第一章 俺の恋の話
NameChange
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
中学を卒業して、日本に家族を残して憧れのフィレンツェに単身、父の知り合いのところにホームステイをさせてもらっている。
最初は、言語にも慣れなかったし意思疎通のできない環境にストレスを感じていたこともあった。食生活も違えば、生活スタイルも日本にいた時とは全く違ったことには驚いたしついていくのに時間を要した。
しかし、一年も経った頃にはホームステイも慣れたもので異国の言語も生活スタイルも身に馴染み、学校にも友人が増えていった、大好きな絵画の勉強も捗っている。まさに、順風満帆と言える。ホームシックがなかったといえば嘘になる。家族を恋しく思うこともあるし、日本食が恋しくてしょうがないと思うことは多い。
それでも、自分が望んだ留学だからと自らを鼓舞して常にポジティブに考えるようにしてきた。
それから、高校二年生の夏頃には何事も経験だと思い、アルバイトを始めたいと相談すればステイ先のパパの知り合いのカフェが今度オープンするからそこはどうかと勧められる。
パパの知り合いなら安心だと日本の両親にも了承を得て、アルバイトをし始めた。オープンしたててでみんな不慣れな中でのアルバイトはとてもやりがいがあった。それから、パパの知り合いであるオーナーはコーヒーを入れるのが上手で、空いた時間に私はそれを教えてもらった。だんだんとそれが楽しみになって、趣味にすらなってきた。たまにオーナーが知り合いにコーヒーを入れる時に「入れてみろ」といたずらっ子のような顔で笑って、その知り合いが「今日もお前のコーヒーは最高だ」と言われると、また私をみて悪戯っ子のように笑う。それがまた楽しくて私は学校にアルバイトに…楽しい時間が増えていくことがまた幸せだった。
そんなある日の出来事だった。
夕方、学校終わりに出勤していつものようにレジカウンターに立って今日出しているコーヒーの銘柄をチェックする。
夕方になれば客の人数も少なくマダム達が優雅なティータイムを過ごしている。オーナーが休憩したいからコーヒーなら入れてもいいと許可を出して、オーナーはバックヤードに消えていった。私はメニュー表とケースに入っているお菓子達を見て、今日はおやつにアメリカーノとオーナーの作った特製アイスクリームにしようかなと心に決めていると、カランと扉が開く音がする前を向くと綺麗な銀髪に夏にも関わらず暑そうなマスクをした男性が入ってくる。
『いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですか?』
「アメリカーノ、アイスで氷少なめにしてください」
男性は、少し無愛想にそういうとチラリとこっちを見る。綺麗なアイスブルーの瞳と目が合い少しドキリとしてしまうが営業スマイルを忘れない。
『かしこまりました!』
元気な声と弛まぬ笑顔がいい接客の基本だ。それだけあれば日本人ということもあって多少のミスは許される。彼はお金を払ってから大人しく受け渡しカウンターで待っている。綺麗な髪の毛はお金をかけて手入れがされていてセットされている証拠だ。いつも接客する人とは違う、不思議なオーラがあるなと思いつつ…コーヒーの準備をする。
彼は、腕時計を確認しながら携帯で連絡を取っている。もしかしたらお仕事の予定でもあるのか、それとも誰かとの予定があるのか…とにかく急いでいるのだと感じて手際よく持ち帰れるように準備して、受け渡し口に置く。
『お待たせしました!アメリカーノの氷少なめです!』
「ありがとうございます」
『いってらっしゃいませ!』
そう言うと、彼は少し驚いた顔をしてからペコリと会釈をして颯爽と去っていった。濃いグレーのシャツに男性にしては細身のスキニーが、彼のスタイルの良さを物語っていた。マスクで顔全体は見れなかったが、綺麗な顔をしている……と思う。
周りに比べれば低い身長だが、その動きはそれを感じさせないほどに堂々と前へ進んでいく感じがモデルさんみたいだなと思いながら…また次のお客さんが来るのをレジカウンターで待っていた。
そういえば、この間大学生のアルバイトさんがくれたキャラメルがロッカーにまだあったなぁ…なんて思いながら今日のおやつについてまた思考を巡らせていた。
そう考えていると、先ほどまで頭を支配していた彼のことは正直言って記憶から抜け落ちていったのだった。
ーー次の日、お休みの日ということもあり今日は朝からアルバイトだ。オーナーがまたコーヒーの淹れ方を教えてくれるから今日はオーナーと二人でキッチンに立つ。
しかし、もう一人のスタッフが休憩に入ればレジをするのは私の役目だった。早めの休憩にいったスタッフの代わりにレジをしていると、昨日の彼が電話片手に財布だけを持ってやってきた。
「”はぁ?コーヒーじゃなくてオレンジジュース⁉︎ワガママ言わないでくれるぅ⁉︎もうコーヒー屋きてるの!あんたはブラック!嫁はカプチーノ!それ以外オーダーなんて聞かないんだからねぇ!”」
彼は異国の言語ではなく、私の聞き慣れた日本語を話しながら私の前に立つ。今日はマスクじゃなくて深めに帽子を被っていて、あの綺麗な銀髪は隠れて今日は綺麗な顔がオープンになっていた。
「”カプチーノ…”じゃなくて、カプチーノとアイスのブラックコーヒとアメリカーノ、アイスで氷少なめに」
『カプチーノはホットでよろしいですか?』
「はい、小さいサイズにしてください」
『かしこまりました。ブラックコーヒーの氷も少なめに?』
「いいえ、うんと入れてください」
『…ふふ、かしこまりました。』
私がつい笑ってしまうと、彼は少し驚いた顔をしていたので謝る。すると「いや、気にしないで」というので首を傾げてしまう。とりあえず、オーナーにカプチーノをお願いして私はアイスを担当する。
『そういえば、日本の方だったんですね?』
「えっ…あぁ…電話ですか」
『私も日本人なんで、つい』
「…イタリア語上手ですね」
『一年もいるので』
なんて少しだけ世間話をすると彼は綺麗な笑顔で笑った。私は、なんだかその笑顔から目を離せなくなってぼうっと見てると後ろからオーナーに小突かれる。
オーナー「悪いねイズミ。見惚れちゃったみたいで」
イズミ「いいえ、可愛らしくていいじゃないですか。それに、昨日淹れてもらったアメリカーノ美味しかったです。」
彼はオーナーから飲み物全て入った袋を受け取ると笑って「また来ます」と店を後にした。私はなんとなく彼の笑顔が頭から離れなくて、彼が居なくなった扉をジッと見つめていた。
オーナー「惚れた?」
『違いますよ!そんなんじゃない!』
惚れた、そんなんじゃない。ただ、昨日アメリカーノをいれたのが私だと覚えられてたことに驚いただけ。本当にそれだけだ。
本当に、それだけだもん。
第1話
綺麗な人、だったな
→