生徒交換
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「行ってきます」
「にゃお〜ん」
朝の6時。
いつもより1時間近く早く、愛音は家を出た。
人間の声で返事はなく、飼い猫のアツムの鳴き声だけが、玄関に残された。アツムのしっぽは少しだけ下がっている。
テスト期間も終わり、金曜日の朝を迎える。今日まで朝練を含めた部活動が禁止されていたため、早くラケットを握りたくてうずうずしていたのか、彼女は一番乗りでテニスコートへとやってきた。まだ誰も来ていないようだったので、軽くストレッチとランニングを済ませ壁打ちから始めた。ボールが壁に当たる音だけが響く。しばらくしてから少し力んでしまったのか、ボールをラケットがとらえられず、頭上を大きく通り過ぎてしまった。目で追いかけ、それを取りに行こうと振り向くと、すでにボールは人の手の中。そこにいたのは…
「よぉ。ずいぶん早起きだな?」
「宍戸……」
「テスト期間でラケットもボールも触れなかったから、耐えきれず来たってところだな。まぁ俺もだけど……」
「(なんでわかった…)、長太郎は一緒じゃないのか」
「ああ、あいつは野暮用でよ。置いてきた。それよりせっかくだからちょっと相手しろよ」
「ん」
サーブはお前からでいいぜと、宍戸は先程愛音が打ち上げたボールをスイッと渡した。そろそろ朝日が顔を出す頃。眩しかったのか、彼女は一瞬眉間に皺を寄せる。その後いつものようにお得意の高速サーブを放つ。以前打ち合いをした際に見切っていたのか、宍戸はいとも簡単にそれを返した。彼女もすかさず、それを返す。ひたすらお互いのボールを返すだけのラリーが続く。宍戸はお得意のライジングで攻めの体制に入る。しかし愛音も、自分の特性を活かし負けじと返した。不意をつかれたのか、彼はそのボールに触ることが出来ずラインの近くで足を止めた。
くそぉっ、と小声で不満が漏れる。
「あたしの勝ちっ」
「ふぅー今回だけは文句言えねえな……それより愛音。この前も思ったけど、お前めちゃくちゃ足はえーよな…?テニス以外にもなにかスポーツやってたのか?」
「……」
その言葉に返事はせず、彼女はベンチに置いてあった水分補給用の水筒に口を付けた。その様子に釣られるように、宍戸も水分補給をとスポーツドリンクの入ったペットボトルに口を付ける。先に飲み終わった愛音が、自分の過去を語るかのように話を始めた。宍戸は目線だけで彼女を見る。
「去年の春まで、陸上部だった。何度か記録会にも出たことがある」
「えっ?」
「まぁ、いろいろあって辞めた。110mハードルの記録も持ってたけど、それもたぶん更新された。走り幅跳びもやったし、棒高跳びもやってみたけどどっちもしっくりこなくてさ。けど、ハードルだけは何度やっても飽きなかったな…」
「へぇー、すげぇじゃねえか(あんまり晴れやかな表情じゃねえな…嫌なことでもあったのか)」
愛音の話を聞いているうちに、なんとなく彼女の表情を見て触れてはいけないことに触れてしまったのでは、と後悔した。だが足の速い理由がなんとなくそこから来ているのだということははっきりしていた。宍戸はもう一度彼女をラリーに誘う。今度は彼がサーブを放ったが、難なく返された。気がつくと、ゾロゾロと部員達が朝練のために集まってきていた。あまり勝手なことをしていると跡部に怒られそうだと、ふたりはいいところでラリーを止めた。
するとそこへ。
着替えを済ませた真里亜が勢いよくやってきた。
彼女は怒ったかのような声で、愛音の元までやってきて言いたいことを遠慮なく口にし始めた、要はキレ気味なのだ。
「やっぱりここにいたんだー!家に迎えに言ったら、お兄さんが『さっさと出ていった~』って言うから慌てて来ちゃったじゃん!髪の毛ボサノバ!」
