序章 途切れた先の路
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暗い世界の中で何かが遠くに聴こえる。人の声…のようだった。身体は重くて、どこも動かない。ぼんやりとした思考の中で、朧気な記憶を辿る。
「…麟、そろそろ起きなさい。」
…お母さんの声だ。もう、聴けることはないと思っていたのに。これが死ぬと云うことなのだろうか。両親の夢なんて、もう見ることもなくなっていたのに。ぼんやりとだが昨日の記憶を思い出す。嗚呼、そうだ…皆が殺されて…猫を追いかけて…大きなお堂があって……
ゆっくりと目を開ける。薄い視界で辺りの様子を伺うと、どうやら簡易ベッドの上に寝かされているようだった。いつの間にか夜も明けていたらしく、窓から差し込んだ柔らかな光が白のシーツに反射していた。何処からともなく薬のような臭いもしている。理由は判らないが、誰かに助けられたらしいということは何となく理解した。
「おや、目が醒めたのかィ?」
女性の声。目を開くと赤みがかった気の強そうな瞳が私の目を捕らえていた。思わずびくりと身を震わす。ベッドの横に座っていたのは、短い髪に襯衣 とスカートの女性。髪に飾られた金の蝶が印象的だった。恐らく扶けたのはこの人なのだろう。とはいえ、この薄汚れた身体で真っ白なシーツを汚すのはよろしくない気がする。こう見えても育ちはよかったのだ。扶けてくれた人に対して礼儀を欠くようなことはしたくない。仲間達の間でも、礼儀正しさについてのみは誰にも負けたことがなかったのだから。一度ゆっくりと瞬きして、可能な限り身を起こす。
「…お邪魔しました。直ぐに出ていきます。」
「おいおい、あンたそんなフラフラで如何しよってのさ。」
目の前の女性が私の肩を押さえる。短い黒髪の女性は思っているより力が強かったようだ。若しくは、私の力が吃驚する程弱いかのどちらかだ。多少押された程度でフラフラしている。そんなやり取りをしていると、コツコツと靴音が近付いていることに気付く。ガチャリと把手 が回るのが見えた。
この女性以外にも人が居たのか…
扉がゆっくりと開いて長身の影が姿を現す。
「目が醒めたのか。」
低い声が部屋に響く。何処か荘厳と云うのか、威厳のある声だった。部屋に入ってきた声の主は白髪の和装の男性だった。髪の色や顔つきからかなり上の年齢に見えるが、声の張りや立ち振る舞いを見る限り老人というわけではないようだ。この女性の父親だろうか?どうして善いか判らず、女性と男性を交互に見つめる。件のお堂に居を構えていたと云うことであろうか。厳しそうな顔つきに更に萎縮してしまう。そんな状況に助け船を出すように、女性が続けて質問してきた。
「そもそも、如何やってあンた此処まで来れたんだィ?」
「え、と…」
言葉に詰まる。説明するにも何を説明すべきか判らないし、そもそも説明出来ることでもない。私の生い立ちを一から説明する羽目になりかねない。流石に見ず知らずの人に生い立ちを話す程公開主義じゃないし、警戒心がないわけではない。
「…綺麗な三毛猫を追ってきました。嘘みたいですが…本当のことです。」
何一つ嘘ではない。元より私は噓を吐くのが非常に下手くそなのだ。死に場所を探して猫を追ってきたのは紛れもない事実。なので、精々咎められるとすれば不法侵入くらいなものの筈だが、二人…特に男性の目線が厳しく空気が重い。目を伏せた私に対して二人は何も云わない。沈黙が肌に刺さる。沈黙を破ったのは男性だった。
「君は何処から来た?」
「…貧民街、です。」
「…家族は?」
「居るならこの歳で猫に連れられてこんな処で行き倒れてません。…若し、同情していただけているなら、仕事先をもらえると助かりますね。」
若しくは死に場所を、と云う言葉は出さなかった。二人が反応する前に、私はふっと嗤うように息を吐いて頭を下げる。
「すみません、扶けてくれた方に対して厚かましいことを云いました。直ぐに出ていきます。…ベッド、汚してしまってすみません。」
さっさと此処を離れて、この怖い顔ながら優しい人達に見えない処で消える方法は考えるとしよう。一瞬見たあの走馬灯のような夢が正しいのなら、死ぬのも悪い話ではないのかもしれない。そう思いつつ今度こそゆっくりとベッドから立ち上がった。その瞬間ばぁんと無遠慮な騒音と共にこの部屋の入口の扉が開いた。扉から現れたのは、襯衣の上に茶色のマントを羽織って同色のハンチング帽を被った青年。そのままずかずかと此方に向かってくる。…何処か狐を思わせるような目だな。
