М県S市杜王町図書館のとある司書
M県S市杜王町。この町の図書館は、いたってありふれた何の変哲もない図書館である。都会と比べると田舎である為に多少設備に落ち度があるかも知れないが、本を借りたり返したり等本来の目的で利用する分には申し分なく使用出来る。
これは、そんなごく一般的で普通な図書館に勤めているとある司書が、杜王町のとある天才漫画家と繰り広げる、楽しい楽しい日常の物語――――。
*
「……ハァ~。な~んか面白い事はないもんですかねぇ」
私、縁龍樹(えにし たつき)は暇を持て余していた。というのも私が勤務しているこの図書館――M県S市の杜王町にあるこの図書館は、平日ほとんど人がやって来ない。土日祝日だったとしても、一日数十人程度しか来ない。まぁ、そもそも田舎の更にド田舎にある古びた図書館だ。いくら近場にあったとしても、これならS市の図書館に行った方が面白い本の百冊や二百冊位簡単に見つかることだろう。そんな具合なので、割と大きなはずのこの図書館も働いているのは館長と新人司書の私、それからもう一人の先輩司書さんの合わせて三人のみ。政府の犬になったとて、安定こそあれど財布は基本スカンピンだし、人が来ないからほぼ退屈だしで、私の日常は基本面白みがないのだ。そりゃため息が出てもおかしくないというもの……。
「ここにない本の購入とかした所で、S市の図書館にはもうそういう本はあったりするんだよなぁ……。かと言って本紹介のプレートを作ったとしても人がほぼ来ないからこれも効果なさそうだし……」
うーむ……と暫く考え込んだが、私が考え込んだからどうなるということもないので私は考えるのをやめ、目の前のPCのデスクトップに視線を戻した。返却された本は既に棚に排架し終わったし、貸出期限を過ぎても返ってきていない本も無い。こないだ新しく入った本のデータもPCに打ち込んだし、ラベルも貼って棚に入れた。……うん。やっぱり今のところ人が来ない限りはする事がないように思える。いや、そもそも私は余裕がないと生きていけない貧弱人間だ。仕事に忙殺されるのは御免被る。だが、かと言ってここまで仕事がないのも考えものだ。こんなんで給料貰っていいんだろうか。いやまぁ、全然容赦なく貰うけど。何ならボーナスも欲しい位だけど。
「そんなに眉間に皺寄せて、どうしたのー?縁ちゃん」
右側から聞こえた声に顔を上げると、そこには先輩司書の如月 文人(きさらぎ あやと)さんが立っていた。彼は私よりも五歳年上で、新人尚且つドジばかりしている私とは違い仕事をそつなくこなす敏腕司書だ。その上容姿性格、共にイケメンで死角無し。故に彼を一目見ようと図書館を訪れる女性利用者は多い。仕事だけでなくその見た目でも図書館に貢献出来るのだから、容姿性格共に平凡な私からすれば羨ましい事この上ない。
「あの縁ちゃん……俺の顔に何かついてる?」
「……いや、私も如月さんみたいな死角無しイケメンに生まれたかったなぁとつくづく思いまして」
「もう、またそれ?だから、俺は別にそんなんじゃないってば」
「いや、ホントに如月さんイケメンですから。もう少しそういうとこ自覚持っておいた方がいいですよ。じゃないとそのうち如月さんを巡るバトルロワイアルか、如月さんが放つ謎の尊み浄化光線で死人が出ますよ?」
「……ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」
どこぞのサンドウィッチマン富澤さんの様な返答をされたがまぁ仕方ない。自分でだってたまに何言ってるか分からなくなる時があるんだ。他人が分からなくなるのはむしろ当たり前と言っても過言ではない。
「あぁ、あと私が眉間に皺寄せてたのは、単純に暇すぎるなぁって思ってただけですよ。ま、PC見ても今出来る仕事は終わってるし、どの道利用者が来ないとする事ないってことを再認識させられただけだったんですけど」
「あぁ……ちょっとS市の図書館に比べたら利用者少ないもんねぇ、此処」
「そう言えば如月さんって、確か此処に配属される前はS市の図書館に勤めてたんでしたっけ?」
「そうだよ。まぁ、別に此処が悪いって訳じゃないけど、正直この現状だと、仕事のやりがいはS市の図書館の方があったかな……」
「まぁ、自堕落人間な龍樹さん的には仕事に忙殺されるなんてまっぴらごめんですけど、だからってここまでやることないのも面白みに欠けるんですよねぇ」
「縁ちゃんの場合はやりがい以前の問題だよね……」
「あ、如月さんもしかして呆れてます?私、元からこういう人間ですよ?」
