第一章 スカビオサ
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次の日ーー。
私は、部屋でタクシーの時間を確認しつつ外出する準備をしていた。用心には用心を重ね、次の映画に向けて特殊な色になってしまった髪色を隠すために被ったウィッグを整える。さらに帽子を被れば、バレる心配はないだろうと思いつつ、やはり不安は拭えない。それでも、もう出なければいけない時間だ…。私は不安を閉じ込めて家を後にした。
エントランスを出れば、目の前にタクシーが止まっており運転手が出てきて、名前を確認されコクリと頷き車内に乗り込む。行き先を伝えれば少し驚いた顔をしたが、特に何も言わずに行き先へと車を走らせる。きっと、この件が解決すれば朔間さんがアイドルをしている姿を同業者として見に行ける。付き合っている間は、バレてはいけないとお互いのイベントごとには参加しないように徹底していたこの2年間、人気アイドルと言われる彼の姿を私は生で一度も目にしたことがなかった。
これで、やっと彼の本当の姿を気兼ねなく見に行けるのだと思ったら少しウキウキしている自分もいた。そう思っていると目的地に到着したのか、車が停止する。私は少し多めにお金を払い、黙っててねという意味込めて「ありがとうございます」と声をかけ車を降りる。タクシーが走り去るのを確認して、私は目的のレストランへと入る。ウェイターがよってきて小声で「天崎です」と伝えれば、席に案内される。
一番端の個室を開けると、朔間さんがそこには座っていた。
零「すまんな。急に呼び出して」
『ううん、私も会おうと思ってたから大丈夫…。』
私が隅っこが好きだから、壁側を開けてくれてたのだろう。彼の反対側の席に腰掛ける。彼は、いつも通り注文をして私の方を見る。
零「ディナーにしよう」
『最後の晩餐、だね』
零「あぁ…そうじゃな。」
朔間さんは悲しそうに笑った。その件については触れず、運ばれた食事を二人静かに食べ始める。『最後の晩餐』その一言を否定しない時点で、もうそれが二人の答えだ。
改めて、伝える必要があるのか。迷ってしまう…。朔間さんは…どう思ってるのか…。ちゃんと言葉にしないっていうのはどうなんだろうか…恋をしたことのない私にはわからなかった。小説やドラマ…映画で見るようなものとは違う…、だって、これは生身の人間同士の話だから…
零「例の記事はうちの事務所に消してもらった。そっちの事務所にも迷惑をかけることはなかろう…。すまんかった…我輩が甘く考えておったから…」
『ううん、私こそごめんなさい。もっとちゃんと隠すべきだった…。気が緩んでたんだよね…?ごめんなさい』
零「いいんじゃ…なぁ、美羽子ちゃん。我輩のこと好きだったか…?」
『うん…大好きだったよ…言ったでしょ?私は『天使様』なんて崇高な言葉の似合わない普通の女の子だって』
零「あぁ…そうじゃったな。可愛い我輩の彼女だったよ。ありがとう……美羽子ちゃん」
『こちらこそ、ありがとうございました。朔間さん』
そう言って頭を下げると、大好きだった大きな手が私の頭を撫でてから個室の扉が開いて閉まる音がした。あぁ…出て行ってしまったんだ。彼は、私との恋より自分のアイドルとしての生活を選んだ。当然だ、私もそうしたのだから否定なんてすることはできない…。
私は顔を上げて、誰もいなくなった正面の椅子を見つめる。そこには彼がいた形跡があって、きっと触れれば彼の温もりが残っているのだろう。
『……っ…うう…うわあああん』
らしくもなく大きな声が出てしまう。本当に、好きだった。大好きなママに内緒にするくらい。大切な事務所やマネージャー、社長にも黙っているくらい。初めて、誰にも言えないほどこの感情を大切にしたいと思った。それなのに、こんなに簡単に手放してしまうことになるとは思いもしなかった。
本当は、公表しようと言ってほしかったのかもしれない。付き合っていることを濁して、このままの関係でいたかったのかもしれない。それでも、世間が見ているそのイメージを私達は結局壊すことが出来なかったんだ。『アイドル』と『魔王』という名前を持っている朔間さんがクリーンなものに触れるのは世間から見ればイメージを崩すことになる。ファンもいる中で恋人の存在はきっと邪魔でしかないだろう。私達のイメージはその恋愛をより困難にしてしまったんだ…。
結局、芸能人同士の恋愛なんてうまくいくことはないんだ。私達は、もともと結ばれてはいけない関係だったんだ…。『朔間零』という男は私にとって『禁断の果実』みたいな存在だったのかもしれない…。
悲しみにくれていると、携帯が鳴り響く。相手も確認せず、その着信をとる。
『もしもし…』
凛月「ひどい声だね。どうしたの?」
『凛月さん…?なんですか…?』
耳に優しく響く甘い声。あぁ…なんて悪いタイミングだろう、相手を確認して出ればよかったと後悔する。凛月さんだ…、確かにここ最近お仕事もよくご一緒するようになったし、仲のいい人ではあるが彼から電話してくることは初めてじゃないかと思うほどに珍しい。私が用件を聞くと、電話越しの彼は少しガサゴソと音立ててから話出す。
凛月「…どこいるの?迎えにいく。」
『家です…』
凛月「嘘だ。美羽子は家でそんなお洒落なBGMかけたりしてないでしょ」
『失礼すぎますよぉ…ううぅ…』
彼の軽口はドラマの撮影の時から、変わることはない。その軽口に乗せられて色々話してしまうのはもういつもの流れになっていた。ついつい癖でポロリと居場所をこぼせば、凛月さんは「すぐ行くから、動かないでね」と彼は電話を繋いだまま車に乗り込む音が聞こえ、私がいる場所を誰かに伝える。
車の走行音と一緒に彼はずっと私に話しかけてくれた。
凛月「記事の話、聞いた。大丈夫だった?」
『…大丈夫…じゃないかもしれないけど…けど…、もういいんです。これでやっとアイドルの『朔間零』を見ることができるんだって思ったら楽しみで…。早く行ってみたいな『UNDEAD』のライブ…朔間さん、どんな風に歌うんだろ…踊るんだろ…楽しみ…』
凛月「…美羽子……」
『どういう風に笑うんだろ、ファンサービスするのかな…?あ…でも、ファンサービスしてるところみたら…嫉妬しちゃうかも…なんて…もう彼女でもないのに……あはは…』
凛月「もういいよ…」
『幸せだったなぁ…ほんと、よく2年も隠し通せたなって思う…。本当に昔読んだ少女漫画みたいだった…それはそれは燃えるような恋だったよ…凛月さん…』
凛月「うん…『大変だったね』」
『…⁉︎凛月さん…』
電話から聞こえてた声がリアルと同時に響く。驚いて扉の方へ目を向けると携帯を片手に持った凛月さんの姿があった。
ストローから落ちた水滴がスカビオサの花にこぼれ落ちて、カランと水滴を落としたグラスの氷が音をたてた。
第九話
『それはそれは燃えるような恋でした。』
【スカビオサ】
花言葉*不幸な愛,私はすべてを失った
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