狛恋
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暴力の限りを尽くし、いよいよ死ぬかという時に恋雪さんが俺を止めて、一緒に居てくれると言ったのは幻だったと思う。
俺が見たのは俺の頭の中で都合よく出てきた幻だと思った。むしろ、そうであってほしかった。恋雪さんにあんなところ見せたくない。
誰かの大切な人をたくさんたくさん奪った後に、自分の大切な人には見せたくない、なんて都合が良すぎることもわかってる。けど、でも。
「夫婦というものは、いつかお互いの嫌なところを見る時が来るものです」
なんて、細腕で櫂を操って三途の川を渡ろうとしている恋雪さんをみた時は、息が止まりそうになった。
「恋雪さん」
「驚いたでしょう。地獄の鬼も、天国の蓮の池もない」
「てっきり、閻魔様に裁かれて」
「ふふ、そういうの、創作なんですって」
「……」
「びっくりしちゃいますよね。私も、最初はびっくりしたわ」
ぎいこ、ぎいこと船はすいすいと対岸に近づく。生前の恋雪さんからは想像もつかないくらい逞しく漕いでいる。
「あ、ほら。お父様よ」
「……え……?」
生前よりふっくらとした親父が船に向かって手を振っている。師範と、隣に女性も立っている。
「あちらの、赤い着物が私の母で、薄い緑色の着物の方は狛治さんのお母様ですよ」
「俺を産んだ時に、亡くなったっていう?」
「そう。とても会いたがっていたわ」
「俺は、あんなに悪事を働いたのに、皆と同じところに来ていいのでしょうか」
「だって、だれも裁く人がいないのです。そもそも善も悪も、死んでしまったらあり得た未来の代わりに、等しく消えてしまうようです」
「そんな、都合の良い」
「私は、正義の味方なんかじゃなくて、狛治さんの味方だから、都合が良くていいのです」
「でも」
「でもと言っても、いないものはいないのです」
「次の生き物に生まれ変わるものではないのでしょうか」
「待ちたい人が集まったら、大体同じ年代に生まれ変わることができるそうですよ」
「じゃあ皆、俺を待っていてくれた」
「そうですよ。皆狛治さんが身を切られるような苦しみを経て命を終えたことを知っています。だから今度は、平和な世に皆で生まれようと約束をしたいのです」
「……恋雪さんとの未来を、今度は何の障りなく」
「そう、私はそれが楽しみで」
「そんなことなら、早く死ねばよかった。誰のことも殺さず、死ねばよかった」
狛治の苦々しい独白に、恋雪は答えなかった。
生前の苦しみや、喜びが渦になって狛治を飲み込む。またあんな苦しみを味わうかもしれない世界にまた生まれるかと思うと、本当に生まれ変わるのが正しい選択だろうか、と狛治は考えた。
また恋雪さんを失ったら、今度こそ俺はどうしたらいいだろうかと。
「親父、元気そうだな」
「おかげさまでな。大変な苦労だったな、狛治」
「あの時、師範と恋雪さんを亡くした時に俺も死んでいれば、誰も殺さず、次に行けたのにと思うと、やりきれない」
狛治の父は、苦々しげに自嘲する狛治の手を、生前より肉感のある手で優しく包んだ。罪人を表す刺青が浮き上がる手を、やさしく。
「……私も、私の墓参りで家を空けたがために賊に襲われただなんて、知った時には私も死んでも死に切れないかったよ。後悔なく死んでいけるなんて、なかなかできないもんだ。気にするなとは言えないが、お前はその後悔も背負って、次に行くんだ」
話をしたこともない母は、黙って狛治を抱きしめた。
直視してしまえば、狂ってしまいそうになる後悔を重ねて、生きたい、と願える人に恵まれた。狛治は、涙するわけでもなく、喜びに打ち震えるでもなく、ただ隣にいる恋雪の手をとった。
次生まれるとしたら、恋雪さんとまた夫婦になって……後悔してもいい。それでもやり切ったと言える生にしたい。振り返った時、誇れる生にしたい……そんな決意と、後悔が混ざったまま、狛治は次の生へと歩みを進めた。
