序章 途切れた先の路
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耳が可笑しくなったかと錯覚した。眼が可笑しくなったかと錯覚した。どうやら人は理解を超えるものを目の当たりにすると、幻覚かなにかだと思い込むようにできているらしい。少なくとも、今の私はそうであった。
眼前に広がるのは人…否 、今は最早 人だったものとでも云うべきなのだろうか。街の通りから外れた暗い路地…ちょうど私が少し余裕を持って横になれる程の幅の道に、血の海の中で骸が山を成している。港町らしい海風の臭いと周りの古く錆びた倉庫から臭う鉄の臭いに汚水のような臭い…それを上回る血と煙の臭いが辺りに立ち込めて不快だ。そのこと自体は特段“今”の“此の街 ”では珍しいことでは無い。なら何故私が此処で放心しているのか…理由は実に単純 だ。
目の前の山は私の家族であるからだ。
否 、少し語弊があるかもしれない。彼らは先の大戦で両親を失った私を引き受けてくれた恩人達である。八年程前に終結した世界を焼き尽くすような戦火。戦争は終結したにも関わらず両親は二度と帰らなかった。そこで当時私が身を寄せたのは、同じく戦災孤児の集まりである。特に年長の者を中心に様々な仕事を行い、皆で扶けあって本当の家族の様に生きてきた。
…今日までは。
私もそれなりに非合法な仕事に手を出したことがあるし、死体も扱ったことが無い訳じゃない。そもそも選り好みする余裕など無かったのだから。そう、見慣れている光景である筈なのに、それでも私の怠慢になった思考は一切動こうとしなかった。ただ、呆然と見つめているうちに頬が濡れたのを感じた。少し温かい雫が頬を伝って下り続ける。もう、何もしたくなかった。
これ以上見ていたくないと、漸 く思考が巡りだし、私は緩慢な動きながらもその場から後退した。次第に夜の闇の中から逃げるように走り出す。すると、錆びた建物群の隙間から遥か遠くに民家の灯りが灯り出すのが見える。
「…ぅ…ヒック…」
今、私は独りぼっちだ。今の自分が、酷く孤独で哀れな存在に思えて涙が止まらなかった。ズルズルと近くにあったコンテナにもたれ掛かるようにしゃがみ込む。
また…独りになっちゃった……。
立ち上がれる気力は無い。皆が最期に行った運び屋の仕事。私は女だし力も無いからと云う理由で一人参加出来なかった。恐らく其の仕事で抗争に巻き込まれたのだろう。しゃがんだまま膝を抱え込んで顔を埋める。仮にも黄昏時にこんな危険地帯で、子供が一人でしゃがみ込むなんて自殺行為と云うことくらいは判っている。でも、いっそそのまま死ねた方が楽とも思う。
…ニャー
暫 くをそうしていた時、真横で猫の鳴き声がした。ゆっくりと鉛の様な頭を動かし、音の出処へ目を向ける。幾度か私達の窼 に顔を出していた三毛猫だ。首輪が付いており何処かの飼い猫と思われるが、年に数回の頻度で姿を見せていた。
「…にゃぁ」
私はふっと息を吐きながら、猫に応えた。ソッと手を伸ばすと、何時もは逃げるのだが今日は大人しく撫でられている。辺りはすっかり暗くなっていた。三毛猫は暫し撫でられていたが、不意に立ち上がる。尻尾をピンと上に立ててゆっくりと歩き出した。そのまま数歩進んで立ち止まり、振り返ってニャァと短く鳴く。
「………真逆とは思うけど、ついてこいって云ってる?」
三毛猫は何も云わずに唯 ジッと此方 を見詰める。私はどうすべきか少しだけ迷ったが、死んでも善いと思っているなら何があろうと構わないと思い、ノロノロと立ち上がる。猫はまたゆっくりと歩き出したので、私もそれに続いた。
