朔間零
NameChange
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ーー朔間零は私にとっての『神様』だ。
まるで獅子が子供を崖から落とすかのように、学院は私を音楽科からアイドル科へと放り込んだ。
そんな私を助けてくれたのは間違えなく彼で、一学年下だと思ってた同い年の彼が先に卒業した私をリズリンに誘ってくれて、作曲家として活動させてもらえている。私の生活が上手くいっているのは朔間零という神様みたいな恩人のおかげであることに違いないのだ。
そういうことで、私の仕事場はもっぱらリズリンフロアにあるレッスン室かオフィス内の自分のデスクだ。
他の事務所への出入りはあまりしないし会うことも少ない。なのに、今日は出勤時からいつもと様子が違った。私のデスクには眠気覚ましのエナジードリンクが大量に置かれていて、コーヒーを淹れるカップが共存している。
しかし、大量に放置された缶はひとつも無くなっていて、そこにはコーヒーではなく紅茶の香りが漂っていた。
天祥院「やぁ♪おはよう」
『英智くん…ここは敬人の席じゃないよ』
天祥院「そんなことはわかっているよ。敬人は確かに謎の炭酸飲料を飲んでいるけど、ゴミはちゃんと捨てるタイプだからね」
『ずぼらでごめんね…それで掃除してくれたわけだ』
天祥院「まぁ僕がやったんじゃなくて弓弦がね」
『そう、弓弦くんには後で何かあげるとして英智くんはなんで私の席に鎮座しているわけ?』
天祥院「ふふふ、朝の散歩の一環だよ。ところで、君は【神は死んだ】って言葉をどう思う?」
弓弦くんが淹れたであろう紅茶を私の椅子に座って優雅に啜る英智くんは一口飲んだ後ゆったりと笑ってこっちを見つめる。
『神は死んだって…なんだっけ?あぁ…ニーチェか』
天祥院「その通り、でもねその言葉には続きがあるんだ」
『続き?それは初耳だな…その言葉しか聞いたことなかったけど、どんな続きなの?』
天祥院「【神は死んだ。神は死んだままだ。そしてわたしたちが神を殺したのだ。】って内容なんだけどね。ようは、盲目的な信仰はこの世には必要ないっていうキリスト教を盲目的に信仰していた当時の世界を真っ向から否定している内容なんだ」
どうして朝から急に現れた後輩にどこぞの思想家の思想を説かれなければならないのか、その意図を汲み取ることができずに首を傾げると彼はクスクスと笑う。それがなんとなく癪にさわって顔が歪むのを感じる。
『何が言いたいのかわからないけど、私はキリスト教徒じゃないから神が死んでも生きてても関係ないかな』
天祥院「何もこの言葉はキリスト教徒だけにかけられた言葉ではないんだよ。ようは自分の大事なものや信仰しているものを変えてしまうのはいつもそれを信じる人間だって言ってるんだよ」
『…それがなに?』
天祥院「君の【神様】はもう【神様】じゃないって教えてあげてるんだよ。それを殺したのは君だってことをね」
『は…?』
意味のわからない話に頭を混乱させていると英智くんは空になったカップを片手に立ち上がって私のさらに後ろを見て笑う。そして、「ほらね」とこぼして私の横を擦り抜けていく。そんな彼を不思議に思って振り返ると、英智くんと零が対峙していて驚く。
天祥院「朔間くん、そんなに焦った顔をしてどうしたのかな?」
零「お主が我輩の事務所におると噂を聞いてな、我輩…自分の領域を侵されるのが嫌いじゃからのう」
天祥院「そう…でももうお暇しようと思っていたんだ。面白いものも見れたし、十分な収穫かな」
零「あまり、人様の領域を侵すものじゃないぞ…長生きしたいんだったら」
2人がコソコソと話す内容が聞こえなくてその様子を凝視することしかできなくて、ボーッと見ていると話し終えたのか零がこっちに向かってくる。
英智くんはその様子を見てからなにも言わずに去っていった。私はそんな英智くんに声をかけることもできず近づいてきた零を避けるように後退する。
零「アイツと何の話してたんだよ」
『こらこら、口調が戻ってるよ』
零「何の話をしてたんだって」
『特に何もないよ。神が死んだとか、殺したのは私だとか…?そんな話だけど深い意図までは聞いてないよ』
零「なるほどな…喧嘩売りに来たってことか」
『え…何をどう取ったらそうなったの』
零は近づいた身体を離して深くため息を吐いた。私は何かを察した零に疑問をぶつけるが、答えを得ることは叶わなかった。
零「場所を変えよう。職場で話すことではなかろう」
『そんな重大な話なの…?』
頭にハテナを浮かべたまま、零に腕を引かれるままESビルの中を歩き回る。英智くんとのやりとりや零の発言を思い返しながらその言葉の意味を探すがやっぱり答えは見つからなくて、零の後ろ姿を見つめる。そういえば、さっきは彼には珍しく焦った顔をしていたしその額には汗が微かに滲んでいた。いつもの零からは考えられない様子だった。
零は私の腕を掴んだまま歩き続けて、ESビルの中庭にたどり着いてやっとその腕を離した。そこは人気があまりなくて広いスペースに今は私と零の2人だけだった。
零「我輩、今から『我輩』であって『我輩』ではなくなる」
『急にそんな宣言されても…』
零「お前にとって俺は『神様』になってたかもしれない」
『急に神様宣言』
零「でも、もうそれはやめた」
『からの引退宣言』
あまりにふざけすぎたのか頬を挟むように零の手が強い力を加える。蛸のようになった口をパクパクしていると、零は言葉を続けた。
零「神は死んだんだよ。そんでそれはお前が殺した」
そう言った零の顔が近づいてきて私の口と柔らかい何かが重なった。キスーー、された?
それはすぐに離れていってニヒルな顔をした零が私の頬から手を離して言葉を待った。
『なんで』
零「我輩、博愛主義じゃが本当に愛するものは側に置いておきたいんじゃよ
未来永劫なーーーーーーー、」
その時初めて、英智くんとの会話ともその後の零の言葉にも一本の意味が通った感覚がした。
そして、返事を待たずにぎゅっと零は私を抱きしめた。まるで檻にでも閉じ込めるかのように…
そうだ、薄々気づいていたけどそれを現実に書き起こすにはあまりに非現実的だと思ってた。
神様はそう簡単には死なないと思っていたのに、いや元々それを神様だとは思っていなかったのかもしれない。認めたくない感情を崇拝という形で逃避していただけなんだと思う。
私はきっとずっと前からこの男を愛していた。好きだったんだ…ただ困っている当時の私を助けてくれたからじゃない。何をすべきか導いてくれたからじゃない、辛い過去を背負うことができない時にそれを分けようとしてくれたからじゃない。
彷徨っている時に自分の元に来るように手をひいてくれたからじゃない。ずっと、傍にいてくれたからどんな時にもそこにいてくれたから気づいたら好きになってた。自然な恋の現象だ。
だから、神は死んだ。いや、神はずっと死んだままだ。そして、それは私が殺した。
さよなら、赤い目の神様ーーー
赤い目の神様
『私も好きだよ。たぶん、ずっと前から』
Twitterにあげたものの再編集版.
1/1ページ