「……まぁ、別に知ってるし、共感出来る部分もあるけどね。というか、良くも悪くも正直だよねぇ、縁ちゃんてさ」
「そうですか?割と口に出してないときの方が多いですよ?大抵口に出しちゃってる時は、言わない方がいい事だってのを私の頭が理解して抑制の指示を出す前に、口の方が脊髄反射で勝手に喋っちゃってる時だけなんで」
「……それ、全部ぱっと思いつきで返答してるってことだよね?」
「ですです。私はザ・フィーリング人間なんで。あっ、でもちゃんと空気読む時もありますよ?面倒事に関する回避能力は伊達じゃないですから。これでも私、平穏至上主義者ですし?」
「あっ!そう言えば、こないだ縁ちゃんがお休みの時凄い人が来たんだけど、聞く?」
「……如月さんって、時々唐突に話の流れぶった切りますよね」
「いや、面白みに欠けるってさっき縁ちゃんが言ってたからさ。一応面白い事に入ることだと思うんだけど……」
「けど、なんです?」
「いや、確かにその人凄い人ではあるんだけど、ちょっと変わった人でもあったから……」
「話すだけなら百利あって一害なしですよ。それに、やばい人だったら今後私がその人と関わる事になった時の対処法も考えられますし。……で、どんな方がいらっしゃったんですか?」
「漫画家の、岸辺露伴先生って知ってる?」
「あぁ。知ってますよ?代表作が『ピンクダークの少年』の、あの岸辺露伴先生ですよね?妹達が読んでたんで私もそれを借りて読んでた事とかありましたけど……え?まさかその岸辺露伴先生が来たとか言うんじゃないですよね?だってあの方、確か在住地東京でしたよ?」
「それが来たんだよ、この杜王町に!何でも、都会は騒々しくて先生に合わなかったみたいでね?だから、この町に引っ越してきたんだって!」
「へぇ……大人気漫画家なのに地方に戻るって、珍しいですね。私は少し理解しがたいですけど。で、如月さんから見てその岸辺露伴先生が変わった方だった、と?」
「……変わってるって言うか、こう、何だか気難しげな人でさ。『君は幽霊を見た事があるか?』とかいきなり言い始めたと思ったら、マシンガンみたいに途切れず質問なり持論展開なりしてきたから……俺、付いてけなくて終始苦笑いしか出来なかったよ」
「……ふぅむ?要は学者肌な漫画家であった、と?……あ、そう言えばどっかの岸辺露伴先生インタビュー記事に『漫画を描く上で最重視すべきはリアリティーの追求』とか何とか書いてあったのがあったような……きっと何でも自分自身で確かめないと気が済まない好奇心の塊なんじゃないです?岸辺露伴先生は」
「けど、漫画を描くのに必要なのって、リアリティーよりも想像力とかじゃないのかなぁ?」
「まぁ、それも一理あるかもですが……リアリティーがあるっていうのは、要は共感をしやすいってことでは?共感出来るということは内容を理解出来るってことですし、理解出来れば面白いと感じますからね。勉強とかもそうじゃありません?教科自体は嫌いじゃないけど、公式とか文法とかを上手く扱えなくて問題が解けない、みたいな。それ、ちゃんと理解出来てないって事だと思うんですよ」
「なるほどねぇ、共感か……」
「まぁ、ご本人様がどう考えているかなんて私知りませんけどね。これはあくまで私の勝手な推測です。……あ、ちなみに龍樹さんは数学、化学などの理系教科プラス英語はからきしダメでした。……残念だ。私が彼らをもっと理解できてさえいれば、あんな後悔はしなかったのに……」
「それ、かっこよく言ってるけど赤点の事だよね?何?縁ちゃん取ったことあるの?」
「お、流石如月さん。私の変な発言を上手く翻訳して下さるようになりましたか。そうですねぇ……数学は定期テスト一桁なんてザラでしたね。……てか、それ考えると私よく進学出来たな」
「俺、赤点なんて取った事一回もなかったけど……」
「まぁ、どーでもいいじゃないですか、そんな遠い過去の話は。でも、出来れば鉢合わせたくないですねぇ、岸辺露伴先生には。如月さんのお話聞いてると理詰めしてくるタイプの天才じゃないですか。ザ・凡人フィーリンガーな私とは正反対ですよ?最早分かり合えぬ……如月さん、もしまた岸辺露伴先生がいらっしゃったら如月さん対応して下さいね。私はその前に奥の休憩室に逃げ込みます」
「えぇ?そうかなぁ……俺はなんかこう、縁ちゃんと似たようなモノを感じたけどなぁ」
「私理詰めも出来なければ天才でもないですけど?というか、私天才肌の人には昔から嫌われやすいんですよ……から、如月さん。お願いしますね?それでは、私はこれで!ちょうど休憩時間なので、私昼食取ってきま――――」
