序章 途切れた先の路
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沈黙は数分続いた。正確には私の呼吸音、嘔吐く声があるので沈黙ではないのかも知れないが。青年はカチャリと小さな音を立てながら眼鏡を外し、鋭い目もいつの間にか元の細い糸目に戻っていた。その場で意外にも次に口を開いたのは、白髪の長身男性だった。
「…貴君の名は?」
意外にも訊かれた事は私の名前だった。私は荒くなった息を何とか整えながら伝える。
「……椎名…麟。」
男性は何か思うところがあったのか、思案するように椎名…と呟きながら顎に曲げた人差し指を中てる。そして強めの眼光で此方を射抜いたかと思うと、そのまま続けた。
「…先程仕事先を訊いていたな?」
「え…え…と、はい。」
何故今その冗談を蒸し返されたのか判らない。意図が判らずただ目を白黒させながら男性を見た。…矢張りあの眼光は少し怖い。
「ならば、椎名 麟。貴君を今日から我が武装探偵社の事務員として迎える。仕事先は此れで問題ないか?」
「へ?」
「ん?」
「おや…」
その場に居る全員がそれぞれ感嘆詞を洩らす。男性から告げられた言葉にその場にいる誰もがついて行けてなかった。特に私が。私は一寸の間放心していたが、何とか意識を戻して反論する。
「え、あの…すみません。同情をかう気はなかったんです。そこまで迷惑をかけるわけにもいきませんし…」
「正直、今後社員が増える可能性も考える中、事務作業をやってもらえる者が居た方が効率が善い。治療の詫びと考えて居るなら、出来れば断らないでもらいたいのだが…」
思わず閉口した。この云い方は狡い…ほぼ断る選択肢は存在しないではないか…。そしてそれを判った上でこの云い方なのだ。これを狡いと云わずして何と云うのか。そんな思考の中、僅かに残っている冷静さが警鐘を鳴らす。あまりに話が出来すぎているように思う。仲間が死んだ日に猫が現れて、付いていけば仕事先だなんて…神の加護か、悪魔の罠か…。元居た場所の癖で人の善し悪しはある程度量れるつもりだが、特に悪い人間達には見えない。とはいえ、警戒しておいて損はないだろう。
「何故…見ず知らずの私にそこまで?」
そう尋ねると長身の男性は初めて少し表情を崩した。ふっと息を吐いて、ほんの少し優しい顔になる。
「……一寸 した約束だ。」
よく判らない答えだが、男性はそれ以上応える気はないらしい。ただ、男性の云う理由が判っていないのはこの場にいるもの全員のようだ。否、先程見事な推理をやってみせた青年だけはふーんと興味を無くした様に部屋の隅に置かれた小机に腰掛けた。理由が判っていて興味を無くしたのか、単に飽きたのかは読めない。何となく此れ以上答える気はないということを察したので、私は追求しようとした口を噤んだ。
「それで…受けて貰えるか?」
私は…まだ少し迷っていた。この人…否、この人達を信用して善いのか。私はゆっくりと男性を見上げて目を見る。何処か青を帯びたような灰色の眼。射貫くような強い眼光が、この人の誠実さを表しているように思えた。…まあ、もしこの眼が嘘で騙されたのだとしても…私には関係ない話か…。
「……謹んでお受けします。」
少し考えてこの人の提案に乗ることにした私は、出来るだけ綺麗に頭を下げる。何処か男性は嬉しそうに口元を緩めた。静かに様子を見守っていた女性も笑いつつ、此方に歩み寄る。
「歓迎するよ、麟。妾 は与謝野晶子。此処の女医さ。で、彼方 の机で駄菓子食べてるのが乱歩さん。うちは探偵社なんだが、うちに来る依頼の全部を解決してるのサ。」
「そうだよ~。だから君も僕のこと尊敬しまくってね~。」
乱歩さん、と紹介された青年はひらひらと手を此方 に向けて振りつつ、反対の手は駄菓子を口に放り込んでいる。何と云うか少し肩の力が抜ける。
「私は福沢と云う。麟、武装探偵社へようこそ。」
私は男性、福沢さんの顔を見上げた。如何して此処までしてくれるのかは結局判らず仕舞いだが、一旦は考えないことにしよう。
「はい、よろしくお願いします。…ところで、武装探偵社って…」
そこまで云ったとたんグゥと間抜けな音が部屋に響く。考えたくはないが、自分の腹が音源であることは明白だった。そもそも、今回仲間の仕事が上手くいけばいけば食にありつける予定であったため、ここ数日まともな飯は食べていない。挙句、猫を追いかけて歩き通しだったため最早空腹など通り越している。その姿を見て与謝野さんがぷはっと吹き出した。
「腹が減っては何とやらだねェ。簡単なものなら用意してやるから一寸待ってな。」
