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Bite -the past-








それは、あまりにも異様な光景だった






この雨の中、傘もささず

まるで本当に捨てられているかのように

その場に身体を預けた、全身ずぶ濡れの少年





白い長袖のTシャツに

薄汚れたグレーのスウェット





投げ出された裸足の両脚に

その黒髪から滴り落ちる、大量の雫






時折上下する肩だけが、

彼の息が終えていないことを示す







… 普段ならきっと、

見て見ぬ振りをして、通り過ぎるのだろうけど







闇に紛うほどの雨雲が作り出す情景と

その少年が放つ妙な雰囲気







まるでそれらに吸い込まれるかのように

気付けば私は、

その少年の目の前にしゃがみ込んでいた









「… 君、どうしたの?」









徐々に強くなる雨の中




髪や服が濡れることも
新品のヒールの汚れも

何も気にならなかった




そんな単純な問いを投げかけて、

じっとその黒髪を見つめ続ければ




私の声に反応してか

その顔が、ゆっくりと上がって






濡れた漆黒の瞳が、私を捉えた瞬間

心臓が、鈍く音を立てた








まるで何かに縛り付けられたかのように

しばらくその少年から、目が離せなくて








私を反射する、湿気を帯びた黒い瞳

零れ落ちる雫を弾く、真っ白な頬

血で濡らしたような、深紅の唇









… なんだか、不思議な感じがした









雨に濡れたその身体中に纏わりつく、

暗闇に消えていきそうなほどの儚さ





それと並立する、

何もかもを拒絶するような、妙な威圧感






少年の真っ直ぐな瞳は

そんな矛盾を含んでいるような気がしたから









「…………………… 、」









私と見つめ合った数秒間

少年は、何も言葉を発しなかった




時折聞こえる呼吸の音と

規則的に閉じられる長い睫毛







それ以外は、何もなかった、のに







… もしかしたら私は、
その時には既に

その独特の雰囲気がもつ引力に、抗えなくなっていたのかもしれない






… だって、

気が付いた頃にはもう







「…… とりあえず、

中、入ろう?」








私は彼の手を、取ってしまっていたのだから








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