「なんでそんなキレ気味なの、あとボサノバじゃなくてボサボサな」
「早く行くならLINEぐらいしてよねー!(プンスカ)」
「ハハ……そんな怒ってやんなよ真里亜。じゃ、俺は自主練に戻るぜ。また後でな」
その頃A組では、妃香琉がちょうど自分の席についた頃だった。スマホのカレンダーを見て、今日は夕方から宣材写真の撮影が入っていることを確認。部活には参加できないなと考えながら、ため息をついてぼーっとしていると、跡部がやってきた。おはようと席につくと、まるでそれを待っていたかのように数人の女子生徒が近づいてきた。先頭に立っていた長い髪にパーマをかけた派手目な女子生徒が、跡部くんちょっといいかしら?と声をかける。妃香琉が頬杖をついたまま不思議そうにちらっと見上げる。跡部は特になにかを言うわけでもなく、ただ黙ったまま彼女達について行った。クラスメイトがコソコソと何やら小声で、またか、と言っていた。妃香琉は何がなんだか全く分からず跡部がついて行くその後ろ姿を見つめるしかなかった。
そんなこんなで、お昼休み。
橘あさみの誘いで、女子テニス部部室でお弁当を食べることになった妃香琉と梓。たまたま梓が少し早起きをして頑張って作ってきたお手製の弁当を食べさせてもらうことに。妃香琉は箸で卵焼きを掴みながら、今朝起こったことを彼女に話し始めた。大声じゃ言えないけど…、と話を進める。
「跡部君、あの顔だから結構モテるのよ。妃香琉ちゃんが見たのは、跡部君に好きですって告白するところだったんじゃないかしら?そういうのって、さすがにみんなの前じゃ言いにくいじゃない…?だから親衛隊の人達にお願いして、跡部くんを呼んでもらって気持ちを伝えるってわけ。多い時は毎日呼ばれることもあったみたいよ~。ていうか女子校ではこういうのないの…?女の子同士でも、やっぱり自分が気になる人には気持ちを伝えたいじゃない。例えば、愛音ちゃんとか」
「そうね……たしかに、あの子も時々下級生に呼ばれて部活中に姿を消したりしてたわねぇ。そもそも親衛隊なんてほんとに存在するのね、驚いたわ。妃香琉だって負けないくらい人気者だけど」
「あたしの事はいいから…。じゃあ、あの派手なパーマかけた子って親衛隊の人?」
「水蓮郁ちゃんよ。水蓮財閥のお嬢様で、親衛隊の中ではトップの子なの」
「そうだったんだ。見たことない顔だったから、あたし思わずガン見しちゃって…アハハ」
「でしょうね。あの子、ここ最近体調不良が続いてるらしくて、毎週通院してるって噂だから。あまり見かけないのも無理はないと思う。そういえば昔、跡部くんと付き合ってたって噂もあったわね。去年までテニス部にいたんだけど、私が知らないうちに退部してたわ」
「「へぇー」」
「あ、そろそろお昼休みも終わるわね」
「次の授業はなんだったかしら」
妃香琉は、自分達の学校では起こりえないようなことがあると分かって納得した様子。その後の授業もいつも通りに終わり、放課後の部活が始まる時間帯。彼女は撮影の予定が入っているため、荷物をまとめて慌てて教室を出る。LINEには、マネージャーから正門前で待ってると連絡も来ている。待たせるのは悪いといそいそ廊下を進んでいると、遠くから愛音が来ていて、なにか用があるのか、名前を呼んで手招きをしていた。
「…?どしたの?」
「明日の土曜日、来るよな………?」
「明日…?」
「だから、あれだよ。その……、秋桜の、会………」
「……あ!忘れてた…!も、もちろん行く行く!愛音のお父さんも来るんだよね…?」
「来るけど、招待状は総理大臣からだからな、忘れずに持って来いよ…!18時ぐらいに迎えに行く」
「うん分かった。あたし撮影入ってるから行くね」
「気をつけてな」
