最原ちゃんには秘密がある
いつもつまんなそうな顔してる奴。
王馬小吉から見たクラスメイト・最原終一への印象はそんなものだった。
希望ヶ峰学園才能科。
特定の分野において「才能がある」と認められた生徒が所属する学科である。
要するに一芸入学。希望ヶ峰学園自体に『ここを卒業すればその後の人生において成功を約束されている』とかいう眉唾物の噂が蔓延している上、学園側からのスカウト制という特殊すぎる入学条件のせいで世間様からは「選ばれし天才しか所属できない超エリート学科」などと言われているが、中身を見れば何てことはない。
真に「天才」と呼ばれる類の人間は1クラス16人中ごくごくわずか。
あとは大体その道のオタクか、もしくは高校卒業後すぐにでもその技能で食っていかなければやっていられないくらいに切羽詰まった者かのどちらかだ。
ちなみに王馬はごく一握りの天才…ではなく、その道のオタクに分類される人間である。
このクラスで天才と呼んで遜色ないのは東条くらいではないだろうか。
だがこのクラスは王馬にとって非常に”つまらなくない”居場所だった。
何と言っても変人奇人のオンパレード。そこに王馬の悪戯が加われば、毎日が大騒動といった具合である。
クラスメイトから怒鳴られ叱られ呆れられ。それでも何だかんだ言いながらわいのわいのと付き合ってくれる連中がいる。
そんな賑やかな空間で唯一つまらなそうな顔で我関せずを貫いているのが、そう。『超高校級の探偵』最原終一なのだった。
「おはよう」
最原はどうやら朝が弱いらしく、いつも始業ギリギリに登校してくる。
制服に合わせるのはちょっとどうなの?って感じのダッサい帽子は教室内でも頑なに被り続けていたが、さすがにマナー的によろしくないと指導が入ったのだろう。入学して1週間後、ようやく教室内では外すようになった。まぁ、未だに通学のお供としては変わらず愛用しているようだが。
そんな彼の一日はストイックに始まりストイックに終わる。
授業が始まれば黒板と教科書を交互に睨むようにしながらひたすらカリカリとノートにペンを走らせ、休み時間は大抵持ち込んだ文庫本を読みふけっている。
たまに『皆と仲良しになりたいです!』といった感じの赤松や百田、それから隣の席の天海なんかが話しかけているようだが、当たり障りのない言葉を一言二言返して終了。
しかも、だ。コイツは放課後になるや、すぐに荷物をまとめてさっさと下校してしまうのだ。
何だアレは。高校生なんてものは、もうちょっと浮かれててしかるべきじゃないのか。
全くコミュニケーションって奴がなっちゃいない。ロボットのキーボの方がまだ人間味があるってもんだ。あれじゃあ将来苦労するだろうねー。
探偵ならこの悪の総統様の存在にもっと興味持てないものかね…と、王馬は今日も今日とてロクに誰とも絡まず下校していく最原の背中を見送ったのだった。
そんな至極つまらないクラスメイトと偶然鉢合わせたのは、とある日曜のこと。
自身が総統を務める悪の秘密結社『DICE』の歳下女子どもに街中を連れ回されていた時だった。
「あれ、最原ちゃん?」
不意に前方から歩いてすれ違おうとしていた見慣れた顔に、王馬は思わず声をかけてしまっていた。
悪の秘密結社の総統のプライベートはお安くない。だからオフだと決めている時は偶然クラスメイトを見かけても声なんてかけないのに。
だって目の前の最原は、学校で見る彼とは180度違う雰囲気を醸し出していたのだ。
あのダッサイ帽子は被っておらず、長ったらしいサイドヘアを片側だけ耳にかけている。露わになっている白い片耳にはブルートパーズの小粒のピアスが。
恰好だっていつもとは違う。ふんわりとゆとりを持たせて裾をインした黒のフレアシャツに薄手の薄いグレーのロングカーディガン。そして足首まで丈のあるAラインのロングチュールスカート。暗い紫の布地にラメが施されているのか、ところどころキラキラと輝いている様が夜空を思わせる。
いやいやそれだけではない。いつもの真面目くさった顔には軽く化粧が施されており、そのせいか表情も柔らかく見える。口元にはモーブピンクのグロス。さりげなくグレー系のアイラインも引いてアイシャドウでボカしている。普段は瞳に影を落としているながいまつ毛もくるりと上向いている。さてはマスカラもつけているな?
