最原ちゃんには秘密がある
「ダサイ原!テメェ童貞原じゃなくて処女原だったのかよ!?」
それが次の日、最原が登校して一言目にかけられた言葉だった。
もはや説明する必要もないだろう。入間美兎である。
教室に一歩入るや否や待ち構えていたかのような勢いで両肩をガッシリ掴みかかられてのあんまりな言葉に、元々対人コミュニケーションに乏しい最原は目を丸くしたまま二の句を継げない。
未だ鈍い頭でクラスを見回す。
入間を窘める者、呆れたように俯瞰している者、あわあわと狼狽えている者、興味深そうにこちらの反応を伺っているもの…全員全様ではあるがクラス中の視線がこちらに集中している。そんな中後ろの方の席に座っていた王馬だけがワケ知り顔な笑みでひらひらと最原に手を振っていた。
瞬間、顔が熱くなる。
「お、王馬くん!!!!」
あれだけ茶化されるのは嫌だって言ったのに!!
カッとしたまま王馬の元へ向かおうとした最原は、しかし好奇心に取り憑かれた入間によって動きを封じられてしまう。
「そうそう、王馬のヤツから昨日メッセージが来たんだよ。お前、女の恰好で街中練り歩いてたっていうじゃねーか。まさかテメェが女だったとはなぁ。どおりでこの入間美兎様の黄金のボディに食いつかないわけだぜ!」
ヒャーッハッハッハッとこちらを指差し高笑いをする入間。
ヘンな誤解を受けたまま終わるのも気分が悪いし、ここは下手に隠し立てせずに事実をありのままに伝えた方がいいだろう。
そう思って最原は口を開く…が。
「そうじゃなくてね。実は僕は…」
「えっ!? もしかしてナニか、欲求不満が過ぎてアブノーマルプレイに目覚めちゃったってコト…? ケケケ、女装趣味の露出野郎かよ!」
説明の1割も話し終えないうちに更に誤解を暴走させた入間によって話があらぬ方向に爆走していく。
そしてここは希望ヶ峰学園才能科。在籍する生徒の過半数は『普通』の枠に収まらない個性派ばかりが揃っているわけで。
「卑猥です!!最原さんは男死にしてはマシな方だと思っていたのに…転子の純情を返してください!」
「んあー…キショいのぅ」
「だ、駄目だよ、そんなこと言っちゃ」
「そうだぜ、別に男が女装しちゃいけねぇってルールはねぇんだ。それに最原にだって何か事情があったかもしれねぇだろうが!」
「あ、最原くんは探偵だし、もしかして地味に仕事で変装してたとかじゃないかな?」
「うんうん、きっとそうだよ!それに最原くんなら女の子の恰好もきっと似合うよっ」
「っていうか王馬から聞いた話なんでしょ。どうせいつもの嘘なんじゃないの」
などなど。あっという間にクラス中がハチの巣を叩いたような有様に変貌してしまうのだった。
あまりの勢いにぎょっと一歩引いてしまった最原に、東条がさりげなく近づいて肩に触れた。
「最原くん、これ以上は授業に支障が出るわ。申し訳ないのだけれど、朝のSHRを使ってあなたの体について皆に説明するべきだと思うの。良いかしら?」
「あ…うん。それは大丈夫。ごめんね、気を使わせちゃって」
「いいのよ。メイドですもの、クラスメイトのために動くのも私の役目だわ」
こうして東条の一喝により朝の騒動は沈静化し、その後の彼女の適切な説明により最原の公然の秘密であった性別の件はクラスメイト全員に共有されたのだった。
「なるほど、つまり最原くんは両性ってことなんだね!」
東条の説明を受け、一番に理解を示したのは意外にも獄原だった。
大自然の中で育ち昆虫学に精通している獄原にとっては雌雄を持たない生物の存在もまた身近である。ゆえにすんなりと理解することが出来たのだろう。
逆に気まずそうに口をもごもごさせているのは茶柱だ。男死・女子でクッキリと区別をつけている彼女にとっては理解はできても心情的に飲み込むのは難しい。
他にも気づかわし気に最原を見る者が何人か。特殊な性別というのはデリケートな問題だ。ゆえにどう接したらいいのかと迷っているのだ。
実を言うと性別に頓着していない最原が最低限にしか自身の特殊な性を伝えていない理由はここにあった。
言えば気を使われる。その視線の奥にある奇異なものを見る目が、あるいは憐憫の感情が透けて見える。
教師も生徒も変わらない。今までも散々体験してきたそれが、最原にとっては気持ち悪い。
この学校なら、このクラスでならと期待したこともあった。昨日の王馬の言葉に励まされた。勇気が出た。
