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М県S市杜王町図書館のとある司書

開口一番のその良く通る声は、図書館の中を綺麗に駆け抜けて行った。私の振り返ったその先に立っていたのは、スタイルの良い、細身だが筋肉質そうなガタイをして頭にはトゲトゲの変わったヘアバンドをした、少々不機嫌顔のイケメン。その人物を認識した瞬間、私の直感が告げていた。

――――この人物こそが、岸辺露伴その人なのだと。

即座に持ち前の面倒事回避能力が反応し、休憩室の方向へとスタートダッシュをかました私だったが、数コンマの差で如月さんに服の襟を掴まれ、華麗なる逃避行は失敗に終わった。
「裏切り行為ですよ、如月さん……こんなのってないや!」
「裏切りも何も彼は縁ちゃんに用があるって言ってるんだから、仕方ないでしょ?俺は縁ちゃんという新人司書の代わりはいくらでも出来るけど、縁ちゃんの代わりは出来ないんだから」
ごもっともなド正論を言われ、仕方なくカウンターに戻った。というか、明らかに私が逃げ出したとこはバッチリと見られていた訳で……え、何この気まずさ。てか、この不機嫌顔絶対さっきより酷くなってんじゃん。百パー私のせいじゃん、誰か助けろ。自業自得なのは承知の上で助けやがれ下さいこの野郎!
「……え、えっと……縁は私ですが……な、何か御用でしょうか?」
「……なんだ。てっきりもう少し聡明そうな奴かと思っていたが、とんだアホ面眼鏡だな」
「……はい??」
ん?んん?今この人正面切って私の事アホ面眼鏡って罵倒した?えっ?聞き間違い⁇
「……えぇっと、今の台詞もう一度最初から言って頂いてもいいです?」
「だから、てっきりもっと聡明そうな奴かと思ってたが、とんだアホ面眼鏡だったもんで心底がっかりだと言っているんだ、このスカタンッ!」
やっぱ聞き間違いじゃなかったよ、こん畜生ッ‼えっ、えぇ⁈なんで私こんな初対面で罵倒されなきゃいけないの⁇何⁇逃げたのそこまで気に食わなかったの、この人⁈
「初対面の一般人に、しかもあくまで戸籍上女の奴に向かって随分な言い様ですね、岸辺露伴先生……」
「ほう?僕の事を知っていたのは及第点をやってもいいぜ。最も、僕の落胆をどうにか出来る訳じゃぁないが」
「アンタの勝手な落胆なんて、私にとってはクソ程どうでもいいんですが」
「縁ちゃん、利用者にアンタとかクソとか言っちゃダメでしょ⁈」
「如月さん。これは司書と利用者ではなく、純粋な人間と人間という個人間での対峙です。それに、一応ですますはつけているので、即ちこれはまだ敬語の範疇です」
「途中酷い言葉も入ってたけど?」
「これは私特有の仕事中に反抗心を露骨に出したい時に使う、メンチが切れる敬語……通称、乱暴敬語です。思いの外便利ですよ?」
「おいおいおいおい。国から金を貰ってる立場の人間のくせに、敬語もまともに使えないのか?仮にも僕は利用者だぜ?」
「常識が欠けているのはお互い様でしょう。……で?そんなアホ面眼鏡な私に一体何の御用です?司書が必要なら、私よりも如月さんの方が圧倒的に有能なのは分かってらっしゃいますよね?言わせて頂きますけど、もしくだらない御用でしたら即刻おかえりいただk――――」

「この杜王町の端にある古寺、“縁通寺”……そこが、君の実家だな?」

「……た、確かにそうですが、それが何か?」
言葉を途中で遮られムッとしたが、妙に迫力のある真っ直ぐな目に圧倒されて思わず言葉を切ってしまった。威圧感とはまた違うのだが、向こうの言葉を優先させる他選択肢が残されていない様な、そんな錯覚に陥った私は、キツめの口調で質問を返す程度のささやかな反抗しか出来なかった。

「……その様子じゃ、縁通寺の近況は聞かされていないようだな」
「……えっ、うちが、どうかしたんですか?」

「“近年、杜王町の端にある古寺で霊障が多発している”……縁通寺の近隣住民の間では、その様な話が噂されている」
「霊障が……多発⁈」
その言葉に一瞬思考が停止した。しかも今、“近年”と言ったか?この人……。
「……その、近年と言うのはどれ位の期間の話ですか?」
「僕の調べではここ二、三年の話だそうだ。大抵霊障が起こる時間帯は火曜と金曜の夜七時から十時まで……その間、寺院の東に位置する部屋の押し入れから壁を激しく引っ搔く様な音が不規則に繰り返される……そんな噂だ」
「……」
こめかみを、冷や汗が伝っていくのが分かった。そして、岸辺露伴の告げたその時間帯に、私は“心当たり”があった。それだけに、状況を呑み込めない自分と見当がついてしまった自分とが鬩ぎあい、思考を整理しようにも感情がごちゃついて上手く出来ない――――。

「……ああ、縁さん。ここに居たんだね」
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