短編(金カム 男主)
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「白石、お前いい奴なんだから、こんな生活からさっさと卒業しちまえよ。反省してるふりしてりゃすぐだろ」
独房の格子の向こうから声をかけてきたのは、看守の仙次郎だった。
年は白石より少し上であったか。顔にある大きな火傷痕が特徴的だった。服の下には銃創やら切傷があるらしいというのは噂好きの囚人から聞いたことだった。
勤務態度はいたって真面目で、何事も卒なくこなす優等生というのが彼に対する認識であった。そんな彼の口から自分に向けられた初めての言葉に、白石は少し驚いた。
「反省してるふり、ってそんなこと看守が言っていい言葉じゃないと思うんだけど」
「いいのいいの。他に誰もいないんだから」
仙次郎の言う通りここは独房であり、白石と仙次郎の他には誰もいない。加えて先程から聞こえるこの強い雨音では、話し声が外に漏れることもないだろう。
「しかも俺、『悪い奴』だからここにいるんだけど」
「まあそうなんだが、俺が今言ってんのはもっと根っこの部分のことだから」
昔から眼がいいのだけが取り柄なんだ。そう言って仙次郎はからからと笑った。
「……アンタさぁ、」
看守が囚人を『いい奴』だと褒めるとか、というか気さくに話しかけるなど、看守としてどうなんだ。大体俺は今日、この大雨に紛れて脱獄するつもりだったんだけど。など、いろいろ湧き出てきた言葉があったが、口からこぼれ落ちる前になんとか飲み込んだ。前者はまだしも後者は絶対に言ってはならない。白石の動揺を知ってか知らずか、仙次郎はまた笑った。
「うん。やっぱり『いい奴』だよ、お前」
※
それからも、白石が独房にいる間中、毎日仙次郎は現れた。歳の離れた妹の話や同僚の恋バナなど、毎回違う話を数分間一方的に話し、「じゃあまた」と言って去って行くのだ。ただただそれだけのことであったが、これが存外厄介であった。
偶然か、はたまた何か狙いがあるのか。どちらかはわからないが、楽しそうに話す仙次郎の姿を見ていると毒気を抜かれ、その時ばかりは脱獄する気も薄れてしまうのだ。
第十九回目の独演会が行われたあと、白石は仙次郎に初めて質問をした。
「仙次郎ちゃんはさ、なんで看守になったの」
その問いに仙次郎は悩むように少し上を見上げたあと、ポツリと言った。
「……一言で言えば、成り行きかな」
「成り行き?」
「逆に聞くが、白石はなぜ脱獄王なんてしてるんだ」
「……成り行き、かな」
白石の言葉に対し、うんうんと頷く姿には『看守らしさ』というものは微塵もなかった。凶悪犯罪者の巣窟のようなこの場所に、彼の存在はそぐわないように思えた。
「さては白石、お前今ちょっと失礼なこと考えてるな。自分で言うのもなんだが、俺程この制服が似合う男は世界中どこを探しても他にいない」
ポーズを決めながら言う仙次郎に、白石は「やっぱり看守じゃないんじゃないか、コイツ」と思った。
※
――アシリパさんを頼むぞッ白石!!
杉元は必ずのっぺら坊を連れて正門に来る。それを信じているからこそ白石はアシリパと共に正門に向かって足を動かしていた。看守たちが攻めてくる第七師団を迎えうっているようで、銃声や爆音が四方で響きわたっていた。
「動くな」
しまった、と思った時にはもうすでに二人の背中には銃が向けられていた。周囲の音に気を取られ、自分達に近づいてくる小さな足音に気がつかなかったのだ。
──監獄側の人間か師団側の人間か。どちらにせよ問答無用で打ってこないところを見ると、まだ話のできる人間だろう。
白石は背後の人間に気づかれないよう、目だけでアシリパを確認した。せめてアシリパだけでも逃さなければならない。もちろん杉元にアシリパのことを任されたからでもあるし、白石自身がそうしたいと思っているからでもあった。
『巻き込まれたアイヌの少女』という体を装い切り抜けるか。しかしどうやって……とぐるぐる回り続けるばかりの役立たずな思考に割って入ったのは先程の声だった。
「そのままゆっくり三歩下がれ」
言われた通り白石とアシリパは三歩後ろに下がった。その直後、複数の足音がバタバタと通り過ぎた。先程までいたところでは見つかっていただろう。思わずニ人はお互いを見合い、そのまま振り返った。
視線の先いたのは、白石のよく知る男、仙次郎だった。
「よぉ、白石。久しぶりだな」
「え!?仙次郎ちゃん何して……っていうか何で……えぇ!?」
動揺する白石を見て、仙次郎は楽しそうにからからと笑った。
「質問に対する答えイチ、成り行き。ニ、仕事」
イチ、ニと指を立て、楽しそうに話す姿は相変わらず緊張感の欠片もない。
「白石、知り合いか」
アシリパに聞かれ、ようやく我に返った白石は仙次郎との関係を簡単に話した。
「まさかこんなところで再会するとは」
「こっちのセリフだよ。……とまあ感動の再会を果たした俺たちだが、長々と話をしている暇はない。俺は看守で、お前は脱獄囚。そしてそこのアイヌのお嬢さんは侵入者」
