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Bite -prologue-








手を伸ばせば、

もしかしたら知ることも出来るのかもしれない





… ただ私が、

手を伸ばす、ということをしないだけで









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翌朝、目を覚ますと

私の隣で眠っていたはずの彼の姿は、もうそこにはなかった






抜け殻のように

ぽっかりと空白だけを残す白いシーツ







… これも、

別に、今に始まったことではない







私の目がないところで
彼が何をしているかまでは分からないけれど

彼は、ずっとこの家に引きこもっているわけではない







その証拠に、今日のように

時折ひとりでどこかに出かけて

夜にまた帰って来たりもする







『どこに行ってたの?』なんて

そんな質問はしない


… 尋ねたところで、

どうせ答えてくれないだろうし








そもそも

彼を束縛するつもりも
そんな権利も義理も

私には、ないから









… それでも

『気にならない』と言えば

それは嘘になると思う









わずか数ヶ月とは言え、
同じ空間で呼吸をして


愛が介在していないとは言え、
幾度か肌を重ねて


何も知らないながらに、
彼を近くで見つめてきたのだから









……… けれど








これからも私は

彼の過去や心の内に踏み込もうとは思わない







… いや、むしろ

"踏み込めない"と言った方が、正しいかもしれない








初めて出逢ったその瞬間から


彼は儚く朧げでありながら、

同時に何も寄せ付けない、顕著な威圧感を放っていて





その排他的な雰囲気に飲み込まれた私には

彼に手を伸ばすことなんて、出来なかった









…… そして、今も









.








寝室を出てリビングに入り、

昨日閉ざしたカーテンを開けば

窓に反射する世界では、また雨が降っていた






昨日彼がしていたように

その窓につく水滴を掬うように、指を這わせる






指先に触れる冷たさに

麻痺していく感覚






そのままふと目を閉じれば

自然と、"あの日"のことを思い出した








私の世界の半分が色を変えた、

数ヶ月前の、あの雨の日のことを









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