猫は実に身軽であった。私の身体が小さく、比較的仲間達の間でもすばしっこい質 であったから何とかなったものの、塀やら塵芥をものともせず歩いて行くので、置いて行かれぬ様必死について行く。肉体的にも精神的にも疲弊していた身体は度々抗議の声を上げていた。どのくらい歩いたのだろうか…猫が入り込んで行ったのは、今は使われていない廃路線のトンネルだった。
「え…此処に入るの?」
猫は何も応えずに進んで行く。灯のない旧トンネルはかなり不気味である。だが、此処まで来ておいて引き下るのも少し癪だった。少し震える足を見なかったことにし、そのまま進む。真っ暗な道を進むとトンネルの終わりが見えてきた。思っていたよりもトンネルは短かったらしい。抜けた先を少し歩いた処にあったのは、お堂のような場所だった。
「此処…は、……あれ?」
気が付くと三毛猫の姿は消えていた。私はキョロキョロと辺りを見渡したが、猫は何処にも見つからなかった。目の前のお堂に人の気配はない。猫に騙されたのだろうか…否、そもそも騙された云々以前に勝手についてきたのは私だ。私はハァアと大きく溜息を吐 いて座り込んだ。もう本当に限界だった。死に場所がお堂と云うのも何かの因果なのかもしれない。そんなことを思いながら目を閉じる。…できればもう二度と開かなければ善い。そこで思考は溶けた。
眼前に広がるのは人…
目の前の山は私の家族であるからだ。
…今日までは。
私もそれなりに非合法な仕事に手を出したことがあるし、死体も扱ったことが無い訳じゃない。そもそも選り好みする余裕など無かったのだから。そう、見慣れている光景である筈なのに、それでも私の怠慢になった思考は一切動こうとしなかった。ただ、呆然と見つめているうちに頬が濡れたのを感じた。少し温かい雫が頬を伝って下り続ける。もう、何もしたくなかった。
これ以上見ていたくないと、
「…ぅ…ヒック…」
今、私は独りぼっちだ。今の自分が、酷く孤独で哀れな存在に思えて涙が止まらなかった。ズルズルと近くにあったコンテナにもたれ掛かるようにしゃがみ込む。
また…独りになっちゃった……。
立ち上がれる気力は無い。皆が最期に行った運び屋の仕事。私は女だし力も無いからと云う理由で一人参加出来なかった。恐らく其の仕事で抗争に巻き込まれたのだろう。しゃがんだまま膝を抱え込んで顔を埋める。仮にも黄昏時にこんな危険地帯で、子供が一人でしゃがみ込むなんて自殺行為と云うことくらいは判っている。でも、いっそそのまま死ねた方が楽とも思う。
…ニャー
「…にゃぁ」
私はふっと息を吐きながら、猫に応えた。ソッと手を伸ばすと、何時もは逃げるのだが今日は大人しく撫でられている。辺りはすっかり暗くなっていた。三毛猫は暫し撫でられていたが、不意に立ち上がる。尻尾をピンと上に立ててゆっくりと歩き出した。そのまま数歩進んで立ち止まり、振り返ってニャァと短く鳴く。
「………真逆とは思うけど、ついてこいって云ってる?」
三毛猫は何も云わずに
猫は実に身軽であった。私の身体が小さく、比較的仲間達の間でもすばしっこい
「え…此処に入るの?」
猫は何も応えずに進んで行く。灯のない旧トンネルはかなり不気味である。だが、此処まで来ておいて引き下るのも少し癪だった。少し震える足を見なかったことにし、そのまま進む。真っ暗な道を進むとトンネルの終わりが見えてきた。思っていたよりもトンネルは短かったらしい。抜けた先を少し歩いた処にあったのは、お堂のような場所だった。
「此処…は、……あれ?」
気が付くと三毛猫の姿は消えていた。私はキョロキョロと辺りを見渡したが、猫は何処にも見つからなかった。目の前のお堂に人の気配はない。猫に騙されたのだろうか…否、そもそも騙された云々以前に勝手についてきたのは私だ。私はハァアと大きく溜息を
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