「おい。此処に縁って司書はいるか?」
これは、そんなごく一般的で普通な図書館に勤めているとある司書が、杜王町のとある天才漫画家と繰り広げる、楽しい楽しい日常の物語――――。
*
「……ハァ~。な~んか面白い事はないもんですかねぇ」
私、縁龍樹(えにし たつき)は暇を持て余していた。というのも私が勤務しているこの図書館――M県S市の杜王町にあるこの図書館は、平日ほとんど人がやって来ない。土日祝日だったとしても、一日数十人程度しか来ない。まぁ、そもそも田舎の更にド田舎にある古びた図書館だ。いくら近場にあったとしても、これならS市の図書館に行った方が面白い本の百冊や二百冊位簡単に見つかることだろう。そんな具合なので、割と大きなはずのこの図書館も働いているのは館長と新人司書の私、それからもう一人の先輩司書さんの合わせて三人のみ。政府の犬になったとて、安定こそあれど財布は基本スカンピンだし、人が来ないからほぼ退屈だしで、私の日常は基本面白みがないのだ。そりゃため息が出てもおかしくないというもの……。
「ここにない本の購入とかした所で、S市の図書館にはもうそういう本はあったりするんだよなぁ……。かと言って本紹介のプレートを作ったとしても人がほぼ来ないからこれも効果なさそうだし……」
うーむ……と暫く考え込んだが、私が考え込んだからどうなるということもないので私は考えるのをやめ、目の前のPCのデスクトップに視線を戻した。返却された本は既に棚に排架し終わったし、貸出期限を過ぎても返ってきていない本も無い。こないだ新しく入った本のデータもPCに打ち込んだし、ラベルも貼って棚に入れた。……うん。やっぱり今のところ人が来ない限りはする事がないように思える。いや、そもそも私は余裕がないと生きていけない貧弱人間だ。仕事に忙殺されるのは御免被る。だが、かと言ってここまで仕事がないのも考えものだ。こんなんで給料貰っていいんだろうか。いやまぁ、全然容赦なく貰うけど。何ならボーナスも欲しい位だけど。
「そんなに眉間に皺寄せて、どうしたのー?縁ちゃん」
右側から聞こえた声に顔を上げると、そこには先輩司書の如月 文人(きさらぎ あやと)さんが立っていた。彼は私よりも五歳年上で、新人尚且つドジばかりしている私とは違い仕事をそつなくこなす敏腕司書だ。その上容姿性格、共にイケメンで死角無し。故に彼を一目見ようと図書館を訪れる女性利用者は多い。仕事だけでなくその見た目でも図書館に貢献出来るのだから、容姿性格共に平凡な私からすれば羨ましい事この上ない。
「あの縁ちゃん……俺の顔に何かついてる?」
「……いや、私も如月さんみたいな死角無しイケメンに生まれたかったなぁとつくづく思いまして」
「もう、またそれ?だから、俺は別にそんなんじゃないってば」
「いや、ホントに如月さんイケメンですから。もう少しそういうとこ自覚持っておいた方がいいですよ。じゃないとそのうち如月さんを巡るバトルロワイアルか、如月さんが放つ謎の尊み浄化光線で死人が出ますよ?」
「……ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」
どこぞのサンドウィッチマン富澤さんの様な返答をされたがまぁ仕方ない。自分でだってたまに何言ってるか分からなくなる時があるんだ。他人が分からなくなるのはむしろ当たり前と言っても過言ではない。
「あぁ、あと私が眉間に皺寄せてたのは、単純に暇すぎるなぁって思ってただけですよ。ま、PC見ても今出来る仕事は終わってるし、どの道利用者が来ないとする事ないってことを再認識させられただけだったんですけど」
「あぁ……ちょっとS市の図書館に比べたら利用者少ないもんねぇ、此処」
「そう言えば如月さんって、確か此処に配属される前はS市の図書館に勤めてたんでしたっけ?」
「そうだよ。まぁ、別に此処が悪いって訳じゃないけど、正直この現状だと、仕事のやりがいはS市の図書館の方があったかな……」
「まぁ、自堕落人間な龍樹さん的には仕事に忙殺されるなんてまっぴらごめんですけど、だからってここまでやることないのも面白みに欠けるんですよねぇ」
「縁ちゃんの場合はやりがい以前の問題だよね……」
「あ、如月さんもしかして呆れてます?私、元からこういう人間ですよ?」
「……まぁ、別に知ってるし、共感出来る部分もあるけどね。というか、良くも悪くも正直だよねぇ、縁ちゃんてさ」