身長も体型も髪型も顔立ち自体もいつも見る最原と全く一緒なのに、与える印象がまるで違う。
似合わないわけではない。むしろ大変似合っている。
今の彼こそが『本当』なのだと思えるくらいには。
最原終一という男はいわゆる美形と呼ばれる人種だ。
スラリとした体躯に白い肌。艶やかな黒髪に、怜悧な印象を与える切れ長の双眸。長い睫毛が作る影のせいでくすんで見えるその瞳は黄色みの強いグレーという不思議な色合いで。普段は真面目くさった顔で陰気に俯いているせいで宝の持ち腐れもいいところなのだが、ちょっと衣服をキレイに整えて背筋を伸ばせば誰もが目を惹く美貌の人になるだろうことは容易に想像できた。
そう、今の最原のように。
王馬はぎょっと目を丸くしてこちらを見つけている彼を上から下までじろじろと眺め、
「最原ちゃんって女の子だったの?」
気づけば、そんなことを口走っていた。
その後、王馬は好奇心の赴くままに最原を近場のカフェに強制連行した。
最原の前にショートケーキとホットコーヒー。王馬の前にはキャラメルラテ、そして部下の女子二人には季節のパフェが揃って並んだ後、有無を言わさず尋問を開始する。
ちなみにすべて王馬の奢りである。悪の総統様は意外と気前がいいのだ。
「で?」
キャラメルラテを一口含んだ後、王馬はキラキラと目を輝かせながら身を乗り出す。
「最原ちゃんってマジで女の子だったの?」
しかし最原は青い顔で口を噤んだままだ。
ふぅむ?これは単純な性別詐称以上の何かがあるな?
面白そうな匂いを敏感に嗅ぎ取り、王馬はケラケラとおどけた口調で更に追求していった。
「あ、それとも潜入捜査用の変装かな?こんな休みの日まで仕事だなんて、探偵さんは大変だねー。24時間365日毎日が日曜日のオレにはとてもマネできないよ。んー、でも潜入捜査用の変装にしてはちょっとラフすぎるような?ってことはまさか…趣味!?うわぁ、あの生真面目が服を着て歩いてるような最原ちゃんが女装趣味の変態野郎だったなんてね。ビックリだよ!これはすっごい秘密を知っちゃったなー。こんな面白い秘密、一人で抱えてるのはもったいないなー。明日皆に言いふらしちゃおっかなー?」
ペラペラと茶化しながら最原の顔色をじっと伺う。
観察眼には自信がある。もし嘘で誤魔化そうとしても大体は分かるし、真実を明かすようならそれはそれでつまらなくない。
「やめて」
王馬の言葉にキッパリとNOを突き付け、最原はため息を吐いた。
「言っておくけど。女装趣味の変態呼ばわりは心外だよ」
キリリと強い光を宿した目で射抜かれる。
おっと、もしかしてこれは複雑な事情持ちか。
王馬はふざけた態度を引っ込め、真顔で最原の反応を待った。
ここで引かないあたりが王馬が王馬である所以である。
「っていうと?」
「王馬くんはインターセックスって知ってる?」
「あ~なるほどね。うんうん、知ってるよー」
インターセックス。性分化異常症。胎児期に男女への細胞分化が上手くいかず両方の特徴を持って生まれてきた、男でも女でもない性別を持つ者のことだ。
「つまり最原ちゃんはソレってわけだ」
確認するように聞くと、最原は小さく頷いた。
「僕は戸籍上男性で、だから日常の大部分を男として過ごしている。変声期こそ来なかったものの骨格自体は男性的だから、今まで不自然に思われたこともなかった。でも、だからといって女性としての僕が嘘や酔狂だとは思わない。どっちも本当の僕なんだよ。別に…理解してくれとまでは言わないけどさ」
最原はそう言ってコーヒーカップに口をつけた。
カップに細かなラメの入ったモーヴピンクが付着する。それを指で拭い、最原はカップをソーサーに戻して言った。