言いたいこと、わかるよな。と続けた仙次郎の言葉に、双方の間で再び緊張が走る。仙次郎の醸し出す緩い雰囲気のせいで忘れてしまいそうになるが、この男は今も昔も看守であるのだ。
「ふはは……冗談だよ。今は師団の奴らとの、いわば戦争中だ。ここらにも時期奴らが来るだろう。早く遠くへ逃げた方がいい」
「仙次郎ちゃんは、その、どこまで知ってるの」
白石の問いかけに「さあな」と一言答えた仙次郎は、アシリパの側に行き、膝をついた。
「お嬢さん、隣に突っ立っているこの男は、その脱走癖のせいで俺を含む多くの看守を泣かせたクソ野郎だが、すごくいい奴なんだ。そこが地獄のど真ん中だろうと、必ず君を連れて逃げてくれる。だから安心してついて行きな」そう告げる仙次郎の目は優しくも、少し悲しげにも見えた。
アシリパが頷くのを確認し立ち上がった仙次郎は、次に白石のもとに歩み寄り、肩をぽんぽんと叩いた。
「長生きしろよ、白石。鼻水垂れ流しながらでもいい。生きてりゃ大体のことは何とかなるってもんよ」
それじゃあ、お達者で!と踵を返し、そのまま走って行ってしまいそうな仙次郎の背中に、思わず白石は声をかけた。
「仙次郎ちゃんも一緒に逃げようよ」
口からこぼれ落ちた言葉に一番驚いたのは白石本人であろう。
「あ、いや……この騒ぎだし、看守が一人くらいいなくなっても気づかれないかなって」
──そっちに行ったら死んじゃうよ、仙次郎ちゃん。
これではまるで駆け落ちでも誘っている様だと段々気恥ずかしくなり、最後の一言は声にならなかった。
白石の言葉を受け、振り向いた仙次郎は驚き、そして今にも泣き出しそうな顔で笑っていた。
「ありがとう、白石。お前やっぱりいい奴だよ。でも、俺は看守としての役目を果たさないといけないから。……ってそんな顔すんなよ、今生の別れでもあるまいし」
今度会ったら一緒に美味い鮭でも食いに行こう、とヒラヒラ手を振って今度こそ仙次郎は行ってしまった。
「……行こう、白石」
「そうだね、アシリパちゃん」
二人は仙次郎とは反対方向に進み出した。正門に着くまでの間、追手と遭遇することはなかった。
独房の格子の向こうから声をかけてきたのは、看守の仙次郎だった。
年は白石より少し上であったか。顔にある大きな火傷痕が特徴的だった。服の下には銃創やら切傷があるらしいというのは噂好きの囚人から聞いたことだった。
勤務態度はいたって真面目で、何事も卒なくこなす優等生というのが彼に対する認識であった。そんな彼の口から自分に向けられた初めての言葉に、白石は少し驚いた。
「反省してるふり、ってそんなこと看守が言っていい言葉じゃないと思うんだけど」
「いいのいいの。他に誰もいないんだから」
仙次郎の言う通りここは独房であり、白石と仙次郎の他には誰もいない。加えて先程から聞こえるこの強い雨音では、話し声が外に漏れることもないだろう。
「しかも俺、『悪い奴』だからここにいるんだけど」
「まあそうなんだが、俺が今言ってんのはもっと根っこの部分のことだから」
昔から眼がいいのだけが取り柄なんだ。そう言って仙次郎はからからと笑った。
「……アンタさぁ、」
看守が囚人を『いい奴』だと褒めるとか、というか気さくに話しかけるなど、看守としてどうなんだ。大体俺は今日、この大雨に紛れて脱獄するつもりだったんだけど。など、いろいろ湧き出てきた言葉があったが、口からこぼれ落ちる前になんとか飲み込んだ。前者はまだしも後者は絶対に言ってはならない。白石の動揺を知ってか知らずか、仙次郎はまた笑った。
「うん。やっぱり『いい奴』だよ、お前」
※
それからも、白石が独房にいる間中、毎日仙次郎は現れた。歳の離れた妹の話や同僚の恋バナなど、毎回違う話を数分間一方的に話し、「じゃあまた」と言って去って行くのだ。ただただそれだけのことであったが、これが存外厄介であった。
偶然か、はたまた何か狙いがあるのか。どちらかはわからないが、楽しそうに話す仙次郎の姿を見ていると毒気を抜かれ、その時ばかりは脱獄する気も薄れてしまうのだ。
第十九回目の独演会が行われたあと、白石は仙次郎に初めて質問をした。
「仙次郎ちゃんはさ、なんで看守になったの」
その問いに仙次郎は悩むように少し上を見上げたあと、ポツリと言った。
「……一言で言えば、成り行きかな」
「成り行き?」
「逆に聞くが、白石はなぜ脱獄王なんてしてるんだ」
「……成り行き、かな」
白石の言葉に対し、うんうんと頷く姿には『看守らしさ』というものは微塵もなかった。凶悪犯罪者の巣窟のようなこの場所に、彼の存在はそぐわないように思えた。
「さては白石、お前今ちょっと失礼なこと考えてるな。自分で言うのもなんだが、俺程この制服が似合う男は世界中どこを探しても他にいない」
ポーズを決めながら言う仙次郎に、白石は「やっぱり看守じゃないんじゃないか、コイツ」と思った。
※
――アシリパさんを頼むぞッ白石!!
