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М県S市杜王町図書館のとある司書

完全に固まっていたその場。そこに、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「と、遠山先生……」
そこに立っていたのは、少し白髪交じりで頭の上に眼鏡を乗せた朗らかな笑顔の男性だった。遠山修司さん。彼は此処、杜王町立図書館の館長だ。また、私が“先生”と呼んでいるのは、私が大学生の時に図書館サービス概論という講義を担当して頂いていた名残からである。
「いやぁ実は、さっき七瀬さんのお嬢さんが私の所に来たんだけど、なんだか急ぎの用だったみたいでね?息を切らしながら私に『メガネのお姉ちゃんは?』って聞いてきたもんだから、二階の奥にいるはずだよって言っちゃってね。てっきりまだ二階の排架作業をしてるもんだとばかり……」
「え、花ちゃんが、来たんですか……?」
七瀬花ちゃんは小学生の女の子後天性の聴覚障害を持っている。私の妹も後天性の聴覚障害を持っているので、少しでも彼女の助けになればと色々手助けをしていたらいつの間にか懐かれた。以来、彼女は此処へ来ると必ず私の元へも来てくれる。……が、その花ちゃんが私の元へ来ていない……?しかも、図書館で花ちゃんが普段利用するはこのフロアだけだ。二階を確認して降りてこないのはおかしい――――。
「遠山先生!花ちゃんが先生の所へ来たのはいつですか⁈」
「えぇっと、確か二十分程前だったかな……」
となると、私がカウンターに戻る数分前……。

なんだ?妙に胸騒ぎがする…………。

「遠山先生、如月さん、すみませんが暫く空けるのでお願いします!」
「おい、まだ話は――」
「アンタの話は後です‼花ちゃんを見つけてからなら聞いてやりますから、大人しく待ってろ下さい‼」
岸辺露伴その人を無視し、私は図書館の二階へと思い切り駆け上がった。



 あのね、あたし怖いの。……だって、最近小学校からずっとあたしの後ついてくる人がいるから。メガネかけて、長袖の服を着た男の人……。しかも、今日は途中から走って追いかけてきたの。だからあたし、走って逃げたの。おうちはまだ遠いから、図書館に。あそこなら、メガネのお姉ちゃんがいるから。
『七瀬花ちゃん?可愛い名前ですね。私、縁龍樹って言います。もし困った事や聞きたい事があったら、いつでも頼って下さいね』
あたし、学校の子が何話してるかはよく分からないけど、メガネのお姉ちゃんはちゃんと口をはっきりあけて話してくれたり、紙に書いてくれたりするから好きなんだ。だから、あのお姉ちゃんの所に行ったら助けてくれるって、そう思ったの。
「あれ?君は、七瀬さんの……」
「メガネの、お姉ちゃんはッ……⁈」
「え?縁さんかな?縁さんなら、さっき二階の奥で排架作業をしてたと思うけど――――」
図書館のおじさんが言いかけてたけど、聞き終わる前にあたしは階段を駆け上がった。でも、奥まで探してもメガネのお姉ちゃんはどこにもいない。
「……ねぇ、どこに行くの?」
「……ッ⁈」
怖い声が聞こえてきて、後ろを向いたらさっきの怖い男の人がいた。
「ねぇ、君……七瀬花ちゃんでしょ?僕の事、覚えてる?……ほら、花ちゃん、僕に声をかけてくれたでしょ……?」
「あッ……」
男の人は、笑いながらどんどんあたしに近づいてくる。逃げなくちゃいけないって分かってるのに、怖くて足が動かない。怖い。怖いよッ――――。

「お姉ちゃんッ――――」

「おい。一体何してるんですか、クソ野郎」
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