「そうですか?割と口に出してないときの方が多いですよ?大抵口に出しちゃってる時は、言わない方がいい事だってのを私の頭が理解して抑制の指示を出す前に、口の方が脊髄反射で勝手に喋っちゃってる時だけなんで」
「……それ、全部ぱっと思いつきで返答してるってことだよね?」
「ですです。私はザ・フィーリング人間なんで。あっ、でもちゃんと空気読む時もありますよ?面倒事に関する回避能力は伊達じゃないですから。これでも私、平穏至上主義者ですし?」
「あっ!そう言えば、こないだ縁ちゃんがお休みの時凄い人が来たんだけど、聞く?」
「……如月さんって、時々唐突に話の流れぶった切りますよね」
「いや、面白みに欠けるってさっき縁ちゃんが言ってたからさ。一応面白い事に入ることだと思うんだけど……」
「けど、なんです?」
「いや、確かにその人凄い人ではあるんだけど、ちょっと変わった人でもあったから……」
「話すだけなら百利あって一害なしですよ。それに、やばい人だったら今後私がその人と関わる事になった時の対処法も考えられますし。……で、どんな方がいらっしゃったんですか?」
「漫画家の、岸辺露伴先生って知ってる?」
「あぁ。知ってますよ?代表作が『ピンクダークの少年』の、あの岸辺露伴先生ですよね?妹達が読んでたんで私もそれを借りて読んでた事とかありましたけど……え?まさかその岸辺露伴先生が来たとか言うんじゃないですよね?だってあの方、確か在住地東京でしたよ?」
「それが来たんだよ、この杜王町に!何でも、都会は騒々しくて先生に合わなかったみたいでね?だから、この町に引っ越してきたんだって!」
「へぇ……大人気漫画家なのに地方に戻るって、珍しいですね。私は少し理解しがたいですけど。で、如月さんから見てその岸辺露伴先生が変わった方だった、と?」
「……変わってるって言うか、こう、何だか気難しげな人でさ。『君は幽霊を見た事があるか?』とかいきなり言い始めたと思ったら、マシンガンみたいに途切れず質問なり持論展開なりしてきたから……俺、付いてけなくて終始苦笑いしか出来なかったよ」
「……ふぅむ?要は学者肌な漫画家であった、と?……あ、そう言えばどっかの岸辺露伴先生インタビュー記事に『漫画を描く上で最重視すべきはリアリティーの追求』とか何とか書いてあったのがあったような……きっと何でも自分自身で確かめないと気が済まない好奇心の塊なんじゃないです?岸辺露伴先生は」
「けど、漫画を描くのに必要なのって、リアリティーよりも想像力とかじゃないのかなぁ?」
「まぁ、それも一理あるかもですが……リアリティーがあるっていうのは、要は共感をしやすいってことでは?共感出来るということは内容を理解出来るってことですし、理解出来れば面白いと感じますからね。勉強とかもそうじゃありません?教科自体は嫌いじゃないけど、公式とか文法とかを上手く扱えなくて問題が解けない、みたいな。それ、ちゃんと理解出来てないって事だと思うんですよ」
「なるほどねぇ、共感か……」
「まぁ、ご本人様がどう考えているかなんて私知りませんけどね。これはあくまで私の勝手な推測です。……あ、ちなみに龍樹さんは数学、化学などの理系教科プラス英語はからきしダメでした。……残念だ。私が彼らをもっと理解できてさえいれば、あんな後悔はしなかったのに……」
「それ、かっこよく言ってるけど赤点の事だよね?何?縁ちゃん取ったことあるの?」
「お、流石如月さん。私の変な発言を上手く翻訳して下さるようになりましたか。そうですねぇ……数学は定期テスト一桁なんてザラでしたね。……てか、それ考えると私よく進学出来たな」
「俺、赤点なんて取った事一回もなかったけど……」
「まぁ、どーでもいいじゃないですか、そんな遠い過去の話は。でも、出来れば鉢合わせたくないですねぇ、岸辺露伴先生には。如月さんのお話聞いてると理詰めしてくるタイプの天才じゃないですか。ザ・凡人フィーリンガーな私とは正反対ですよ?最早分かり合えぬ……如月さん、もしまた岸辺露伴先生がいらっしゃったら如月さん対応して下さいね。私はその前に奥の休憩室に逃げ込みます」
「えぇ?そうかなぁ……俺はなんかこう、縁ちゃんと似たようなモノを感じたけどなぁ」
「私理詰めも出来なければ天才でもないですけど?というか、私天才肌の人には昔から嫌われやすいんですよ……から、如月さん。お願いしますね?それでは、私はこれで!ちょうど休憩時間なので、私昼食取ってきま――――」
「おい。此処に縁って司書はいるか?」
1/4ページ