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Bite -prologue-









そんな彼のことを

私はまだ、何も知らない









「はい、出来たよ。

熱いから気を付けてね」




カタン、

彼の前にお皿を置いて、向かい合って座る




じっと皿の中を見つめていた彼は

おもむろに手を合わせてから、
私の忠告通り、ふぅ、と息を吐きかけて
熱を逃がしながら、ゆっくり食べ始めた




黙々と箸を進めるその様子を見ながら

私も夕食に手を付ける







… こうして一緒に食事をとったり
ソファで並んでテレビを見たり


そういう何気ない瞬間には、

彼は至って普通の男の子だ







私が出した料理は、『おいしい』とは言ってくれないにしても、ちゃんと残さず全て食べてくれるし


携帯は持っていないようだけれど、

テレビも見るし、私の家にある雑誌やマンガを勝手に読んでいることもある







そういうところだけを見れば

彼は"ただの無口な少年"なのだけれど








… 私が違和感を覚えるのはきっと



彼が決して

自分のことを語ろうとしないからだろう







.







「… サクヤ、」



呼びかければ、

ソファに座っていた彼が、私の方を向く




「先にお風呂入って。私片付けするから」

「… うん、」




そう返事をして立ち上がり、

とぼとぼと脱衣所に入っていく






…… 彼と出逢って、数ヶ月






この期間で私が得た彼の情報は、

"サクヤ"という名前

ただ、それだけ







彼の年齢も、

学生なのか、社会人なのか



家がどこにあるのか

もしくはないのか



どうして自分のことを話そうとしないのか



… どうしてあの日、

あんなところにいたのか








そんなことまで、何も

私は、何も、知らない









…… そう、何も


私は彼の過去も
今のことでさえ


全て知っているようで、

何もかも、知らないのだ







.
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