生徒交換
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朝方降っていた雨も昼前には上がり、大きな満月と無数の星々が空に浮かぶ、夜の7時。
都内にある某高級ホテルのパーティ会場には、招待されたたくさんの企業の社長や国会議員関係者などの大人達で溢れかえっていた。中にはご子息やご令嬢であろうか、子供達も混ざってテーブルに並べられたたくさんの料理を美味しそうに頬張っている。
その会場の奥にある少し静かなベランダに、片手にノンアルコールのシャンパンの入ったグラスを持って空を眺める1人の少女。紺色のハイネックレースワンピースに、ヒールが低めのパンプスを履きこなした園城妃香琉であった。大人達と一緒に居て疲れてしまったのか、1人トコトコと外へと出ていた。
このパーティーは、現役の総理大臣の誕生日が明後日に控えているために行われている。彼女の祖父が古くからの知り合いだったため招待されていたのだ。空を眺めていると、後ろからため息をつきながら誰かがやってきた。ハーフアップにまとめた髪をなびかせながら、備え付けられているベンチにドカりと座った。
国土交通大臣の実の娘である、時党愛音だ。
制服ではない姿と、いつもと違い毛先をくるんとさせてハーフアップにして髪をまとめているせいか、パッと見では誰だか分からない。挨拶回りが済んだのか、妃香琉を見つけてここへやってきたようだ。知らない人から見ればキツめのイケメン超絶美女、と言ったところか。
「疲れた………」
「おつかれっ」
「にしてもここのホテルでかいな、ちょっとトイレ行きたくて移動するだけで迷うんだけど……」
「元々の土地が広いからね~。あ、そういえばあたし愛音のお父さんの挨拶するの忘れてる…!まだ間に合うかな…?」
「今話し込んでるから帰りがいいと思うぞ?なんならあたしから声かけとくけど……」
「なんだ、見たことのある顔ぶれだな?」
ふたりは聞きなれた声に振り返る。
顔を見て誰だかわかった途端、げっ、っと揃って嫌そうな声を発した。愛音に関しては最悪っ、と悪態まで漏れてしまっている。声を掛けてきた人物は、まさかの跡部景吾だ。彼もこのパーティーに呼ばれていたのか、ストライプ柄のスーツを身にまとい立っていた。片手にノンアルコールのシャンパンが入ったグラスを持っている。すると、いつもと違う姿を見られたのが嫌だったのか、愛音が急にベンチから腰を上げてその場を去ろうとする。もう帰るのか?という跡部の声に、不機嫌そうな声で返事をする。
「いつ帰ろうが人の勝手だろ、こんな格好見られたくないし、疲れたから帰る」
ヒールの音を鳴らしながら、彼女はそそくさと帰ってしまった。その背中を見送りながら、跡部がなんだ、可愛いじゃねえかと呟いていたが、本人の前ならば確実に殴られていたし、もしかしたら命がなかったかもしれない。
「…、跡部はなんでここにいるの?」
「あぁ、総理の孫が氷帝に通っていてな。跡部財閥とも関わりのある人だ、顔を出さないわけには行かねえだろ。榊監督にも、出てこいって言われたしな」
「ふーん?忙しいんだね跡部様はっ」
「お前も似たようなもんだろ。確か、国土交通大臣と園城不動産代表取締役社長である親父さんが大学時代の同級生なんだったな。あいつの親父さん…時党六助。現役の大臣としては最年少、総理の片腕的存在であり、総理が退任後、次期総理大臣としても有力候補とされている。ちなみに、どちらも氷帝大学の卒業生だ」
「ずいぶんとお詳しいことでー」
「フン、当たり前だろ。このぐらい知ってて当然だ」
「相変わらず上から目線……」
前髪を掻き上げながら誇らしげにそう言う跡部に妃香琉は冷めた視線を送っていた。それから跡部は後ろから妃香琉に声をかけ、グラスをテーブルに置いた後横に立って一緒に空を見上る。ふと、彼女の横顔が視界に入る。メイクと服装のせいか、いつもの学生の時とは違う大人っぽい雰囲気に戸惑い、彼はすぐさま目線を落とした。ずっと立ったままだったからか疲れたようで、お互い向かい合ってベンチに座った。
「あんたも挨拶回り済んだの?」
「あーん?当たり前だろ、真っ先に全て終わらせたぜ。軽く食べてすぐ帰ろうかと思ったんだが、たまたまお前らを見つけてな。ちょっと相手しろよ、どうせ明日は部活も休みだろ」
「そうだけど、……あ」
「?」
