Bite -prologue-
*
しばらくすれば、
少し湿った黒髪をタオルで拭きながら
彼がリビングに戻ってきた
「… あ、上がった?」
その私の問いかけに頷いて、
ソファに座る私の隣に、ゆっくりと身を沈める
暑いからか、
雑に腕捲りされた、白い長袖のシャツ
そこから覗く彼の腕には
今もいくつか、"傷痕"が残っている
きっと彼が、私と出逢う前
自らに残した、"傷痕"が
… そんなことも全て、
私の想像でしかないのだけれど
少し気だるそうにタオルで髪を拭くその姿と
その腕の数え切れない噛み傷を見やってから
私はリビングを出て、浴室に向かった
---------
髪を乾かして寝室に入れば、
彼は今朝と同じように、
ベッドに腰掛けながら、その空間に漂っていた
私が入ってきたことに気付くと
何も言わずに、
私が眠るスペースを残し、ベッドの中に入る
その仕草にふと、
彼が初めてこの部屋で過ごした夜を思い出す
『… いかないで』
『…… となり、いて』
… 今思えばあの時から、
彼は"孤独"を恐れていた
たとえそれが目を閉じて
次に目を開くまでの瞬間だとしても
「… 電気、消すよ」
私もベッドに入り込みながらそう尋ねても
こちらを向いた背中には、反応がなかった
… もう、寝たのかな
そのまま部屋の灯りを消して
私に背中を向けた彼と、少し間を空けて横になる
… 初めにも言ったけれど、
彼と私は、恋人同士ではない
私と彼が身体を触れ合わすのは
彼が孤独を感じた時だけ
私は彼の孤独を緩和する麻酔の手段に過ぎなくて
彼は私を求めているわけではない
だから
今日みたいに全く触れてこない日もあるし
帰ってきた瞬間から離れてくれない時もある
… その基準も理由も、
そもそもどうして彼がそこまで孤独を恐れるのかも
私には、分からないけれど
… ただ、分かるとすれば
彼は心に何か深い傷を負っていて
時折痛むその傷を癒すことが出来るのは
"嚙みつく"という行為
… ただ、それだけだということ
「…… おやすみ、サクヤ」
暗闇の中でその黒髪を一度撫でて
私も彼の隣で、目を閉じた
.
しばらくすれば、
少し湿った黒髪をタオルで拭きながら
彼がリビングに戻ってきた
「… あ、上がった?」
その私の問いかけに頷いて、
ソファに座る私の隣に、ゆっくりと身を沈める
暑いからか、
雑に腕捲りされた、白い長袖のシャツ
そこから覗く彼の腕には
今もいくつか、"傷痕"が残っている
きっと彼が、私と出逢う前
自らに残した、"傷痕"が
… そんなことも全て、
私の想像でしかないのだけれど
少し気だるそうにタオルで髪を拭くその姿と
その腕の数え切れない噛み傷を見やってから
私はリビングを出て、浴室に向かった
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髪を乾かして寝室に入れば、
彼は今朝と同じように、
ベッドに腰掛けながら、その空間に漂っていた
私が入ってきたことに気付くと
何も言わずに、
私が眠るスペースを残し、ベッドの中に入る
その仕草にふと、
彼が初めてこの部屋で過ごした夜を思い出す
『… いかないで』
『…… となり、いて』
… 今思えばあの時から、
彼は"孤独"を恐れていた
たとえそれが目を閉じて
次に目を開くまでの瞬間だとしても
「… 電気、消すよ」
私もベッドに入り込みながらそう尋ねても
こちらを向いた背中には、反応がなかった
… もう、寝たのかな
そのまま部屋の灯りを消して
私に背中を向けた彼と、少し間を空けて横になる
… 初めにも言ったけれど、
彼と私は、恋人同士ではない
私と彼が身体を触れ合わすのは
彼が孤独を感じた時だけ
私は彼の孤独を緩和する麻酔の手段に過ぎなくて
彼は私を求めているわけではない
だから
今日みたいに全く触れてこない日もあるし
帰ってきた瞬間から離れてくれない時もある
… その基準も理由も、
そもそもどうして彼がそこまで孤独を恐れるのかも
私には、分からないけれど
… ただ、分かるとすれば
彼は心に何か深い傷を負っていて
時折痛むその傷を癒すことが出来るのは
"嚙みつく"という行為
… ただ、それだけだということ
「…… おやすみ、サクヤ」
暗闇の中でその黒髪を一度撫でて
私も彼の隣で、目を閉じた
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