杉元は必ずのっぺら坊を連れて正門に来る。それを信じているからこそ白石はアシリパと共に正門に向かって足を動かしていた。看守たちが攻めてくる第七師団を迎えうっているようで、銃声や爆音が四方で響きわたっていた。
「動くな」
しまった、と思った時にはもうすでに二人の背中には銃が向けられていた。周囲の音に気を取られ、自分達に近づいてくる小さな足音に気がつかなかったのだ。
──監獄側の人間か師団側の人間か。どちらにせよ問答無用で打ってこないところを見ると、まだ話のできる人間だろう。
白石は背後の人間に気づかれないよう、目だけでアシリパを確認した。せめてアシリパだけでも逃さなければならない。もちろん杉元にアシリパのことを任されたからでもあるし、白石自身がそうしたいと思っているからでもあった。
『巻き込まれたアイヌの少女』という体を装い切り抜けるか。しかしどうやって……とぐるぐる回り続けるばかりの役立たずな思考に割って入ったのは先程の声だった。
「そのままゆっくり三歩下がれ」
言われた通り白石とアシリパは三歩後ろに下がった。その直後、複数の足音がバタバタと通り過ぎた。先程までいたところでは見つかっていただろう。思わずニ人はお互いを見合い、そのまま振り返った。
視線の先いたのは、白石のよく知る男、仙次郎だった。
「よぉ、白石。久しぶりだな」
「え!?仙次郎ちゃん何して……っていうか何で……えぇ!?」
動揺する白石を見て、仙次郎は楽しそうにからからと笑った。
「質問に対する答えイチ、成り行き。ニ、仕事」
イチ、ニと指を立て、楽しそうに話す姿は相変わらず緊張感の欠片もない。
「白石、知り合いか」
アシリパに聞かれ、ようやく我に返った白石は仙次郎との関係を簡単に話した。
「まさかこんなところで再会するとは」
「こっちのセリフだよ。……とまあ感動の再会を果たした俺たちだが、長々と話をしている暇はない。俺は看守で、お前は脱獄囚。そしてそこのアイヌのお嬢さんは侵入者」
言いたいこと、わかるよな。と続けた仙次郎の言葉に、双方の間で再び緊張が走る。仙次郎の醸し出す緩い雰囲気のせいで忘れてしまいそうになるが、この男は今も昔も看守であるのだ。
「ふはは……冗談だよ。今は師団の奴らとの、いわば戦争中だ。ここらにも時期奴らが来るだろう。早く遠くへ逃げた方がいい」
「仙次郎ちゃんは、その、どこまで知ってるの」
白石の問いかけに「さあな」と一言答えた仙次郎は、アシリパの側に行き、膝をついた。
「お嬢さん、隣に突っ立っているこの男は、その脱走癖のせいで俺を含む多くの看守を泣かせたクソ野郎だが、すごくいい奴なんだ。そこが地獄のど真ん中だろうと、必ず君を連れて逃げてくれる。だから安心してついて行きな」そう告げる仙次郎の目は優しくも、少し悲しげにも見えた。
アシリパが頷くのを確認し立ち上がった仙次郎は、次に白石のもとに歩み寄り、肩をぽんぽんと叩いた。
「長生きしろよ、白石。鼻水垂れ流しながらでもいい。生きてりゃ大体のことは何とかなるってもんよ」
それじゃあ、お達者で!と踵を返し、そのまま走って行ってしまいそうな仙次郎の背中に、思わず白石は声をかけた。
「仙次郎ちゃんも一緒に逃げようよ」
口からこぼれ落ちた言葉に一番驚いたのは白石本人であろう。
「あ、いや……この騒ぎだし、看守が一人くらいいなくなっても気づかれないかなって」
──そっちに行ったら死んじゃうよ、仙次郎ちゃん。
これではまるで駆け落ちでも誘っている様だと段々気恥ずかしくなり、最後の一言は声にならなかった。
白石の言葉を受け、振り向いた仙次郎は驚き、そして今にも泣き出しそうな顔で笑っていた。
「ありがとう、白石。お前やっぱりいい奴だよ。でも、俺は看守としての役目を果たさないといけないから。……ってそんな顔すんなよ、今生の別れでもあるまいし」
今度会ったら一緒に美味い鮭でも食いに行こう、とヒラヒラ手を振って今度こそ仙次郎は行ってしまった。
「……行こう、白石」
「そうだね、アシリパちゃん」
二人は仙次郎とは反対方向に進み出した。正門に着くまでの間、追手と遭遇することはなかった。