「姉さん、やっと見つけました!そろそろ帰りま………あ、こんばんは(この人が跡部様かな?)」
「こんばんは……。誰だ?」
「あたしの妹、明日花って言うの」
「ほぉ、全然似てねえな……いてっ」
「余計なお世話です~!」
妃香琉の長い足が跡部のスネを軽く蹴る。本気にするなと跡部がくすくす笑っているのを見て、彼女は再び彼のスネに一撃をお見舞いした。その様子を見て、彼女の妹もくすくすと笑っていた。するとそこへ、跡部家の執事、ミカエルが彼を迎えにきた。そろそろご帰宅の時間ですと伝えると、跡部はわかったと返事をし、ふたりに挨拶をしてその場を離れた。その様子を見て、ミカエルも深々とふたりに頭を下げる。その姿が見えなくなると、明日花が妃香琉の元へ駆け寄ってきた。
「あの人、跡部様ですよね?」
「うん。悪い人じゃないけど、上から目線で偉そうというかなんというか」
「氷帝で凄く人気があるんですよね!私の回りも、跡部様がかっこいいとかなんとか言ってました」
「そうなの?はっは、みんな思うことは一緒なのかね」
「へえー、さっきのが跡部様ねー」
そこへ颯爽と、また1人の美女が現れた。アイスブルーのつり目に、派手な金髪の毛先は見事に綺麗な縦ロール、上品そうな話し方と振る舞いは、某漫画に出てくるお蝶夫人を連想させる。右手で後ろ髪を流し、カツカツとヒールの音を鳴らしながらベランダへとやってきた。
彼女こそが、園城家の長女、園城シェリーである。
乙女学園の高等部に通う1年生。
性格は自分に自信があり少々高飛車なところがあるが、幼い頃からテニスを始め、部を全国大会優勝へと導くほどの実力者。プロのテニスプレイヤーからも一目おかれる存在で、自身もプロテニスプレイヤーを目指している。背は妃香琉よりも少し低く、姉妹でも顔はあまり似ていない様子。放浪癖があるらしく、次期社長候補には全く興味が無いのだとか。
「お姉ちゃん来てたの?」
「ちょっと、完全に空気だった、みたいな言い方ですわねぇ?」
「え?違うの?」
「なんてこと…!!」
「ずっとなにか食べてるイメージしかありませんでした……」
「………はぁぁーー、わたくしとしたことが。それより、お父様がタクシーを呼んでくださったわ。そろそろ帰りましょ、お父様とお母様は急用が出来たとのことで会社へ向かったわ」
「そうなの?ていうか、もうこんな時間か。明日も休みだし何しようかな」
「私、テスト期間だから勉強しなきゃ…」
「じゃああたしもお供しちゃおうかな?氷帝の勉強、意外と難しいんだよね~」
ベンチから重たい腰を上げて、ベランダを離れた。
それから、週が変わりまた月曜日がやってきた。
昼休みが終わってからの授業は、丸々体育祭の準備に使われることになった。4人の組み分けは勝手に決められていて、妃香琉と梓は跡部と同じ黒組、真里亜と愛音は赤組となった。ちなみに赤組には向日と、クラスは別だが宍戸もセットだ。ふたりずつでバラバラにされたことに納得が出来ない真里亜は、1人怒っていた。その様子を愛音は頬杖をついて見ている。
「こういう時はみんな一緒だと思うんだよねー!体育祭嫌いじゃないけどなんだか憂鬱だよー!」
「そう怒んなって。どうせあたしと一緒だから内心喜んでんでしょ?」
「あれれーバレちゃったかー」
「真里亜って愛音のことめちゃくちゃ好きだよな…?」
「岳人、俺も同じこと思ってた」
だって小さい頃からずーーっと一緒だったんだもんねー!とかなんとか、自慢げに言う真里亜に対するふたりの反応はイマイチで、愛音にも特に反応してもらえなかった。その頃、跡部がいる生徒会長室には、何やら書類をまとめる妃香琉の姿があった。生徒会長室のど真ん中にある大きなソファに足を組んで座って、体育祭に向けて、競技の順番や、何組に誰がいるのか等、慎重に書類に目を通してまとめていく。なんで自分がこんなことを手伝わなければならないのかと、彼女はめんどくさそうにしていたが、以前に手伝ってあげようか、と言ったことは忘れてしまったのか。
「あーぁ疲れた、帰っていい?」
「ダメだ、まだ人数調整も終わってないだろうが。あとタイムテーブルを確認しておかしなところがないか確認しろ、それから……」
「はいはい分かりましたー、これに目を通せばいいんでしょっ」
「……、お前生徒会長のくせに向こうの体育祭でなんの準備もしなかったのか?」