その後、与謝野さんが用意してくれたのは鮭の茶漬けだった。吃驚する程温かくて、これ以上美味しい物は過去にも先にもきっとないと思う。こうして私は武装探偵社員として迎え入れられた。否、本当はこの後に内部の入社試験があったので、この時を正式な入社としてしまうのは少し変な話になるが。
「…貴君の名は?」
意外にも訊かれた事は私の名前だった。私は荒くなった息を何とか整えながら伝える。
「……椎名…麟。」
男性は何か思うところがあったのか、思案するように椎名…と呟きながら顎に曲げた人差し指を中てる。そして強めの眼光で此方を射抜いたかと思うと、そのまま続けた。
「…先程仕事先を訊いていたな?」
「え…え…と、はい。」
何故今その冗談を蒸し返されたのか判らない。意図が判らずただ目を白黒させながら男性を見た。…矢張りあの眼光は少し怖い。
「ならば、椎名 麟。貴君を今日から我が武装探偵社の事務員として迎える。仕事先は此れで問題ないか?」
「へ?」
「ん?」
「おや…」
その場に居る全員がそれぞれ感嘆詞を洩らす。男性から告げられた言葉にその場にいる誰もがついて行けてなかった。特に私が。私は一寸の間放心していたが、何とか意識を戻して反論する。
「え、あの…すみません。同情をかう気はなかったんです。そこまで迷惑をかけるわけにもいきませんし…」
「正直、今後社員が増える可能性も考える中、事務作業をやってもらえる者が居た方が効率が善い。治療の詫びと考えて居るなら、出来れば断らないでもらいたいのだが…」
思わず閉口した。この云い方は狡い…ほぼ断る選択肢は存在しないではないか…。そしてそれを判った上でこの云い方なのだ。これを狡いと云わずして何と云うのか。そんな思考の中、僅かに残っている冷静さが警鐘を鳴らす。あまりに話が出来すぎているように思う。仲間が死んだ日に猫が現れて、付いていけば仕事先だなんて…神の加護か、悪魔の罠か…。元居た場所の癖で人の善し悪しはある程度量れるつもりだが、特に悪い人間達には見えない。とはいえ、警戒しておいて損はないだろう。
「何故…見ず知らずの私にそこまで?」
そう尋ねると長身の男性は初めて少し表情を崩した。ふっと息を吐いて、ほんの少し優しい顔になる。
「……
よく判らない答えだが、男性はそれ以上応える気はないらしい。ただ、男性の云う理由が判っていないのはこの場にいるもの全員のようだ。否、先程見事な推理をやってみせた青年だけはふーんと興味を無くした様に部屋の隅に置かれた小机に腰掛けた。理由が判っていて興味を無くしたのか、単に飽きたのかは読めない。何となく此れ以上答える気はないということを察したので、私は追求しようとした口を噤んだ。
「それで…受けて貰えるか?」
私は…まだ少し迷っていた。この人…否、この人達を信用して善いのか。私はゆっくりと男性を見上げて目を見る。何処か青を帯びたような灰色の眼。射貫くような強い眼光が、この人の誠実さを表しているように思えた。…まあ、もしこの眼が嘘で騙されたのだとしても…私には関係ない話か…。
「……謹んでお受けします。」
少し考えてこの人の提案に乗ることにした私は、出来るだけ綺麗に頭を下げる。何処か男性は嬉しそうに口元を緩めた。静かに様子を見守っていた女性も笑いつつ、此方に歩み寄る。
「歓迎するよ、麟。
「そうだよ~。だから君も僕のこと尊敬しまくってね~。」
乱歩さん、と紹介された青年はひらひらと手を
「私は福沢と云う。麟、武装探偵社へようこそ。」
私は男性、福沢さんの顔を見上げた。如何して此処までしてくれるのかは結局判らず仕舞いだが、一旦は考えないことにしよう。
「はい、よろしくお願いします。…ところで、武装探偵社って…」
そこまで云ったとたんグゥと間抜けな音が部屋に響く。考えたくはないが、自分の腹が音源であることは明白だった。そもそも、今回仲間の仕事が上手くいけばいけば食にありつける予定であったため、ここ数日まともな飯は食べていない。挙句、猫を追いかけて歩き通しだったため最早空腹など通り越している。その姿を見て与謝野さんがぷはっと吹き出した。
「腹が減っては何とやらだねェ。簡単なものなら用意してやるから一寸待ってな。」
その後、与謝野さんが用意してくれたのは鮭の茶漬けだった。吃驚する程温かくて、これ以上美味しい物は過去にも先にもきっとないと思う。こうして私は武装探偵社員として迎え入れられた。否、本当はこの後に内部の入社試験があったので、この時を正式な入社としてしまうのは少し変な話になるが。
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