恋煩いのコンテ集
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私の名前は「こま」
ある人の命を受け、私は各地を転々としていた。
最近になってその仕事が終わり、次の仕事まで暇を持て余していた時の話だ。
織田のお膝元の市場。通称「楽市」。
本来は制度として「楽市楽座」という改革を行った際に、庶民の間に根付いた呼び名らしい。
そんな楽市の茶屋で団子と抹茶を啜っていると、隣に金持ちそうな男が腰かけた。気にも留めずにいたが、いざ勘定というところで呼び止められた。
「お主、各地でおかしなことをして回ってるそうだな」
織田の治める土地。変な人に会った。
訝しむ私に、男はにやーっと口角をあげる。
「別にしてません。それより、どなたですか?」
そう問いかけると「むっふっふ~」と小馬鹿にしたような笑い声がした。
「我輩は松永久秀。なに、ただのしがない小悪党だ」
「小悪党…ですか。任侠の方には見えませんが」
身なりは派手の少し手前、立ち居振舞いは人をおちょくるようで、優雅。
表情は軽薄そうだが、人の心理を見抜こうとする狡猾さがある。
松永久秀と言えば通称「弾正」と呼ばれる大悪党だ。
今は織田信長と盟約を交わす一家来の様だが、その人が一体何の用があると言うのだろう。
そもそも、何故私を知っている? いや、ここは知らぬ存ぜぬを貫こう。
彼が私の名さえ知らぬなら。
「お主の活躍は、ある程度地位の有るものならば知らぬ方がモグリよ」
「…大変恐れ入りますが、私にはなんの事やらさっぱり分かりません。
その活躍されている方は女性でしょうか。
でしたら、きっと私のような普通の顔ではなくもっと美しく着飾った方なのでは?」
「ん~? それはどういう事だ?」
「何故って…女性で活躍となれば、きっと商業の手腕が優れているか、文化人でしょう?
でも、「地位の有るものならば」知っているけど、それ以外は知らない…そうなると、余程の美姫かその手の仕事で活躍されている方なのかと」
当たり障りの無さそうな言葉で、質問を逆手に取ってみた。
すると松永殿は「ふーむ」と顎に手をやって、また考え込むようなそぶりを見せた。
その隙に、私はさっさと勘定を済ます。
まともに付き合う気はない。悩んでいるうちに私はこの場をあとにした。
しかし「まぁまぁ、お嬢さん」と男は私を引き留めた。
「まだ何か?」
「人違いだったのは謝ろう。
でも、お主もそうとう頭が回るおなごよの」
「…これは性格です。特に意味はありませんし一般論を述べたまでです」
「さっき、お前さんは「普通の顔」と言ったが我輩からしてみると、随分綺麗な顔して見えるが?
まぁ絶世とまではいかんがな」
大きなお世話であると私は眉をつり上げる。
「だから何なんです」
「いや、思ったのよ。
頭も顔もよい男は武士の家では殿様の側に仕えて出世するだろう?
あの森蘭丸のように」
「おなごよりも綺麗な人と対峙させるのは性格が悪いですね」
「そうか~?
いや、お前さんのような女が出世して世の中を回すのも面白そうだと思ってな」
人を上げてみたり、貶してみたり忙しい人だ。
顔については、まぁ誉められておくが、あの森蘭丸と対比されても圧倒的にあちらの方が有利なのでなんとも言えぬ。
そもそも私を引き留めて何がしたい。
「お主、我輩に仕えてみんか?」
「は?」
「月の給与はこれぐらい出す」
足下に石ころで数字を書いていく男。
その額に冷や汗が流れる。
実を言えば前の主君より破格だった。
その条件に揺れる。
一年仕えるだけで、今以上に余裕ができる。
ちょうど前の契約の切れる時期でもある。
しかしこのような額をポンと出せる者は信用してはいけないと思った。
「不満かね?」
「いえ…初めてみる数字だったので動揺を隠せないのです」
「ふふん…我輩の元にくれば三食昼寝付の上、おやつも付いてくるぞ」
その言葉にますます疑念を膨らませた。
「あ、あなたは一体何者ですか?
どうして初対面の私に執着するのです?」
「気になるかね~?」
気になるというより恐いのだ。
一体何がこのような状況を作り出したのか分からないでいた。
「はい。…気になります」
答えると松永殿はまた、にやっと笑って言った。
「それはの~我輩がお主に惚れたからだ」
その一言と共に、私の思考は停止した。
固まっていると、松永殿は懐からごそごそと何かを取り出して「ちょっと失礼」というと紅を私の親指に塗りたくる。
それを半紙に勢いよく押さえつけると、見事な拇印が…これってもしかして。
「我輩との契約書だ。
名もなき姫君…いや、「こま」よ。末長く頼むぞ」
「わ、私はこまなどと言う名ではありませぬ」
「そうか~? まぁ、どうでもよい。
今日からお主は我輩のものなのだから。
だから名前はこまだろうが、ポチだろうが何でも良い」
「こんな契約お断りです」
背を向けると、目の前にぬっと大男が現れた。
それも大層な得物を背に構えて来たので私は身構えた。
「我輩は欲しいものは何としても手に入れたい性質(たち)でな……。
宗矩、その娘を捕らえて貰えんか?」
「えーと…それをさせるために態々俺を呼んだのかい?
まったく困ったお人だよ」
はぁ、と溜め息が聞こえた。
とても乗り気ではないという感じだが、命令には逆らえない様で背後の刀に手をかけた。
「安心しなよ。鞘は付けたままだから」
言うや否や、いかにも重量の有る一撃が上から下ろされた。
(殺される……)
冷や汗が流れる。
応戦しようにも私は戦闘員向きではないのだ。
もはやこれまで、そう思った矢先だった。
「バカ! 我輩は「捕らえろ」って言ったじゃないか!
痛め付けてどうする!
この可愛い顔が間違っても歪んでみろ!
お前の首を引きちぎって野良犬に食わせてもよいのか!」
松永殿が何故か身を呈して私を庇った。
しかしその台詞が何とも不思議で唖然となる。
宗矩と呼ばれた男も、「そういうこと?」と変に誤解して私を見る。
「松永殿ォ、そう言うことならもっと早く言ってよね。
俺ってば、間者か何かかと」
「このトンチンカンめ…貴様など解雇だ、解雇!」
「それは困るねェ…。
お嬢ちゃん、俺からの頼みだ。
松永殿ってばこんなんだから相手してくれる人がいなくて寂しいんだよ。
後生だから一緒にいてやってくれないかい?
おじさん後で甘いのあげるからさ」
「は…はぁ…」
目の前におじさん。
後ろにもおじさん。
逃げ道はたぶんない。
これは勝てそうにもないし諦めた方が良いのかも。
それに給与はとても良かったし、たまには流れに任せて見ようか、と思案した。
「分かりましたよ…」
呟くと、松永殿の目がキラリと輝いた。
私の方を見てにっこりと口角をあげる。
とても満足そうだった。
「そうか、そうか。
我輩の元に仕えるか。
むっふっふ、そうと決まればこま、さっそく我輩の屋敷に向かおうな」
こうして私は松永殿と契約することとなった。
ある種、波乱の幕開けになるとはこの時はまだ知らなかった。
20171215
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