあげ、音に合わせて彼女は身を揺らし始めた。
きらびやかな衣装が雅に揺れる。
妖しく艶やかで、こんなものに誘われたら断れぬ。
音楽が止み、彼女が舞を止めたところを我輩は思わず引き寄せてしまった。
「……あの」
「あ、あぁ…すまぬな。
お主があまりに美しかったもので」
か細くも張りの有る腕。
近寄って分かるが、若い女の良い匂いがした。
溢れ出る、若さという魅力。
彼女は少し戸惑っていたがすぐに笑顔を見せて言った。
「いえ、お褒め頂きありがとうございます」
「気を悪くしないでくれ……すまない」
「お呼びだてしたのは私です。
来ていただいて、感謝します」
そう言うと、我輩の額に唇を当て、深く礼をして闇夜に走り去った。
まるで淡雪が消え行くようだった。
「……待て、せめて名を!」
今や影も形も遠退き声も届かない。
年甲斐もなくこんなにも寂しさを感じる。
こんなにも熱く我輩の心に火を付け、まるで業火の如く燃え盛り我輩の運命を狂わさんとする。
しかし、口許の笑みを止めることは出来ない。
久方ぶりに欲しいものができたのだから。
「罪深い天女様だ。
いずれ必ずこの手にしてみせよう」
全ての運命は望めば手の内にある。
お主の為ならば、いくらでも労を費やそう。
騒がしい音のなか、我輩は静かに思った。
20171219
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