「女装趣味だとか、本当は女の子だとか…そんな風に茶化すのだけはやめてくれないかな」
さっきまで睨みつけるようにこちらを射抜いていた視線が下に落ちる。不思議な色合いの瞳が憂いに揺れている。
泣いちゃうかな。
そう思った。
だがその瞳から涙が零れることはなかった。つまんないの。
「ふーーーーん」
行儀悪く肩ひじをついて最原の顔をじっと眺めていると、途端に気恥ずかしくなったのか、頬を紅潮させて気まずげな視線でもって弱々しくこちらを刺してくる。
「な、何だよ…」
「別にー?ただ」
他人とは『違う』部分をからかわれるのを怖がっている節こそあるが、そこに特殊な性別や性自認に悩み苦しんでいる様子はない。
むしろ無意識のうちに隠し通そうとしていた自身の特殊性が暴かれたからか、普段よりも表情豊かだ。普段の能面を貼り付けたような顔よりも全然イイ。
「学校でももっとそういう顔してればいいのにって思ってさ」
「え?」
王馬がケロッと軽く言うと、最原は目を丸くした。お、間抜けな声。
「だって最原ちゃんって、毎日毎日いかにも『僕の人生つまらないです』って顔してるじゃん」
「ぼ、僕そんな顔してた?」
「してたしてた。誰にも何にも興味ありませんってATフィールド全開にしててさ。ぶっちゃけキミだけだよ?あのクラスで未だにボッチなの」
「うっ…」
自覚はあるのだろう。最原の顔がずぅん、と深く曇る。
「だって…どう接していいか分からないんだ」
その口から訥々と語られたのは、あまりにもしょうもない話。
「僕、喋るのあんまり得意じゃなくて。性格も明るいわけじゃないし、面白いことが言えるわけでもない。赤松さんたちが気を使って話しかけてくれるのは分かってるんだけど、だからこそ僕なんかに時間を割かせてしまってるのが申し訳なくって。緊張しちゃってどう返したらいいのか分からないんだ。別に皆に興味がないわけじゃないんだよ。出来れば仲良くなりたい…だからこれでも一生懸命話そうとしてるんだ。でも、どうしても盛り下がっちゃってすぐに会話が終わっちゃうんだよ」
思わず吹き出してしまった。
何だそれは。くだらないにもほどがある。
「バッカじゃねーの」
「ばっ…バカって何だよ!君は人の迷惑なんかお構いなしに好き勝手するようなタイプだから分からないだろうけど、僕はこれでも結構悩んでるんだぞ」
「いやだってさ。今オレとはふつーに話してるじゃん。学校でもそうやって笑ったり怒ったりすればいーじゃん」
「え」
普段より光の入った瞳が虚をつかれたように大きく見開かれる。
「最原ちゃんはさ、まぁ性別のこともあるし? 本音で話して失望されたり嫌われたらとかどうしようとか色々無駄なこと考えてんのかもしんねーけど。ウチのクラス見て見なよ。口を開いたら下ネタばっかのビチ子ちゃんとか虫と怪力以外はてんでダメなバカのゴン太とかロボのくせに人並みのことすらおぼつかねーキー坊とか見るからに怪しくてヤベー奴感バリバリの真宮寺ちゃんとか男と見たらところ構わず噛みついて投げ飛ばす茶柱ちゃんとか話通じねーカルトかぶれの夜長ちゃんとか。あとオレとか!!」
脳裏にクラスの連中を思い浮かべて指下り数える。いやマジでロクな奴いねぇな、ウチのクラス。
「こんな魑魅魍魎が跳梁跋扈みたいな個性の闇鍋クラスにいるんだよ?最原ちゃんごときがちょっとやそっとヘンなこと言ったところでスルーされて終わり。誰もなーんにも思ったりしないって!」
「そ、そうかな」
「そーそ。試しに明日、教室入ってからニッコリ笑ってみなよ。みーんなビックリして最原ちゃんの周りに集まると思うよ?そんで最原ちゃんの方からも色々話しかけてみたらいいよ」