了
20260718 狛恋WEBオンリーにて
俺が見たのは俺の頭の中で都合よく出てきた幻だと思った。むしろ、そうであってほしかった。恋雪さんにあんなところ見せたくない。
誰かの大切な人をたくさんたくさん奪った後に、自分の大切な人には見せたくない、なんて都合が良すぎることもわかってる。けど、でも。
「夫婦というものは、いつかお互いの嫌なところを見る時が来るものです」
なんて、細腕で櫂を操って三途の川を渡ろうとしている恋雪さんをみた時は、息が止まりそうになった。
「恋雪さん」
「驚いたでしょう。地獄の鬼も、天国の蓮の池もない」
「てっきり、閻魔様に裁かれて」
「ふふ、そういうの、創作なんですって」
「……」
「びっくりしちゃいますよね。私も、最初はびっくりしたわ」
ぎいこ、ぎいこと船はすいすいと対岸に近づく。生前の恋雪さんからは想像もつかないくらい逞しく漕いでいる。
「あ、ほら。お父様よ」
「……え……?」
生前よりふっくらとした親父が船に向かって手を振っている。師範と、隣に女性も立っている。
「あちらの、赤い着物が私の母で、薄い緑色の着物の方は狛治さんのお母様ですよ」
「俺を産んだ時に、亡くなったっていう?」
「そう。とても会いたがっていたわ」
「俺は、あんなに悪事を働いたのに、皆と同じところに来ていいのでしょうか」
「だって、だれも裁く人がいないのです。そもそも善も悪も、死んでしまったらあり得た未来の代わりに、等しく消えてしまうようです」
「そんな、都合の良い」
「私は、正義の味方なんかじゃなくて、狛治さんの味方だから、都合が良くていいのです」
「でも」
「でもと言っても、いないものはいないのです」
「次の生き物に生まれ変わるものではないのでしょうか」
「待ちたい人が集まったら、大体同じ年代に生まれ変わることができるそうですよ」
「じゃあ皆、俺を待っていてくれた」
「そうですよ。皆狛治さんが身を切られるような苦しみを経て命を終えたことを知っています。だから今度は、平和な世に皆で生まれようと約束をしたいのです」
「……恋雪さんとの未来を、今度は何の障りなく」
「そう、私はそれが楽しみで」
「そんなことなら、早く死ねばよかった。誰のことも殺さず、死ねばよかった」
狛治の苦々しい独白に、恋雪は答えなかった。
生前の苦しみや、喜びが渦になって狛治を飲み込む。またあんな苦しみを味わうかもしれない世界にまた生まれるかと思うと、本当に生まれ変わるのが正しい選択だろうか、と狛治は考えた。
また恋雪さんを失ったら、今度こそ俺はどうしたらいいだろうかと。
「親父、元気そうだな」
「おかげさまでな。大変な苦労だったな、狛治」
「あの時、師範と恋雪さんを亡くした時に俺も死んでいれば、誰も殺さず、次に行けたのにと思うと、やりきれない」
狛治の父は、苦々しげに自嘲する狛治の手を、生前より肉感のある手で優しく包んだ。罪人を表す刺青が浮き上がる手を、やさしく。
「……私も、私の墓参りで家を空けたがために賊に襲われただなんて、知った時には私も死んでも死に切れないかったよ。後悔なく死んでいけるなんて、なかなかできないもんだ。気にするなとは言えないが、お前はその後悔も背負って、次に行くんだ」
話をしたこともない母は、黙って狛治を抱きしめた。
直視してしまえば、狂ってしまいそうになる後悔を重ねて、生きたい、と願える人に恵まれた。狛治は、涙するわけでもなく、喜びに打ち震えるでもなく、ただ隣にいる恋雪の手をとった。
次生まれるとしたら、恋雪さんとまた夫婦になって……後悔してもいい。それでもやり切ったと言える生にしたい。振り返った時、誇れる生にしたい……そんな決意と、後悔が混ざったまま、狛治は次の生へと歩みを進めた。
了
20260718 狛恋WEBオンリーにて
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