第二章 私の未練の話
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泉さんに手を引かれるまま、到着したのは都内でも有名な美術館だった。
最近は仕事が忙しくて美術館に行ったりすることが極端に減ったものだから久しぶりの感覚に少しワクワクしてしまう、キョロキョロとあたりを見渡していると泉さんが手を引っ張って軽く向き合う。
瀬名「目閉じてて、見せたいものだがあるんだよねぇ?」
『まずはチケット買わないと…』
瀬名「全部俺がやるからあんたは大人しく目を瞑れ」
『…ひゃい…』
あまりに威圧的なオーラに私は大人しく目を瞑り、手を引かれるままについていく。チケット売り場のお姉さんと会話している声を聞きながら胸をざわつかせる。泉さんだとバレていないだろうか、バレてたらこの繋いで手を怪しむことだろうか…私のことを怪しむことだろうか…緊張に少し繋いで手に力を加える。泉さんはそれに応えるように握り返す。
瀬名「こっち」
『はい…』
瀬名「段差あるから気をつけて」
『はい』
まるで視界を失った人のように泉さんは横を寄り添うように歩き、足元に注意を払ってくれる。私もその指示に従ってついていく…。すると、美術館独特のシンっとした雰囲気に包まれる。「あぁ…中に入ったのか」とどことなく理解する。すると入って少しのところで泉さんが私の肩を掴んで位置を調整する。私もそれに合わせて右に左へと移動する。
瀬名「うん、いいよ。目開けて」
『…っ!すごい…!』
目を開いた先にあったのはモネの名作『日傘をさす女』とそれを囲むようにモネの描いた睡蓮の連作が並んでいた。
驚きのあまり目を見開いて固まってしまう。泉さんはそんな私の横で嬉しそうに微笑んだ。
瀬名「陽菜さぁ、昔モネの描く人物が好きって言ってたでしょ?偶然モネの絵が集まるって知ってさぁ…運命かなって思ったんだよねぇ」
『……すごい…全部モネだ』
モネの絵が視界いっぱいに広がっていた。その真ん中にある女性の絵、あれはモネの妻カミーユが日傘をさしてこちらを見ているだけの構図だけど…その絵が場所や天気…構図は違えど、あの時描いた絵にそっくりで心がチクリと痛んだ。
瀬名「綺麗だよねぇ…」
『はい、凄く…綺麗です…』
モネが珍しく人物を中心に描いた作品。睡蓮などの風景を描くことが多かったモネが描きたいと思った人…それが妻だった。なんと美しく…そして、なぜか因果を感じてしまう。
瀬名「これをあんたに見せたかった」
『ありがとうございます…嬉しいです…』
瀬名「あんたはどこかモネに思想が似てるんだろうねぇ」
絵からもそれが伝わるよぉ…と泉さんがこぼす。握り締めた手がどんどん熱くなってその手をバッと離してしまう。泉さんは驚いた顔をして私を見つめるが私はそれに応えることができなかった。
胸が熱い…焦がされるようだ…わからないこの感情を制御できていない。嬉しいのか?悲しいのか?苦しいのか?楽しいのか…わからない感情が胸の中で蠢いて胸が焼き尽くされそうで、それを冷ますように泉さんの前を歩き、絵に近づく。風の流れを感じされるようなタッチ雲の流れをスカイブルーとホワイトのコントラストが表現している。
こんな絵が描きたかった、眺めていたかった…ずっと子供の頃からそれを見ることや形にすることが好きだった。
瀬名「ほんと絵を見るのが好きだよねぇ」
『でも、ここ最近は見てませんでした。美術館も久しぶりです』
瀬名「え…意外、暇を見つけては来てるのかと思ってた」
『いや…最近は仕事のことばかりで…まだ未熟なことが多くて』
瀬名「でもあの時の夢を追いかけてるんでしょ?」
『はい…夢を追いかけてます。自分の好きなことも忘れて』
そういうと、泉さんは頭を少し乱暴に撫でてから違う絵を見に行ってしまった。
私はまたモネの絵に目を戻す。モネはどうして建物や風景を描き続けたのに奥さんを描こうと思ったんだろう。私はどうしてあの時泉さんの絵を描こうと思ったんだろう…。
答えは一つだ。
『描きたいって思ったんですよね…』
それだけの理由だ、それ以上もそれ以下もない。私にはわかる…モネのように人々に評価されなくても創る人間であれば自分のやりたいと思ったことを形に残したいと思うはずだ。れおさんが愛を曲にするように、紡さんが愛を歌にするように…創る人間ならわかってくれるはずだ…そして私もそうでありたい。そんな夢の途中であったことをモネは思い出させてくれた。
そして、覚悟を決めさせてくれた。
私は少し先を歩いている泉さんの後を追いながら壁に並ぶ絵を眺める。数年前はこの時間が何にも変え難いほど大好きだった、それはもちろん今でも好きではあるけどそれ以上に大好きだと没頭してしまうことができてしまったから人間というのは不思議だ。
泉さんの隣に並ぶと、彼が幸せそうに笑うのでそれに笑い返す。
瀬名「少し見て帰ろうか」
『はい…泉さん』
瀬名「なぁに?」
『連れてきてくれてありがとうございました。』
瀬名「…まだ終わってないけどねぇ」
『はい』
お礼を言うと、泉さんはさらに嬉しそうにしてまた私の手を取った。御恩と奉公の関係だ、なんて言ったくせに結局私が喜ぶことを考えてくれる彼には本当に頭が上がらない。
恩恵を受けているのは誰が見ても、私だ。世界に恨まれてもおかしくないかもしれない…
あぁ…まただ……
胸が熱くて苦しい…
繋いだ手が燃えて溶けてしまいそうだ。
早くこの手を…
『はなさないと…』
第十三話
瀬名「何か言った?」
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