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Bite -prologue-








しばらくすれば、

少し湿った黒髪をタオルで拭きながら
彼がリビングに戻ってきた




「… あ、上がった?」




その私の問いかけに頷いて、

ソファに座る私の隣に、ゆっくりと身を沈める





暑いからか、

雑に腕捲りされた、白い長袖のシャツ





そこから覗く彼の腕には

今もいくつか、"傷痕"が残っている






きっと彼が、私と出逢う前

自らに残した、"傷痕"が







… そんなことも全て、

私の想像でしかないのだけれど








少し気だるそうにタオルで髪を拭くその姿と

その腕の数え切れない噛み傷を見やってから

私はリビングを出て、浴室に向かった







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髪を乾かして寝室に入れば、

彼は今朝と同じように、

ベッドに腰掛けながら、その空間に漂っていた





私が入ってきたことに気付くと

何も言わずに、
私が眠るスペースを残し、ベッドの中に入る






その仕草にふと、

彼が初めてこの部屋で過ごした夜を思い出す







『… いかないで』


『…… となり、いて』








… 今思えばあの時から、

彼は"孤独"を恐れていた




たとえそれが目を閉じて

次に目を開くまでの瞬間だとしても







「… 電気、消すよ」







私もベッドに入り込みながらそう尋ねても

こちらを向いた背中には、反応がなかった




… もう、寝たのかな




そのまま部屋の灯りを消して

私に背中を向けた彼と、少し間を空けて横になる









… 初めにも言ったけれど、

彼と私は、恋人同士ではない








私と彼が身体を触れ合わすのは

彼が孤独を感じた時だけ








私は彼の孤独を緩和する麻酔の手段に過ぎなくて

彼は私を求めているわけではない






だから

今日みたいに全く触れてこない日もあるし
帰ってきた瞬間から離れてくれない時もある









… その基準も理由も、

そもそもどうして彼がそこまで孤独を恐れるのかも

私には、分からないけれど









… ただ、分かるとすれば





彼は心に何か深い傷を負っていて

時折痛むその傷を癒すことが出来るのは



"嚙みつく"という行為



… ただ、それだけだということ









「…… おやすみ、サクヤ」





暗闇の中でその黒髪を一度撫でて

私も彼の隣で、目を閉じた








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