「それが一番難しいんだけど」
「話す内容なんて何でもいいじゃん。好きなことでも好きなものでも。昨日見たテレビの内容でも、それこそ今日オレとバッタリ会ったことでもさ!」
「そっか…そっかな。うん、そうかも」
ケラケラと何でもないことのように話す王馬に、最原の表情が徐々にほぐれていく。
「明日から…もう少し頑張ってみるよ」
そしてへにょっとした笑み。あーらら、可愛い。
「その、ありがとう。王馬くんのこと、ずっと良く分からない困った人だって思ってたけど、意外と面倒見がいいんだね」
王馬がチラリと部下の歳下女子二人に目を向ける。
敏感に視線を汲み取った二人は夢中になっていたパフェから顔を上げ、にっこり笑って言った。
「「そりゃあもちろん。だって我らが自慢の総統様だもん!」」
うんうん、よくできました。
さすが自慢の部下だ、王馬の下心をキッチリ読み取って適切に行動してくれる。
「さーてと」
その後、最原と別れ、部下とともに帰路についた王馬はニンマリと笑みに顔を歪めた。
さてさて。あの可愛い最原を見たクラスメイトたちはどんな反応を示すだろうか。
「明日からが楽しみだなー!」
しかしまずは、今日知った一大事実をクラスメイトに共有してやらなければなるまい。
そうしたらきっともっと愉快なことになるだろうから!
そうと決まれば即・行動。王馬はスマホを取り出し、ちょっと突くだけで勝手に話を膨らまし、きっと大騒動を引き起こしてくれるだろう人物にメッセージを送ったのだった。
王馬小吉から見たクラスメイト・最原終一への印象はそんなものだった。
希望ヶ峰学園才能科。
特定の分野において「才能がある」と認められた生徒が所属する学科である。
要するに一芸入学。希望ヶ峰学園自体に『ここを卒業すればその後の人生において成功を約束されている』とかいう眉唾物の噂が蔓延している上、学園側からのスカウト制という特殊すぎる入学条件のせいで世間様からは「選ばれし天才しか所属できない超エリート学科」などと言われているが、中身を見れば何てことはない。
真に「天才」と呼ばれる類の人間は1クラス16人中ごくごくわずか。
あとは大体その道のオタクか、もしくは高校卒業後すぐにでもその技能で食っていかなければやっていられないくらいに切羽詰まった者かのどちらかだ。
ちなみに王馬はごく一握りの天才…ではなく、その道のオタクに分類される人間である。
このクラスで天才と呼んで遜色ないのは東条くらいではないだろうか。
だがこのクラスは王馬にとって非常に”つまらなくない”居場所だった。
何と言っても変人奇人のオンパレード。そこに王馬の悪戯が加われば、毎日が大騒動といった具合である。
クラスメイトから怒鳴られ叱られ呆れられ。それでも何だかんだ言いながらわいのわいのと付き合ってくれる連中がいる。
そんな賑やかな空間で唯一つまらなそうな顔で我関せずを貫いているのが、そう。『超高校級の探偵』最原終一なのだった。
「おはよう」
最原はどうやら朝が弱いらしく、いつも始業ギリギリに登校してくる。
制服に合わせるのはちょっとどうなの?って感じのダッサい帽子は教室内でも頑なに被り続けていたが、さすがにマナー的によろしくないと指導が入ったのだろう。入学して1週間後、ようやく教室内では外すようになった。まぁ、未だに通学のお供としては変わらず愛用しているようだが。
そんな彼の一日はストイックに始まりストイックに終わる。
授業が始まれば黒板と教科書を交互に睨むようにしながらひたすらカリカリとノートにペンを走らせ、休み時間は大抵持ち込んだ文庫本を読みふけっている。
