ヒーロー、正義の味方。フツウさあ、ヒーローっていったら正しいことをするって想像するよね。他人を助ける側の人間には清く正しく美しくいてほしいんだよね。まさか自分がつらいとき味方になってくれたヒーローが、妻や子供を虐待し、結果として子供がその復讐の過程で人を殺したり重い後遺症が残る怪我をさせたりしてしまったと聞いてみんなものすごく怒ってた。
　その怒りの炎が熱い空気を巻き上げて伝播していくのが、俺があそこで燃えてしまったときに似ていて笑いが止まらなかった。笑うと、皮膚が引き攣れて痛いのに、久しぶりに大きな声で笑った。お父さんが燃えていく。いままで小汚い虚栄心のために積み上げたすべてが何もなかったことになって、さらにマイナス作用までしている。ほんとうは焦凍のこともどうにかしたかったけど、お父さん以外に時間を割いている余裕あまりないので、割愛。
　本当にすっきりしたのはほんの数日で、ネットに擁護の書き込みがされるようになってからは、イライラが押しては返し、収まらなかった。だれでもいいから殺して、お父さんの評判を少しでも貶めたかった。
　けど、いまはもう他人をどうこうしてアピールするより、俺の、俺が一人で頑張った自主練の成果を見てほしい気持ちでいっぱいだ。お母さんの個性を受け継がなかったとしても、炎系個性で俺に勝てるやつ、間違いなく居ない。それを焦凍はお父さんがついていてある程度まで実ったけど、俺は自主練だからね。
　
　お父さん、びっくりして今からでも俺の跡をなんて言い出したりして。倫理観がおかしいから、言いかねない。
　
　「初めましてかな、エンデヴァー」
　あの時が一番わくわくしたかな。ほんとは声だけで俺だって気づいてほしかったけど、気づかなかったから失格。もし気づいたら、その場で抱き合ってハッピーエンド…なんて展開も望めたかもしれない。いや無理か。俺たちは、周りに大迷惑かけて、家族に大やけどを負わせるタイプの地獄で、踊りながら足が燃え落ちて消えていくしかできなかったんだよ。

　俺と違うほうの手がなくなってしまったお父さんが俺のそばで寝息を立てている。
　俺はもう、お父さんを殺すだけの力は残っていない。お父さんを支える人たちのことを押しのける力も残ってないし、みんな気を遣って二人っきりにしてくれている。本当は、俺が幼いときからこの状況になっていればよかったんだけど。後悔っていうのは、背景事情すっ飛ばしていることの方が多いからしても意味ないんだよね。お父さん、あったかい。いまはそれだけでいい。いいだろ？