でも変わらない。結局はここでだって…
「あー笑った笑った!」
パンと風船を軽く破裂させるような不謹慎な明るい声。世界が一変する。
「まっさかここまで愉快なことになるとはねー。いやぁ予想以上だったよ。真っ先に入間ちゃんを焚きつけたのはやっぱ正解だったね!」
ケロリとそんなことを言ってのける彼に、真っ先にキーボが噛みつく。
「王馬クン!まさかキミ、最原クンを笑い者にするためにこんなことを仕組んだんですか!?」
「そんな…ヒ、ヒドいよキー坊…。オレはただ…最原ちゃんがもっとノビノビとこのクラスで過ごせるようにと、お、思っただけなのに…っ」
「それにしては随分楽しそうだったけどネ」
「それに本当に最原のことを思うんなら、入間を焚きつけるのは違うんじゃないの」
「でも効果てきめんだったでしょ?」
全方位からの非難もものともせず、コテンと小首をかしげて王馬は笑う。
「他の奴らだったらどーせリークしたところで腫れ物でも扱うように接するだけ。それじゃ今までと何も変わんないじゃん。それにせっかく最原ちゃんの秘密を知ったんだからさぁ、これはもう盛大に盛り上げるしかないでしょ!」
「けどよ、肝心の最原の気持ちはどうなるんだ。知られたくねぇから黙ってたんじゃねえのか。それをこんな風に暴くのはクールじゃねぇな」
「えー?それって星ちゃんの決めつけでしょ。それとも最原ちゃんがそう言ってたの?」
「それは…」
「ね、最原ちゃんはどうだった?こーんな風に自分の体のことをクラスで暴かれて、イヤだった?傷ついちゃった?」
ワクワクとした感情を抑えきれないような様子で問い詰める王馬に、最原は思わず苦笑してしまう。さっきまで自分も彼にあんなに苛立っていたのに、その感情はすでに霧散して跡形もない。
だって、言葉に反してあまりに彼の声が優しかったから。
「そうだな…正直、腹は立ったよ。昨日あれだけ茶化すなって言ったのにってさ。普通じゃないって分かってても、やっぱり体のことでからかわれたり気持ち悪がられるのは傷つくよ。もちろん変態呼ばわりもね。でも」
それから、最原はふんわりと笑った。
「こうして皆に僕のことを知ってもらえるきっかけを作ってくれたことには感謝してる。本当は…もっと皆と色んなことを話したかったんだ」
思わずクラス中の視線が彼の笑顔に釘付けになる。
おそらく最原は気づいていないだろう。これが彼が初めてこのクラスで見せた、心からの笑みだということに。
「それにさー、そもそもロボットのキー坊がいる時点で男とか女とか今更すぎない? 性別ないじゃん」
「なっ…またロボット差別ですか!いつかしかるべき機関に訴えますからね!」
そこから流れるように始まるいつも通りの賑やかな漫才。その途中で鳴り響く1限目を告げるチャイム。教室の入ってくる教師と、いつまでも騒がしい生徒たちに注意をする声。
気が付けばあの気づかわし気な空気はどこかへ行ってしまっていた。
最原も普段通りに自分の席につき、教科書とノートを机の上に広げる。真面目に授業に集中するふりをして、教科書で顔を隠してそっと後ろの席の王馬を盗み見る。
彼はすでに最原のことなど意識の外に追いやっているようだった。目の前の席の百田あたりにちょっかいをかけてからかい、それに飽きたら一応教科書をついたて代わりに小型パソコンを取り出してニマニマと内職に勤しんでいる横顔。
(ありがとう、王馬くん)
その楽しそうな横顔に内心だけで感謝を示し、最原は再び黒板に視線を戻すのだった。
それが次の日、最原が登校して一言目にかけられた言葉だった。
もはや説明する必要もないだろう。入間美兎である。
教室に一歩入るや否や待ち構えていたかのような勢いで両肩をガッシリ掴みかかられてのあんまりな言葉に、元々対人コミュニケーションに乏しい最原は目を丸くしたまま二の句を継げない。
未だ鈍い頭でクラスを見回す。
入間を窘める者、呆れたように俯瞰している者、あわあわと狼狽えている者、興味深そうにこちらの反応を伺っているもの…全員全様ではあるがクラス中の視線がこちらに集中している。そんな中後ろの方の席に座っていた王馬だけがワケ知り顔な笑みでひらひらと最原に手を振っていた。
瞬間、顔が熱くなる。
「お、王馬くん!!!!」
あれだけ茶化されるのは嫌だって言ったのに!!