「だって実行委員会にほぼ全振りだったから、あたし最終チェックしかしなかったもん」
「………、ハァ」
跡部にため息をつかれ、少し睨みつける妃香琉。あまり言い返してもさらにめんどくさいことになりそうだと、大人しくタイムテーブルに目を通す。間違いがないことを確認して、それを跡部につきつけるように渡した。そしてお互いの手が少しだけ触れる、妃香琉は気がついていないようだったが、跡部の中でやけにそれが気になって仕方がなかった。少しだけ集中出来ない自分に内心舌打ちをして、確認済と判子を押した。
「次はこれーー?……、なんであたしあんたと同じ組なの」
「梓もいるだろうが、俺様の気遣いに少しは感謝しろ」
「あっ、ほんとだ。まぁどうせサボるけどね」
「サボんじゃねえよ」
まったくこいつは……と少し呆れながら跡部はぽつりと、少し休むかと言って会長専用の椅子から腰を上げて、妃香琉の座るソファに近づいた。横に座って、前髪をかきあげてため息をつく。チラっと横を見ると、長い足を組んで書類とにらめっこを続ける妃香琉がいる。長いまつ毛と、白くて細い腕。制服の上からでもわかる、中学生にしては少し大きいような気がする胸元に目がいってしまう。おい、と声をかけようとしたら、彼女からふいに、ねえ、と問いかけられ少しだけ驚く。
「この応援合戦っていつから練習するの?体育祭、もう来月でしょ?」
「早けりゃ明日から始まる。応援合戦も嫌なのか?」
「そうじゃないけど…うちは女子ばっかだからさ、みんなで集まって応援合戦なんてしないもん。だいぶ片付いたみたいだし、あたし教室帰るね~」
「…!おい、…妃香琉」
ソファから立ち上がり、生徒会長室から出て行こうとした彼女の名前を、跡部がどことなく優しく呼んだ。ドアノブに手をかけたところで名前を呼ばれ振り向いた彼女の手を引いて、ゆっくり身体を引き寄せる。スローモーションのように時間が動いたような気がした時、ふたりの唇が重なった。妃香琉は突然のことに思考が止まり目を丸くして驚いて、離れようとすれば腰に手が回ってきて身動きがとれなくなる。苦しくて、強引に胸板を無理やり押し返して逃げるように妃香琉は部屋から出ていった。大きくバタン、と音を立ててドアが閉まって跡部はひとり取り残された。
それから妃香琉は、跡部に追って来られないよう早歩きで生徒会長室を出ていった。キスされた唇は、やけに熱く感じた。好きでもない人に、勝手にファーストキスを持っていかれて、悲しい気持ちになった。泣きそうになる感情を抑えて近くのトイレに駆け込んだ。洗面の蛇口を捻って勢いよく出てくる水で顔を洗い、スカートのポケットからタオルを出して顔を拭く。するとトイレの個室から、見覚えのある女子生徒が出てきた。この前跡部に、ちょっと時間をもらえないかと教室へ入ってきていた親衛隊の中でも偉い手、水蓮郁であった。パッと見だと少し元気が無いというか、しんどそうというか。そこで妃香琉は、橘あさみが彼女が体調不良で通院していることと、昔跡部と付き合っていたと言っていたのを思い出した。
そうこう考えていると、彼女は妃香琉に気づいた。
「あなたは確か、跡部くんの隣にいた…」
「園城妃香琉、よろしく」
「ああ、乙女学園から来た。あなた、可愛らしい顔立ちしてるわね。跡部くんが気に入るのも、頷けるわ(ボソッ)」
「へ?」
「……っ、いいえ………っなにも…」
「ちょっ、大丈夫?!」
郁は突然ふらついて、すぐ近くの壁に手をついてバランスを崩した。すかさず妃香琉がフォローに入る。すると彼女は、突然郁の前に立って、背中に乗って、と促す。どうやら保健室まで連れて行ってくれるようだ。郁の本心は、優しくしてもらえて嬉しかったが、強がってしまい遠慮する。けれど、この苦しさには流石にずっと強がることが出来ず、彼女の背中にしがみついた。離さないでねと、優しく声をかける。
保健室につくと、先生がベッドを空けてくれた。
ご家族に電話するわねと、先生はその場を離れて電話をし始めた。ゆっくり休んでと、妃香琉が声をかけて今度こそ教室へ帰ろうとした時、後ろから待ってと声をかけられた。
「さっきは…ありがとう。妃香琉さん」
「……気にしないでっ」
妃香琉は笑って、そう言ってから保健室を出ていった。
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