正門まで来ると、いつもの紺色の車が停まっているのを見つけて、妃香琉は小走りでそこへ向かう。運転席にはマネージャーの長谷川広斗が座っている。いつものように、助手席に乗り込む妃香琉。待たせてごめんね~と彼女はお詫びを入れたが、気にしなくていいと彼はフォローしてくれた。すぐにマネージャーは車を走らせると少し時間があるからと、ちょっとだけ遠回りなと言っていつもとは違う道に入る。彼女は心の中で少し嬉しそうにしていた。
スタジオに着くと、妃香琉は与えられたウエアに着替えて撮影モードに。今回は某ブランドのスポーツバイクの宣伝で、雑誌の裏表紙に使う写真を撮るとのこと。初めて見る自転車にかっこいい~と興奮しながら、彼女は楽しく撮影を進める。ちょっと漕いでみる?というお誘いに甘えてサドルに跨ると、彼女は初めて自転車に乗るにも関わらず難なく進んだ。それには周りのスタッフも、おおお~と驚かされる。
「すごい妃香琉ちゃん!自転車乗ったことないんだよね~?さっすが~」
「えへへ、ありがとうございます」
「それじゃ、今度は自転車を押して歩く感じで撮るよ~」
「はい!」
撮影も終えて、お疲れ様でしたと妃香琉がスタジオを後にしようとした時、パタパタと数人の女性スタッフがマネージャーの元へと駆け寄ってきた。飲み会かなにかのお誘いかなと彼女は気にしないように背を向けたままだったが、とある女性スタッフが発した言葉には足を止めたくなくても止めるしかなかった。
「広斗くん結婚するのー!?」
「うっそほんと?!いつの間に彼女できたの!」
「え、言いませんでしたっけ…?今年で2年ぐらいですよ。プロポーズ早すぎたかなって思ったけど、彼女があっさりOKくれたので」
「結婚式いつですか?私たちも誘ってくださいよ~!」
「12月にはやるんで、招待状書いておきますね」
「やったあ嬉しい~!」
密かに想いを寄せていた年上の相手が、結婚するという突然のことに心拍数が急に上がった気がした。目線だけを下に落としこれを失恋というのかと、彼女は先程の話を聞こえなかったふりをしてその場を去った。着替えが終わり外に出ると、マネージャーが車で待っていた。いつものように家まで送るとのことなので、静かに乗り込む。まるで自分の首を絞めるかのように、妃香琉は広斗に先程の話を持ちかけた。
「広斗くん、結婚するんだ」
「……!聞いてたのか」
「聞こえちゃっただけだよ。真里亜が聞いたら落ち込むんだろうな~、どんな人?」
「どんな人か~。年上だけど、ちょっと子供っぽい人かな。大学の先輩なんだ」
「ふーん……、おめでと」
「なんだ、寂しいのか…(クスクス)」
「そーゆーのじゃないし。……、真里亜がハンバーガー食べたいって言ってた」
「そうか。んじゃ、今度の飯はハンバーガーだなっ」
「限定物が食べたいんだってー、あとストロベリーシェイク」
「ははは、ほんとあの子は注文が多いなぁ~」
車を降りて玄関にあがる。リビングから顔を出した妹の明日花のおかえりに対した返事もどこか元気がなさそうで、はぁ〜と大きなため息をつきながら自分の部屋に入ると、着替えも何もかもがめんどくさいとベッドに転がり込んだ。なにかをする気にもなれず、ゆっくり目を閉じた。結局このまま目が覚めることはなく、彼女は翌朝までぐっすり寝てしまっていた。
目を覚ましたのは、朝の5時。
お風呂にも入らずじまいだったため、目を覚まそうと真っ先に浴室へ駆け込んだ。湯船に浸かることもないまま、シャワーだけを浴びる。髪を乾かして部屋に戻ると、何故か飼い犬のハナが既にベッドの上に上がり込んでいた。布団の上に乗ってほしくなかったのか、妃香琉は抱っこでハナを降ろす。いつも朝の散歩は家政婦に任せているが、せっかく早起きしたので自分で連れていくことに。
珍しいことをしたせいか、空は生憎の雨模様となっていた。
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