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М県S市杜王町図書館のとある司書

私の嫌な予感は、最悪なことに大抵当たる。だから私は小さい頃から、出来るだけその“面倒事回避能力”をフル活用して今までを生きてきた。だけど、面倒事を全部回避して生きてきた訳じゃない。何でか?そんなの――――。

「一体何をしてるんだって言ってんですよ、このクソ野郎」
「えッ……あ」
「ああ、ちなみに変に繕わなくていいです。どの道、警察には連絡を入れますので」
「け、警察ッ……ちがッ、ぼ、僕はッ……」
「“何もしていない”、とでも言うつもりですか?まぁ、何を言った所で花ちゃんに聞けば全て分かる事でしょうけど」
「……ッ」
「それよりも、花ちゃんから離れて下さい。早急に」

「……」
その時、空気が一瞬ピリついた。それと同時に嫌な予感に襲われた私は咄嗟に身構えた。
「……るさい、うるさいうるさいうるさいうるさいッ‼」
男は私の方へ振り返ると、近場にあった本棚の本を掴み、私に向かって投げつけてきた。直前に身構えていた為に、私はそれを難なく避ける事が出来た。……が、しくったな。変に刺激してしまったか。今は私に注意が向いているからいいが、もし花ちゃんに向いてしまったら……。いや、そうならないよう、ここは逆に、わざと刺激した方がいいのか……?どの道選択をこれ以上間違える訳にはいかない。
「うるさいからって物を投げつける、なんて幼児と同レベルですね。現状に器物損壊罪も追加、と言った所でしょうか?」
「うるさいッ‼お前みたいな何の苦労もせず生きてる奴なんかに、僕の気持ちが分かってたまるかッ‼」
「……ほう?では、その貴方の気持ちとは何なのです?私の様な奴にも、分かるように説明して下さい」
大抵こういうタイプは、不満の吐き出し口が無くて破裂寸前になってしまっている風船のようなモノ……。逆に言えば、不満さえ吐き出させる事が出来れば、冷静さを取り戻してくれる事もある。ここは、不満や今回の行動に至ってしまった経緯を吐き出させるのが吉だろう。
「……ぼ、僕は、大学受験に失敗してから、ずっと孤独だったんだ……。最初の頃は足繁くハローワークに通ってたけど、結局高卒の僕をまともに雇ってくれる所なんてどこにも無くて……。家族にもまともに相手してもらえないし、外に出た所で周りから白い目で見られるばかりだった」
「……」
「でも!花ちゃんは、花ちゃんだけは違ったんだ!ある時、杜王町小学校の集団下校に偶然鉢合わせた時、花ちゃんだけは、僕を見て声をかけてくれたんだ。『お兄ちゃん、大丈夫?』って。こんな僕の事を、きっと一瞬の事だったろうけど、本当に心配してくれたんだ!……だから、だから僕、お礼が言いたくて……」
そう言った男の言葉に嘘はないようだった。なるほど。確かに周りから見放された状況下で自分を認知してくれる存在がいたら、きっとその絶望が深ければ深いほど、その存在に対して唯一神的思考を持ってしまうのはある種の道理なのかも知れない。
「……では、今一度確認します。貴方は、ただ単に花ちゃんにお礼を言いたかっただけ、という事なんですね?」
「そ、そうだよ。けど、前に一度声をかけてくれたからじゃそもそもの接点が無くて……」
「なるほど。貴方の言った事は分かりました。ですが、とりあえず花ちゃんはこっちに来させて下さい」
「えっ」
「貴方の言葉に嘘がないのは分かっています。けれど、花ちゃんもいきなりの事で混乱し怯えている様ですし、彼女は私に用があったみたいなのd――――」

「嫌だ」

その刹那。ピリついていた空気が一気に乾いていくのを感じた。先程までたどたどしかった男は、目を見開きこちらを凝視している。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ‼お前も、僕から奪うつもりなんだろッ⁈お前も周りの奴らと同じだッ‼おんなじなんだッ‼」
酷く取り乱し声を荒らげる様は、確実に正気を失っている。これは……“普通”じゃないッ‼
「僕から彼女を取り上げようとする奴らは、全員制裁を加えてやるッ‼絶対に、絶対に許さないッ‼」
どう動けばいいんだ。完全に正気を失った状態の人間を相手にした事なんてないが、これは絶対に選択を間違えてはならないのだけはハッキリ分かる。

クソッ、一体どうすれば……‼

……ギィイイッ‼
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