このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

卓の子SS

【リイタス】

「俺の中でのあいつの存在がこんなにも大きかったなんて」
#この台詞から妄想するなら
https://shindanmaker.com/681121

♦♢♦♢

今日は気分が良くなかった。
朝っぱらから大きな紙袋を抱えた婆さんが中身のオレンジをぶちまけて、そのオレンジを踏んですっ転んだエミルと入れ替わった。
いや、なんだこの婆さん、ドラマか!?フランスか!?
エミルもエミルだ、なんでそこでオレンジを踏む!?
なんかもう呆れるしかなかった。

会社に着いたものの仕事なんかできるわけがなく、やる気もない。だから真っ先にアイツの元に向かった。
別に仕事休むなんて電話で伝えたってよかった、でも直接伝えに行きたかった。……俺だってたまにはアイツに会いたいんだよ。

そしてアイツと直接顔を合わせて「今日は相談室お休みデース」って適当に伝えたら、腕を掴まれて社外に連れ出された。
「は、な、なんだよ?!どこ行くんだよおい!」
コイツの意外すぎる行動に俺は戸惑いながらも訊ねる。
休むのがそんなにダメだったのか?と思ったけどそうでもないらしい。
「どこか行きたいところはないか」
そう訊ねられたら何となく察した。
最近はコイツもエミルも忙しかったし、俺も表に出ることも無かった。お前も寂しく思ってくれてたのかと、気付けばするりと言葉が出ていた。
「花畑……菜の花畑に行きたい」
エミルが昨日見ていた番組でやっていた菜の花畑。菜の花の花言葉である「快活な愛」。それと「いつも楽しく過ごせるのはあなたがそばにいてくれるから」という言葉。
コイツがそれを知ってるのかは知らないけど、たまにはこういうロマンチックなのも……いいよな?

俺が素直に行きたいところを答えたからか、いつも無愛想なコイツの顔が喜んだのがわかった。
「わかった、今すぐ行こう」
喜びを隠しきれてねぇぞ、いつもの冷静なのはどこに行った?いや、俺らの前じゃそうでもねぇな……
直ぐに車を出して菜の花畑に向う。

「今日は何があった?」
「紙袋いっぱいにオレンジを抱えた婆さんがオレンジぶちまけて踏んで転んだ」
「……本当か?」
「本当だ、俺だって信じたくねぇけどその光景見てたし……」
「なんともドラマのような話だな」
「だよな」
車で今朝のことを伝えれば疑われた。そりゃそうだ俺だってツッコミを入れたくなるレベルの謎だ。

目的地について見た初めての一面の黄色は流石の絶景だった。自分でもらしくないと思いつつも駆け出さずにはいられなかった。
花畑の真ん中で立ち止まって空を見上げる。
自分の、エミルの髪色は金色だ。菜の花の黄色より淡い、弱い色だ。こんな鮮やかな黄色のなかの淡い金色なんて誰も見つけられないだろう。
俺は元々生まれてきてすらいない死人だ。兄弟と言いつつも、エミルに取り憑いてる幽霊みたいなもんだ。だから、いつ消えたっておかしくない存在だ。
このまま俺が消えたらお前は悲しんでくれるのか?
そう訊ねる感じにアイツを見つめる。
俺の中でお前の存在がこんなにも大きかったなんてな。

すると、どうしたことかアイツが俺に向かって走り出す。
いや、意味わかんねぇよ!?なんでいきなり!?俺は悲しんでくれるのかって聞いただけで!?走ってくるとは思わねぇよ!?
なんか怖くなったから俺も逃げるように駆け出す。
「なぜ逃げる」
「お前が!いきなり!追っかけてくるからだ!バーカ!!」
アイツ足早くねぇか!?嘘だろもう距離縮められてる?!こっわ!普通にこっわ!!
徐々に距離を詰められる。腕を掴まれてそのまま引き寄せられて抱きしめられた。
「いきなりなんなんだよお前……人いたらぶっ飛ばしてだぞ」
今日は平日だから人はいない。ほぼ貸切状態で、スタッフもこっちを見ていない。だから、今は、拒否らないで置いてやる。
「お前が、消えてしまいそうな……そんな気がしてな」
顔が緩んだ気がした。腕に少し力を入れて、顔を押し付けて見られないようにする。緩んだ顔は見せらんねぇ。
だって、同じことを考えてたなんて思わないだろ?しかも消えそうだから捕まえに来たんだろ?……嬉しくない訳が無い。
でも、そうだな……幽霊ってのは未練があるから現世に残る。俺の未練は兄弟であるエミルだ。
だったら……
「……お前次第だな」
お前がもう1つの未練になってくれるなら、俺はまだ生きてられる。存在してられる。
「だから、俺が消えそうで不安だってんなら、お前が俺の事捕まえてろよ」
声色を平常に保ちながら伝えられたはず。
「……俺はお前を離すつもりはない」
お前なら、そう言ってくれると思ってた。
「だったらいいんだよ……俺もまだ消えたくねぇし」
だから、これは俺からのプレゼントだ、有難く受け取れ。
不意打ちでキスをかます。不意打ちなのは、お前のその驚いた表情好きだからなんだけど、絶対に言ってやんねぇ。
でもまあ、キスはやっぱまだ恥ずかしいもので、紛らわすために言葉を投げる。
「腹減ったから飯食いに行こーぜ」
「ああ、そうだな」
「唐揚げな、唐揚げ」
菜の花畑を後にする。
まだ、俺は存在していたいから。

────

『今日見た番組で菜の花畑の特集してたんだけど、菜の花の花言葉は「快活な愛」で、「いつも楽しく過ごせるのはあなたがそばにいてくれるから」って意味なんだって!だから今度、リインさんに菜の花をプレゼントしようと思ってるんだけど……大丈夫かな?』
「大丈夫だ、リインならわかってくれる。事前に予告しておいてやったからな」
5/10ページ
スキ