「も~!二人とも此処にいたの?何時まで経っても戻らないんだもん。あ、起きてたんだ。」
そう云って此方に歩み寄りグイと顔を覗き込まれる。彼の細い目が私を射抜いた様に感じた。気圧される様に後ろに数歩仰け反る。
「……ふぅん?ま、別に僕には関係ないんだけどあまりお勧めはしないね。一寸 勿体ないと思うよ?」
見透かされた様にニヤリと笑われて、益々彼が狐か何かのように思えた。私は青年から目を離すことができずに立ち尽くす。辛うじて動いた口から洩れたのは下手くそなしらばっくれの言葉だった。
「な…何のことでしょうか?」
「いやぁ、別に君の話だからどうでも善いんだけど、折角助かったのに棄てちゃうのは馬鹿だなってだけ。」
うっと言葉を詰まらせる。そんなことは重々承知しているのだが、図星を突かれたことで動揺が止まらない。目が泳いでいるのが厭でも判った。必死に不格好な笑顔を作り出す。と同時に疑問に思っていたことからほぼ無意識に口から転び出た。
「何故…そう思われたのでしょう?慥 かにご迷惑にならぬよう早く退散しようとしたのは事実ですが、それだけで何故私が死のうとしていると思われたんですか?」
それに対して青年はよくぞ訊いてくれましたと云わんばかりに笑みを深める。ふふんと得意気に鼻で笑って応えた。
「僕は名探偵なの!僕にかかれば解けない謎なんて何一つこの世に存在しない。」
彼の余りにも自信満々な態度にどう返答して善いか困る。吃驚する程根拠のない話だった。寧ろ余計な事をしゃべって時間を無駄にしただけようだ。 はぁ…と息を吐いてお暇する旨の言葉を紡ごうとした時、遮る様に青年は続ける。いつの間にか青年は黒縁の古い眼鏡をかけていた。彼の糸目がやや見開かれ、翡翠のような青い目に自分が囚われたように感じた。
「君が欲しがっている根拠ならある。そもそも幾ら貧民街でやる事がなくなったとしても、猫を追いかけてこんな場所まで来る意味はない。大体此処から最寄りの貧民街でさえ本来なら歩いて行けるような場所じゃない。それこそ夜通しで歩きでもしない限りね。君は死に場所を探してたんだ。理由は貧民街で大切な人が居なくなった、だね。両親の話じゃないだろ?恐らく両親と別れた後にできた貧民街での家族だ。丁度今、あの辺りは竜頭抗争の真っただ中だからその関係だ。それと君隠してるけど…
「もういい!止めて!!」
つらつらと並べ立てられる事実に耐え切れなくなった私は思わず叫んだ。必死で思わず手を出しそうになったのを堪える。枯れたと思っていた涙がまた頬を伝っていた。ハアハアと肩で息をしながら何とか呼吸を整える。誰も何も云わなかった。私の荒い呼吸の音だけが唯一部屋に響く。この名探偵とやらに余計な事を訊いてしまった己の失敗 だ。真逆 この青年が此処まで中てるとは思ってなかったのだ。
「…麟、そろそろ起きなさい。」
…お母さんの声だ。もう、聴けることはないと思っていたのに。これが死ぬと云うことなのだろうか。両親の夢なんて、もう見ることもなくなっていたのに。ぼんやりとだが昨日の記憶を思い出す。嗚呼、そうだ…皆が殺されて…猫を追いかけて…大きなお堂があって……
ゆっくりと目を開ける。薄い視界で辺りの様子を伺うと、どうやら簡易ベッドの上に寝かされているようだった。いつの間にか夜も明けていたらしく、窓から差し込んだ柔らかな光が白のシーツに反射していた。何処からともなく薬のような臭いもしている。理由は判らないが、誰かに助けられたらしいということは何となく理解した。
「おや、目が醒めたのかィ?」
女性の声。目を開くと赤みがかった気の強そうな瞳が私の目を捕らえていた。思わずびくりと身を震わす。ベッドの横に座っていたのは、短い髪に
「…お邪魔しました。直ぐに出ていきます。」
「おいおい、あンたそんなフラフラで如何しよってのさ。」
目の前の女性が私の肩を押さえる。短い黒髪の女性は思っているより力が強かったようだ。若しくは、私の力が吃驚する程弱いかのどちらかだ。多少押された程度でフラフラしている。そんなやり取りをしていると、コツコツと靴音が近付いていることに気付く。ガチャリと
この女性以外にも人が居たのか…
扉がゆっくりと開いて長身の影が姿を現す。
「目が醒めたのか。」
低い声が部屋に響く。何処か荘厳と云うのか、威厳のある声だった。部屋に入ってきた声の主は白髪の和装の男性だった。髪の色や顔つきからかなり上の年齢に見えるが、声の張りや立ち振る舞いを見る限り老人というわけではないようだ。この女性の父親だろうか?どうして善いか判らず、女性と男性を交互に見つめる。件のお堂に居を構えていたと云うことであろうか。厳しそうな顔つきに更に萎縮してしまう。そんな状況に助け船を出すように、女性が続けて質問してきた。
