短編(金カム 男主)
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――俺は、今ここにちゃんと存在しているか。
月島には、田村仙次郎という同期がいた。
日清戦争の際に知り合った男で、毎夜星を眺めながら決まってこの質問をしてきた。
月島が、またか……と呆れつつも「ああ。俺もお前もしぶとく生きてるよ」と答えると、いつも仙次郎は「そうか、よかった」と言うだけだった。
その儀式じみた問答以外は、仙次郎は真面目な男で月島ととても気が合った。お互いの家の話や好きな食べ物など、夜通し色々な話をした。
ある日、いつものように儀式を行った後、星空から目を離さず仙次郎が言った。
「俺の家は料理屋なんだ。この戦争が終わって、無事故郷に帰れたら婚約者連れて食べにこいよ。俺の奢りだ」
「奢りか、そりゃ良いな。楽しみだ」
月島がそう答えると仙次郎は嬉しそうに目を細め、約束な。と呟いた。
帰国後、あの一件があり、出所した頃には仙次郎とも連絡がとれなくなっていた。
しばらく忘れていたあの約束を思い出したのは、今日の星空があの約束を交わした日のものとよく似ていたからだろうか。
自我を忘れて暴れた杉元を見て、己の過去を思い出したからだろうか。
どちらにせよ、もう守ることはできないだろう。
月島は首を一つ振って、それを記憶の底に丁寧にしまった。
*
俺は地元じゃ有名な料理屋の次男坊として生まれました。
兄と妹はとても優秀だったけれど俺はどうにも不器用で、両親の求める息子にはなれませんでした。
いつからかみんな俺を無視するようになり、あの家から俺という存在が消えていきました。
俺に徴兵の話が来たとき、両親は久しぶりに俺を見て、嬉しそうにこう言ったんです。
「お国のために、少しは役に立ってきなさい」と。
昨日まで笑い合っていた同郷の人間が、次の日には死体として感情なくそこいらに転がっている。そんな状況が続いて、段々生と死の境界が曖昧になっていきました。今、自分は生きているのか、死んでいるのかがわからない。ふと、自分の認識しているこの世界は、全て俺の妄想なのではないか。いつ自分の番が来るのだろうかと、常に頭の四隅で考えていました。
月島がいつか、故郷に婚約者がいると教えてくれました。
彼女の話をする時の月島はいつも幸せそうな、優しい表情をしていました。
俺にとって彼の幸せは希望でした。親と折り合いが悪いと語っていた彼に自分を重ねていたんでしょうな。俺には無理だけれど、月島には親に縛られず幸せになってもらいたい、月島がその娘と笑い合う光景が見たい。いつからかそう思っていたんです。
ああ、すみません。少し話が長くなってしまいました。
つまり俺が言いたいのは、月島は人に優しさを与えることのできる人間だということです。あのクソったれな父親の所為で月島が死罪になるなんておかしいんですよ。
あなたでしたら月島を掬い上げてやることなぞ容易いでしょう。
……あの質問の意味ですか。
そんな大層なもんじゃありません。俺はただ、誰かに俺自身の存在を証明してもらいたかっただけです。
お願いします。月島は俺の希望なんです。俺にできることでしたら何でもします。
月島を、どうか。どうか。
そう語り頭を下げる青年を、鶴見は黙って見つめていた。
*
人はなぜ存在するのか。
俺が思うに、人は他者に認識されることで、存在にはっきりとした輪郭ができるのだと思う。
例えばだ。もし、この地球上に自分一人しか生物が存在しなかったとする。
その時、何をもってして自分が確かにそこに存在していると証明できるのだろうか。
自分自身が認識したところで、全て妄想かもしれない。本当にそこに存在しているのかなんて証明する術はない。
だが、二人いたとしたら。お互いがお互いの存在証明になる。
俺を俺として見てくれる人がどこかにいる、ただそれだけで十分じゃないか。
──月島はこの星空を見て俺を思い出してくれるだろうか。
「なあ、月島。俺は、今ここにちゃんと存在しているか」
青年の呟いた小さな声は、深く暗い穴の底に落ちたまま誰にも届かない。
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