カッとしたまま王馬の元へ向かおうとした最原は、しかし好奇心に取り憑かれた入間によって動きを封じられてしまう。
「そうそう、王馬のヤツから昨日メッセージが来たんだよ。お前、女の恰好で街中練り歩いてたっていうじゃねーか。まさかテメェが女だったとはなぁ。どおりでこの入間美兎様の黄金のボディに食いつかないわけだぜ!」
ヒャーッハッハッハッとこちらを指差し高笑いをする入間。
ヘンな誤解を受けたまま終わるのも気分が悪いし、ここは下手に隠し立てせずに事実をありのままに伝えた方がいいだろう。
そう思って最原は口を開く…が。
「そうじゃなくてね。実は僕は…」
「えっ!? もしかしてナニか、欲求不満が過ぎてアブノーマルプレイに目覚めちゃったってコト…? ケケケ、女装趣味の露出野郎かよ!」
説明の1割も話し終えないうちに更に誤解を暴走させた入間によって話があらぬ方向に爆走していく。
そしてここは希望ヶ峰学園才能科。在籍する生徒の過半数は『普通』の枠に収まらない個性派ばかりが揃っているわけで。
「卑猥です!!最原さんは男死にしてはマシな方だと思っていたのに…転子の純情を返してください!」
「んあー…キショいのぅ」
「だ、駄目だよ、そんなこと言っちゃ」
「そうだぜ、別に男が女装しちゃいけねぇってルールはねぇんだ。それに最原にだって何か事情があったかもしれねぇだろうが!」
「あ、最原くんは探偵だし、もしかして地味に仕事で変装してたとかじゃないかな?」
「うんうん、きっとそうだよ!それに最原くんなら女の子の恰好もきっと似合うよっ」
「っていうか王馬から聞いた話なんでしょ。どうせいつもの嘘なんじゃないの」
などなど。あっという間にクラス中がハチの巣を叩いたような有様に変貌してしまうのだった。
あまりの勢いにぎょっと一歩引いてしまった最原に、東条がさりげなく近づいて肩に触れた。
「最原くん、これ以上は授業に支障が出るわ。申し訳ないのだけれど、朝のSHRを使ってあなたの体について皆に説明するべきだと思うの。良いかしら?」
「あ…うん。それは大丈夫。ごめんね、気を使わせちゃって」
「いいのよ。メイドですもの、クラスメイトのために動くのも私の役目だわ」
こうして東条の一喝により朝の騒動は沈静化し、その後の彼女の適切な説明により最原の公然の秘密であった性別の件はクラスメイト全員に共有されたのだった。
「なるほど、つまり最原くんは両性ってことなんだね!」
東条の説明を受け、一番に理解を示したのは意外にも獄原だった。
大自然の中で育ち昆虫学に精通している獄原にとっては雌雄を持たない生物の存在もまた身近である。ゆえにすんなりと理解することが出来たのだろう。
逆に気まずそうに口をもごもごさせているのは茶柱だ。男死・女子でクッキリと区別をつけている彼女にとっては理解はできても心情的に飲み込むのは難しい。
他にも気づかわし気に最原を見る者が何人か。特殊な性別というのはデリケートな問題だ。ゆえにどう接したらいいのかと迷っているのだ。
実を言うと性別に頓着していない最原が最低限にしか自身の特殊な性を伝えていない理由はここにあった。
言えば気を使われる。その視線の奥にある奇異なものを見る目が、あるいは憐憫の感情が透けて見える。
教師も生徒も変わらない。今までも散々体験してきたそれが、最原にとっては気持ち悪い。
この学校なら、このクラスでならと期待したこともあった。昨日の王馬の言葉に励まされた。勇気が出た。