たまに『皆と仲良しになりたいです!』といった感じの赤松や百田、それから隣の席の天海なんかが話しかけているようだが、当たり障りのない言葉を一言二言返して終了。
しかも、だ。コイツは放課後になるや、すぐに荷物をまとめてさっさと下校してしまうのだ。
何だアレは。高校生なんてものは、もうちょっと浮かれててしかるべきじゃないのか。
全くコミュニケーションって奴がなっちゃいない。ロボットのキーボの方がまだ人間味があるってもんだ。あれじゃあ将来苦労するだろうねー。
探偵ならこの悪の総統様の存在にもっと興味持てないものかね…と、王馬は今日も今日とてロクに誰とも絡まず下校していく最原の背中を見送ったのだった。
そんな至極つまらないクラスメイトと偶然鉢合わせたのは、とある日曜のこと。
自身が総統を務める悪の秘密結社『DICE』の歳下女子どもに街中を連れ回されていた時だった。
「あれ、最原ちゃん?」
不意に前方から歩いてすれ違おうとしていた見慣れた顔に、王馬は思わず声をかけてしまっていた。
悪の秘密結社の総統のプライベートはお安くない。だからオフだと決めている時は偶然クラスメイトを見かけても声なんてかけないのに。
だって目の前の最原は、学校で見る彼とは180度違う雰囲気を醸し出していたのだ。
あのダッサイ帽子は被っておらず、長ったらしいサイドヘアを片側だけ耳にかけている。露わになっている白い片耳にはブルートパーズの小粒のピアスが。
恰好だっていつもとは違う。ふんわりとゆとりを持たせて裾をインした黒のフレアシャツに薄手の薄いグレーのロングカーディガン。そして足首まで丈のあるAラインのロングチュールスカート。暗い紫の布地にラメが施されているのか、ところどころキラキラと輝いている様が夜空を思わせる。
いやいやそれだけではない。いつもの真面目くさった顔には軽く化粧が施されており、そのせいか表情も柔らかく見える。口元にはモーブピンクのグロス。さりげなくグレー系のアイラインも引いてアイシャドウでボカしている。普段は瞳に影を落としているながいまつ毛もくるりと上向いている。さてはマスカラもつけているな?
身長も体型も髪型も顔立ち自体もいつも見る最原と全く一緒なのに、与える印象がまるで違う。
似合わないわけではない。むしろ大変似合っている。
今の彼こそが『本当』なのだと思えるくらいには。
最原終一という男はいわゆる美形と呼ばれる人種だ。
スラリとした体躯に白い肌。艶やかな黒髪に、怜悧な印象を与える切れ長の双眸。長い睫毛が作る影のせいでくすんで見えるその瞳は黄色みの強いグレーという不思議な色合いで。普段は真面目くさった顔で陰気に俯いているせいで宝の持ち腐れもいいところなのだが、ちょっと衣服をキレイに整えて背筋を伸ばせば誰もが目を惹く美貌の人になるだろうことは容易に想像できた。
そう、今の最原のように。
王馬はぎょっと目を丸くしてこちらを見つけている彼を上から下までじろじろと眺め、
「最原ちゃんって女の子だったの?」
気づけば、そんなことを口走っていた。
その後、王馬は好奇心の赴くままに最原を近場のカフェに強制連行した。
最原の前にショートケーキとホットコーヒー。王馬の前にはキャラメルラテ、そして部下の女子二人には季節のパフェが揃って並んだ後、有無を言わさず尋問を開始する。
ちなみにすべて王馬の奢りである。悪の総統様は意外と気前がいいのだ。
「で?」
キャラメルラテを一口含んだ後、王馬はキラキラと目を輝かせながら身を乗り出す。
「最原ちゃんってマジで女の子だったの?」
しかし最原は青い顔で口を噤んだままだ。
ふぅむ?これは単純な性別詐称以上の何かがあるな?
