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Bite -change-










車を出さなかったことに、深い意味はなかった




帰り道に電車に乗らなかったのも、
特別な理由はなかった




… 理由があるとすれば、




ただ、なんとなく

久々に外を歩いてみたいような、そんな気がしたからで






ふと気が付いた頃には、
辺りは見慣れた景色に戻っていて

歩いてみて、初めて

隣町からあのアパートがそれほど遠くはないことを知った






視界に映る、見慣れた建物に

何気なく真上を見上げれば、
深い藍色の空は、雲で覆われていて





星の白い輝きも、月の光も

すべて、その雲に遮られてしまっていた









… 夜は、雨が降るのだろうか、









そんなことを考えながら、

視線を下げて

また一歩、その建物に歩みを進めた









…… その瞬間、だった









その影が、

私の視界に映り込んだ、その瞬間に


ドクン、と鈍い鼓動が、身体中に木霊した









薄暗いエントランスの街灯

その淡い光が浮かび上がらせる、その姿









入り口の扉に寄りかかるように座り込む、その人影に









咄嗟に身体が動いて

その影に駆け寄った









.









「サクヤ…… っ」









手を伸ばして、強くその身体を引き寄せれば

冷たくなったその髪が、私の耳を掠める









ヒールがアスファルトに引っかかる嫌悪感


冷たい地面に膝をつく抵抗


バッグが手から滑り落ちる感触









… そんなの、

何もかも、どうでもよかった









今はただ、この姿を

"彼"を、掴むことが出来れば

それだけで、十分で









冷たくなった彼の服をきつく握りしめれば

彼の手も、ゆっくり私の背中に回って

そのまま、ぎゅっと抱き寄せられる









その熱が身体に伝わるだけで

喉にかっと熱が集まった









… この感情が

今、私を支配する感情が、



"同情"なのか
"愛情"なのか



それは、分からない







……… 分からない、けれど








それでも強く思う









彼が、

… サクヤが、








"愛おしくて、たまらない"と









.
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