第一章 スカビオサ
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凛月さんは電話を切って朔間さんが座っていた椅子に座る。どうせ、バレバレなのだと諦めて情けない表情で笑う。泣いていたことも、未練タラタラなこともバレバレで全部察しているんだろう…。
『実は朔間さん…と別れました。私たちこの間』
凛月「週刊誌に撮られたんでしょ?兄者から聞いた」
『…え…朔間さんから…』
凛月「うん、そんで別れたことも知ってる。」
『そう…ですか…』
凛月「よく我慢したね…えらいえらい」
凛月さんは私の頭を撫でる。その暖かさが別れ際の『零さん』と重なって、止まっていたはずの涙がまた溢れ出す。ポタポタと自分のスカートが濡れてしまっているのが視界に入る。
『ほんとは…ほんとは…別れたくなかったです…』
凛月「うん」
『でも、零さんにもお互いの事務所にも迷惑をかけてしまうって思うと…別れたくないって言えなくて…』
凛月「そうだね…」
『だから、受け入れるしかないって…別れるしかないってわかってるんです…。でも別れたくないって言ってほしかった…嘘でもいいから、何よりも私が大事だって言ってほしかった…っ…うう…ううううっ…』
凛月「…うん、そうだね。」
一度、話始めれば止まることは知らなくて…、ただただ口の動くまま言葉が溢れてしまう。凛月さんはただ下を向いたままの私の頭を撫でる。
『凛月さん、私は間違っていますか…?ダメな子でしょうか…?』
凛月「ううん、間違ってないよ。俺たちの立場が自由を奪ってるんだよね。仕方ないよ…芸能界なんて世界は狭い社会だからね。美羽子も兄者も正しい判断をした。そう思うよ、俺は…」
『…その言葉だけで救われます。急に来てくださってありがとうございます。』
凛月「いいえ、じゃあ行こっか」
『行くって、どこへ…?』
凛月「家、下まで送ってあげる。」
『そんな!恐れ多いです!それに、凛月さんと一緒にいたことがバレたら、今度は凛月さんに迷惑が…』
凛月「俺はこの後スタジオに戻るからバレることはないよ」
そう言って、凛月さんは私が被って来た帽子を被せて私の手を取る。今まで朔間さんとは撮られないようにと一緒に出ることも、ましてや手を繋ぐこともしなかったのに…。凛月さんは手を取って一緒に店を出る。待たせていたのか、目の前に止まっていたタクシーに乗り込み。私の家の住所を伝えるように指示され、私もその指示に従う。タクシーは伝えて住所に向けて走り出す。
凛月「困ったら俺に連絡して、俺作戦考えるのとか得意だから」
『作戦…?』
凛月「とにかく、美羽子が悲しむと何かと困ることがある。」
『困ること…?』
凛月「………鈍いなぁ…どっかの誰かさんを思い出す…」
『誰かさん…』
凛月「…とにかく、あんたが悲しんでる間は俺が傍にいてあげるって言ってるの」
『ヒェ…あ…ありがとうございます。』
少し怒ったように凛月さんが顔を近づけるので私はそれを避けるように身を引く。凛月さんは真剣な目でこちらを見るが、私はすぐに目を逸らす。凛月さんの目を見てると、朔間さんの瞳を思い出して悲しくなってしまう。
凛月「…なんで、目を逸らすの」
『…朔間さんのこと思い出しちゃいます…』
凛月「そこは嘘でも、恥ずかしいくらい言えないの?」
『…顔が近くて恥ずかしいので』
凛月「遅いよ」
凛月さんは呆れたように近づけた顔を離して、座席に座り直す。私は、逸らした顔を戻して凛月さんの横顔を見つめる。
凛月「横顔は見れるんだね…」
『…凛月さんは、なんでそこまで私にかまうんですか…』
凛月「…女王様のご命令」
凛月さんがそうこぼすと、タクシーが止まり家の近くで止まっていた。私は、お金を出そうとカバンから財布を取り出そうとすると凛月さんがそれを制する。
凛月「お金はいいよ。俺が後で降りるし、払っとく。たださ…一つだけお願いがあるんだけど」
『なんですか…?』
凛月「もう今度からは、『弟』じゃなくて『俺自身』を見てね」
『へ…?どういう…』
凛月さんはそう言って私の肩をポンっと押して車から降ろす。私も反射的に車から降りて、そのまま車のドアが閉まって走り去って行くのをただただ見ることしかできなかった。
彼が言いたいことも理解できず。私は、トボトボとエントラスに入ってエレベーターに乗り込み自分の住んでいる階数を押す。エレベーターが開くと、またトボトボと歩き始める。しかし、パッとあることが脳裏を過ぎる。
『あっ…去年やったドラマのセリフだ…』
ずっと、頭を巡っていた凛月さんの「もうさ今度からは、『弟』じゃなくて『俺自身』を見てね」という台詞…じゃなくて発言は、どこかで聞いたことがあるものだと思ったら去年出演したドラマの弟が言った台詞だ。彼氏と実の弟と板挟みになるヒロイン…、ヒロインの鈍さに呆れた弟が言った台詞だ。『弟』ではなく一人の『俺自身』を見て欲しい…けど、凛月さんは私の弟でもなければ彼氏でもない…。いったいどういう意味で……
『凛月さんが…私のことを好き…?』
ふと、頭を過ぎった答えに頭をブンブンと振って脳みそから取り払う。私は、今日朔間さんと別れたばかりだ。だから、誰かにすがりたいと思っているだけだ。きっと凛月さんは友人として手を貸してあげる、そういうつもりで言ったのを落ち込んでる私が湾曲して受け取っているだけだ。きっと、彼にはそんなつもりない…そう信じて、私は部屋の鍵をドアの鍵穴に差し込む。扉を開ければ、見慣れた我が家が広がっていて、「あぁ…ここに零さんがいたこともあったな」とまた彼のことを思い出してしまった。
本当に別れてしまったのだ。そう自覚すると、止まったはずの涙がまた溢れ出してくる。また一人、涙の海に溺れることしか私にはできなかった。
それほどに、この恋は私にとって大切で宝物のようなものだったのだと思い知らされる。その別れは一瞬だったけど、今まで彼と一緒に過ごした2年という時間は私にとって忘れることのできない、宝物のようにこの後も輝き続けることだろう。
初恋は実らないーー。
誰かが私にそう囁いて、私はそれを聞き流そうと目を閉じベッドに沈み込んだ。
第十一話
『実る初恋だってあるはずです…。』
第一章 スカビオサ end.
……To be continued