面白そうな匂いを敏感に嗅ぎ取り、王馬はケラケラとおどけた口調で更に追求していった。
「あ、それとも潜入捜査用の変装かな?こんな休みの日まで仕事だなんて、探偵さんは大変だねー。24時間365日毎日が日曜日のオレにはとてもマネできないよ。んー、でも潜入捜査用の変装にしてはちょっとラフすぎるような?ってことはまさか…趣味!?うわぁ、あの生真面目が服を着て歩いてるような最原ちゃんが女装趣味の変態野郎だったなんてね。ビックリだよ!これはすっごい秘密を知っちゃったなー。こんな面白い秘密、一人で抱えてるのはもったいないなー。明日皆に言いふらしちゃおっかなー?」
ペラペラと茶化しながら最原の顔色をじっと伺う。
観察眼には自信がある。もし嘘で誤魔化そうとしても大体は分かるし、真実を明かすようならそれはそれでつまらなくない。
「やめて」
王馬の言葉にキッパリとNOを突き付け、最原はため息を吐いた。
「言っておくけど。女装趣味の変態呼ばわりは心外だよ」
キリリと強い光を宿した目で射抜かれる。
おっと、もしかしてこれは複雑な事情持ちか。
王馬はふざけた態度を引っ込め、真顔で最原の反応を待った。
ここで引かないあたりが王馬が王馬である所以である。
「っていうと?」
「王馬くんはインターセックスって知ってる?」
「あ~なるほどね。うんうん、知ってるよー」
インターセックス。性分化異常症。胎児期に男女への細胞分化が上手くいかず両方の特徴を持って生まれてきた、男でも女でもない性別を持つ者のことだ。
「つまり最原ちゃんはソレってわけだ」
確認するように聞くと、最原は小さく頷いた。
「僕は戸籍上男性で、だから日常の大部分を男として過ごしている。変声期こそ来なかったものの骨格自体は男性的だから、今まで不自然に思われたこともなかった。でも、だからといって女性としての僕が嘘や酔狂だとは思わない。どっちも本当の僕なんだよ。別に…理解してくれとまでは言わないけどさ」
最原はそう言ってコーヒーカップに口をつけた。
カップに細かなラメの入ったモーヴピンクが付着する。それを指で拭い、最原はカップをソーサーに戻して言った。
「女装趣味だとか、本当は女の子だとか…そんな風に茶化すのだけはやめてくれないかな」
さっきまで睨みつけるようにこちらを射抜いていた視線が下に落ちる。不思議な色合いの瞳が憂いに揺れている。
泣いちゃうかな。
そう思った。
だがその瞳から涙が零れることはなかった。つまんないの。
「ふーーーーん」
行儀悪く肩ひじをついて最原の顔をじっと眺めていると、途端に気恥ずかしくなったのか、頬を紅潮させて気まずげな視線でもって弱々しくこちらを刺してくる。
「な、何だよ…」
「別にー?ただ」
他人とは『違う』部分をからかわれるのを怖がっている節こそあるが、そこに特殊な性別や性自認に悩み苦しんでいる様子はない。
むしろ無意識のうちに隠し通そうとしていた自身の特殊性が暴かれたからか、普段よりも表情豊かだ。普段の能面を貼り付けたような顔よりも全然イイ。
「学校でももっとそういう顔してればいいのにって思ってさ」
「え?」
王馬がケロッと軽く言うと、最原は目を丸くした。お、間抜けな声。
「だって最原ちゃんって、毎日毎日いかにも『僕の人生つまらないです』って顔してるじゃん」
「ぼ、僕そんな顔してた?」
「してたしてた。誰にも何にも興味ありませんってATフィールド全開にしててさ。ぶっちゃけキミだけだよ?あのクラスで未だにボッチなの」
「うっ…」
自覚はあるのだろう。最原の顔がずぅん、と深く曇る。
「だって…どう接していいか分からないんだ」
その口から訥々と語られたのは、あまりにもしょうもない話。