でも変わらない。結局はここでだって…
「あー笑った笑った!」
パンと風船を軽く破裂させるような不謹慎な明るい声。世界が一変する。
「まっさかここまで愉快なことになるとはねー。いやぁ予想以上だったよ。真っ先に入間ちゃんを焚きつけたのはやっぱ正解だったね!」
ケロリとそんなことを言ってのける彼に、真っ先にキーボが噛みつく。
「王馬クン!まさかキミ、最原クンを笑い者にするためにこんなことを仕組んだんですか!?」
「そんな…ヒ、ヒドいよキー坊…。オレはただ…最原ちゃんがもっとノビノビとこのクラスで過ごせるようにと、お、思っただけなのに…っ」
「それにしては随分楽しそうだったけどネ」
「それに本当に最原のことを思うんなら、入間を焚きつけるのは違うんじゃないの」
「でも効果てきめんだったでしょ?」
全方位からの非難もものともせず、コテンと小首をかしげて王馬は笑う。
「他の奴らだったらどーせリークしたところで腫れ物でも扱うように接するだけ。それじゃ今までと何も変わんないじゃん。それにせっかく最原ちゃんの秘密を知ったんだからさぁ、これはもう盛大に盛り上げるしかないでしょ!」
「けどよ、肝心の最原の気持ちはどうなるんだ。知られたくねぇから黙ってたんじゃねえのか。それをこんな風に暴くのはクールじゃねぇな」
「えー?それって星ちゃんの決めつけでしょ。それとも最原ちゃんがそう言ってたの?」
「それは…」
「ね、最原ちゃんはどうだった?こーんな風に自分の体のことをクラスで暴かれて、イヤだった?傷ついちゃった?」
ワクワクとした感情を抑えきれないような様子で問い詰める王馬に、最原は思わず苦笑してしまう。さっきまで自分も彼にあんなに苛立っていたのに、その感情はすでに霧散して跡形もない。
だって、言葉に反してあまりに彼の声が優しかったから。
「そうだな…正直、腹は立ったよ。昨日あれだけ茶化すなって言ったのにってさ。普通じゃないって分かってても、やっぱり体のことでからかわれたり気持ち悪がられるのは傷つくよ。もちろん変態呼ばわりもね。でも」
それから、最原はふんわりと笑った。
「こうして皆に僕のことを知ってもらえるきっかけを作ってくれたことには感謝してる。本当は…もっと皆と色んなことを話したかったんだ」
思わずクラス中の視線が彼の笑顔に釘付けになる。
おそらく最原は気づいていないだろう。これが彼が初めてこのクラスで見せた、心からの笑みだということに。
「それにさー、そもそもロボットのキー坊がいる時点で男とか女とか今更すぎない? 性別ないじゃん」
「なっ…またロボット差別ですか!いつかしかるべき機関に訴えますからね!」
そこから流れるように始まるいつも通りの賑やかな漫才。その途中で鳴り響く1限目を告げるチャイム。教室の入ってくる教師と、いつまでも騒がしい生徒たちに注意をする声。
気が付けばあの気づかわし気な空気はどこかへ行ってしまっていた。
最原も普段通りに自分の席につき、教科書とノートを机の上に広げる。真面目に授業に集中するふりをして、教科書で顔を隠してそっと後ろの席の王馬を盗み見る。
彼はすでに最原のことなど意識の外に追いやっているようだった。目の前の席の百田あたりにちょっかいをかけてからかい、それに飽きたら一応教科書をついたて代わりに小型パソコンを取り出してニマニマと内職に勤しんでいる横顔。
(ありがとう、王馬くん)
その楽しそうな横顔に内心だけで感謝を示し、最原は再び黒板に視線を戻すのだった。