第一章 スカビオサ
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幸せとは、一瞬で崩れ去ることがある。
一人暮らしの家で久しぶりのオフを満喫していると、携帯が鳴り響く。携帯を開き、相手を確認すればママで「仕事の話かな?」と思い通話ボタンを押す。
『もしもし、?どうしたの?』
母「どうしたのじゃないわ、今からマネージャーが迎えにいくから顔隠して家から出てきなさい」
『待って、急にどうしたの?』
母「いいから、早く準備しなさい」
『…?わかった…』
電話は用件だけを伝えて切れてしまった。少し焦っていたようにも感じた…。とにかく指示通り外に出られる格好をしてマスクに深めの帽子をかぶる。さらに、パーカーのフードでも被れば問題はないだろうと鏡を見ながら確認する。
少しすれば、マネージャーから連絡がきたので、できるだけ急いで家を後にする。地下の駐車場に止まっていた車に乗り込めば、少し真剣な顔をしたマネージャーが助手席ではなく後部座席に乗るように指示をする。疑問に思いつつも、それに従い後部座席に座る。
『あの…なんとなくなんだけど…まずいことになった…?』
マネ「まずいことしかないし、あんたが隠し事こんなに上手いなんて思ってなかったわ」
『…えっ』
その一言で現在の状況をなんとなく察する。隠し事、そんなの一つだけだ…零のことだ。きっと、どこからか漏れてしまったに違いない。だから、電話先のママの声や今目の前にいるマネージャーの顔が焦りを感じさせるのも頷ける。
これからのことに頭を巡らせていれば、マネージャーが車を止める。車から降りると、マネージャーが足早に中に入れる。中に入ると、そこは見慣れた光景が広がっていた。事務所だ…。マネージャーに案内されるまま、ついていけばそこは社長室だった。
マネージャーが私の前に立ち、扉を叩く。中から声が聞こえ、マネージャーが扉を開く。そこには、子供の頃からお世話になっている社長と……大好きな母親が立っていた。私は「失礼します」と言いながら部屋に入り、あぁいつかのドラマでこんなシーンあったなぁなんて余計なことが頭を過る。
しかし、ふざける様な雰囲気ではないので大人しく話が始まるのを待った。すると、ママが私の前に一枚の紙を差し出す。私はそれを戸惑いながら受け取りそれを見る。
『なに…これ…』
私の幸せはここで一瞬にして崩れ去っていった。
ーー私は、部屋に戻ってただただソファーでボーッとしていた。
天崎 美羽子ーー。
今、日本を中心に活躍する人気の女優だ。容姿端麗…立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花という言葉を具現化したような人間と言われ、弱冠20歳で日本のアカデミー賞を総なめにするほどの実力の持ち主である。
その容姿は天使のようだと形容され、謙遜する姿はまさに大和撫子と呼ぶに相応しい性格の子であった。スキャンダルもなく、ファンを愛しているといって過言でないほどにファンサービスも神対応で…。しかし、そんな『天使様』が恋したのは相容れない存在だったーー。
『なんて…よく書けたものだわ…。褒めてるのか貶してるのか…』
私は、明日発売の週刊誌に載るであろうゲラを見てから机に置く。その内容は、「『魔王』が『天使様』を家に持ち帰った」なんて下品なタイトルを飾っている。いわば、スキャンダルネタだ…。
先日の誕生日に零の家に行った時、フラついた零を支えた…そんな一瞬を撮られてしまったのか…その写真が一面を飾っている。
恐れていたことが、起こってしまった。その事実だけが私を果てしなく絶望に追い詰めた。社長室では、ただ「友達です」としか言えなかった。零もきっと事務所から問い詰められてしまっているだろう。どう対応するのか、わからないけど…ただただ怖かった。彼と別れたくない、けど事務所にもママにも…そして、零にもこれ以上迷惑をかけたくない…。
『ただ…ただ幸せになりたかっただけなのに…、どうしてこんなに世界は意地悪ばっかり…』
だいたいにおいて、芸能界というものを選んだ時点で一般の人の望むような幸せというものは諦めろと言われた。それでも、華の10代を棒に振って、それでも頑張って仕事をしていて…やっと手に入れた幸せをこうやって芸能界というものによって殺されるなんて、なんとも悲しい話だ。けど、私はこの仕事が好きだし辞めたくない。きっと、それは零も同じ…。そのことを踏まえると、出てくる答えはきっと一つだけだった。
それを理解したように、携帯がメールの受信を伝える。画面に表示されたのは私の頭の中を支配していた人…『朔間零』その人だった…。
そのメールには「明日、話したいことがあるから。いつものレストランで21時に会おう」とだけ書かれていた。
あぁ、彼もやっぱり同じ考えに至ったのだと理解できた。この恋は、きっともう続くこともないのだとまるで燃え上がった炎に水をかけられた感じがした。
すごく冷静でいられた、好きという感情で盲目的に彼を愛していたがそれが世間的に見てしまうと『魔王』という言葉を背負った彼と『天使様』なんて崇高な言葉を背負った愚かな私ではきっと恋に落ちてはいけない間柄だったのだと思う。
天使と魔王を出会えても恋い焦がれることはあってはならないことなのだと世間が言っているのだとこの人を辱めるようなことを書き連ねている週刊誌の1ページが物語っていた。
きっと、この記事はお互いの事務所によって掻き消されるけれど…。噂が一度広がれば…後の祭りだ…。きっと、どこへ言ってもその目線から逃げなければいけないし居心地がいいとは言えないだろう。自分はそんな目にあったことはないけれど、今までそんな人を何度も見てきた。そして、活動を自粛したりこの業界を去っていった人もいる。芸能界は自由恋愛じゃないから…、きっとこの恋も続けることを許されない。もう諦めよう。
もう、『朔間さん』とのことは忘れようーー。
第八話
『私は、どうせ愚かな『天使様』だもの』
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