「僕、喋るのあんまり得意じゃなくて。性格も明るいわけじゃないし、面白いことが言えるわけでもない。赤松さんたちが気を使って話しかけてくれるのは分かってるんだけど、だからこそ僕なんかに時間を割かせてしまってるのが申し訳なくって。緊張しちゃってどう返したらいいのか分からないんだ。別に皆に興味がないわけじゃないんだよ。出来れば仲良くなりたい…だからこれでも一生懸命話そうとしてるんだ。でも、どうしても盛り下がっちゃってすぐに会話が終わっちゃうんだよ」
思わず吹き出してしまった。
何だそれは。くだらないにもほどがある。
「バッカじゃねーの」
「ばっ…バカって何だよ!君は人の迷惑なんかお構いなしに好き勝手するようなタイプだから分からないだろうけど、僕はこれでも結構悩んでるんだぞ」
「いやだってさ。今オレとはふつーに話してるじゃん。学校でもそうやって笑ったり怒ったりすればいーじゃん」
「え」
普段より光の入った瞳が虚をつかれたように大きく見開かれる。
「最原ちゃんはさ、まぁ性別のこともあるし? 本音で話して失望されたり嫌われたらとかどうしようとか色々無駄なこと考えてんのかもしんねーけど。ウチのクラス見て見なよ。口を開いたら下ネタばっかのビチ子ちゃんとか虫と怪力以外はてんでダメなバカのゴン太とかロボのくせに人並みのことすらおぼつかねーキー坊とか見るからに怪しくてヤベー奴感バリバリの真宮寺ちゃんとか男と見たらところ構わず噛みついて投げ飛ばす茶柱ちゃんとか話通じねーカルトかぶれの夜長ちゃんとか。あとオレとか!!」
脳裏にクラスの連中を思い浮かべて指下り数える。いやマジでロクな奴いねぇな、ウチのクラス。
「こんな魑魅魍魎が跳梁跋扈みたいな個性の闇鍋クラスにいるんだよ?最原ちゃんごときがちょっとやそっとヘンなこと言ったところでスルーされて終わり。誰もなーんにも思ったりしないって!」
「そ、そうかな」
「そーそ。試しに明日、教室入ってからニッコリ笑ってみなよ。みーんなビックリして最原ちゃんの周りに集まると思うよ?そんで最原ちゃんの方からも色々話しかけてみたらいいよ」
「それが一番難しいんだけど」
「話す内容なんて何でもいいじゃん。好きなことでも好きなものでも。昨日見たテレビの内容でも、それこそ今日オレとバッタリ会ったことでもさ!」
「そっか…そっかな。うん、そうかも」
ケラケラと何でもないことのように話す王馬に、最原の表情が徐々にほぐれていく。
「明日から…もう少し頑張ってみるよ」
そしてへにょっとした笑み。あーらら、可愛い。
「その、ありがとう。王馬くんのこと、ずっと良く分からない困った人だって思ってたけど、意外と面倒見がいいんだね」
王馬がチラリと部下の歳下女子二人に目を向ける。
敏感に視線を汲み取った二人は夢中になっていたパフェから顔を上げ、にっこり笑って言った。
「「そりゃあもちろん。だって我らが自慢の総統様だもん!」」
うんうん、よくできました。
さすが自慢の部下だ、王馬の下心をキッチリ読み取って適切に行動してくれる。
「さーてと」
その後、最原と別れ、部下とともに帰路についた王馬はニンマリと笑みに顔を歪めた。
さてさて。あの可愛い最原を見たクラスメイトたちはどんな反応を示すだろうか。
「明日からが楽しみだなー!」
しかしまずは、今日知った一大事実をクラスメイトに共有してやらなければなるまい。
そうしたらきっともっと愉快なことになるだろうから!
そうと決まれば即・行動。王馬はスマホを取り出し、ちょっと突くだけで勝手に話を膨らまし、きっと大騒動を引き起こしてくれるだろう人物にメッセージを送ったのだった。