「そもそも、如何やってあンた此処まで来れたんだィ?」
「え、と…」
言葉に詰まる。説明するにも何を説明すべきか判らないし、そもそも説明出来ることでもない。私の生い立ちを一から説明する羽目になりかねない。流石に見ず知らずの人に生い立ちを話す程公開主義じゃないし、警戒心がないわけではない。
「…綺麗な三毛猫を追ってきました。嘘みたいですが…本当のことです。」
何一つ嘘ではない。元より私は噓を吐くのが非常に下手くそなのだ。死に場所を探して猫を追ってきたのは紛れもない事実。なので、精々咎められるとすれば不法侵入くらいなものの筈だが、二人…特に男性の目線が厳しく空気が重い。目を伏せた私に対して二人は何も云わない。沈黙が肌に刺さる。沈黙を破ったのは男性だった。
「君は何処から来た?」
「…貧民街、です。」
「…家族は?」
「居るならこの歳で猫に連れられてこんな処で行き倒れてません。…若し、同情していただけているなら、仕事先をもらえると助かりますね。」
若しくは死に場所を、と云う言葉は出さなかった。二人が反応する前に、私はふっと嗤うように息を吐いて頭を下げる。
「すみません、扶けてくれた方に対して厚かましいことを云いました。直ぐに出ていきます。…ベッド、汚してしまってすみません。」
さっさと此処を離れて、この怖い顔ながら優しい人達に見えない処で消える方法は考えるとしよう。一瞬見たあの走馬灯のような夢が正しいのなら、死ぬのも悪い話ではないのかもしれない。そう思いつつ今度こそゆっくりとベッドから立ち上がった。その瞬間ばぁんと無遠慮な騒音と共にこの部屋の入口の扉が開いた。扉から現れたのは、襯衣の上に茶色のマントを羽織って同色のハンチング帽を被った青年。そのままずかずかと此方に向かってくる。…何処か狐を思わせるような目だな。
「も~!二人とも此処にいたの?何時まで経っても戻らないんだもん。あ、起きてたんだ。」
そう云って此方に歩み寄りグイと顔を覗き込まれる。彼の細い目が私を射抜いた様に感じた。気圧される様に後ろに数歩仰け反る。
「……ふぅん?ま、別に僕には関係ないんだけどあまりお勧めはしないね。
見透かされた様にニヤリと笑われて、益々彼が狐か何かのように思えた。私は青年から目を離すことができずに立ち尽くす。辛うじて動いた口から洩れたのは下手くそなしらばっくれの言葉だった。
「な…何のことでしょうか?」
「いやぁ、別に君の話だからどうでも善いんだけど、折角助かったのに棄てちゃうのは馬鹿だなってだけ。」
うっと言葉を詰まらせる。そんなことは重々承知しているのだが、図星を突かれたことで動揺が止まらない。目が泳いでいるのが厭でも判った。必死に不格好な笑顔を作り出す。と同時に疑問に思っていたことからほぼ無意識に口から転び出た。
「何故…そう思われたのでしょう?
それに対して青年はよくぞ訊いてくれましたと云わんばかりに笑みを深める。ふふんと得意気に鼻で笑って応えた。
「僕は名探偵なの!僕にかかれば解けない謎なんて何一つこの世に存在しない。」
彼の余りにも自信満々な態度にどう返答して善いか困る。吃驚する程根拠のない話だった。寧ろ余計な事をしゃべって時間を無駄にしただけようだ。 はぁ…と息を吐いてお暇する旨の言葉を紡ごうとした時、遮る様に青年は続ける。いつの間にか青年は黒縁の古い眼鏡をかけていた。彼の糸目がやや見開かれ、翡翠のような青い目に自分が囚われたように感じた。
「君が欲しがっている根拠ならある。そもそも幾ら貧民街でやる事がなくなったとしても、猫を追いかけてこんな場所まで来る意味はない。大体此処から最寄りの貧民街でさえ本来なら歩いて行けるような場所じゃない。それこそ夜通しで歩きでもしない限りね。君は死に場所を探してたんだ。理由は貧民街で大切な人が居なくなった、だね。両親の話じゃないだろ?恐らく両親と別れた後にできた貧民街での家族だ。丁度今、あの辺りは竜頭抗争の真っただ中だからその関係だ。それと君隠してるけど…
「もういい!止めて!!」
つらつらと並べ立てられる事実に耐え切れなくなった私は思わず叫んだ。必死で思わず手を出しそうになったのを堪える。枯れたと思っていた涙がまた頬を伝っていた。ハアハアと肩で息をしながら何とか呼吸を整える。誰も何も云わなかった。私の荒い呼吸の音だけが唯一部屋に響く。この名探偵とやらに余計な事を訊いてしまった己の