このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Bite -change-








「この前さ、あの人。あの監督の映画見たよ」





注文したコーヒーに砂糖を入れながら、

向かい側に座る彼はそう言った




「え、いちばん最近のやつ?」

「そうそう。見た?」

「全然。最近のわかんない」

「おもしろかったけど昔のやつの方が俺は好きだな。ほら、一緒に見に行ったやつ」

「あー。あれは良かったね」

「なー。あれが1番かな、俺的には」





そう呟いてコーヒーを啜る彼を見つめながら

私も注文したミルクティーに口をつけた





喫茶店の窓に映る、あれほど眩しかった外の景色はもう、沈み出した夕日で赤く染まり始めていた





彼の隣を歩くのも

これほど長い時間一緒にいるのも

もう、何年もしていなかったことのはずなのに






不思議と私は
その雰囲気に馴染み始めていて






離れていた期間を溶かすように

時計の針が戻っていくように






思考と身体は、

過去の記憶を、鮮明に取り戻しつつあった








…… けれど、

何気ない瞬間に、実感するのは








ガシャン、






「… っ、」





窓の外を通り過ぎた、
見慣れた黒髪の後ろ姿に


視界に映る、見覚えのあるスニーカーに


思わず、手の中からカップが滑り落ちる






縛り付けられた視線に

息を止めた瞬間






振り返ったのは、

"彼"ではない、別人で







気づいた瞬間に、

全身から、ふっと力が抜けた






「っぶね、大丈夫?かかってない?」

「あ、うん… ごめん、」






… 幸い、カップが割れることも

熱いミルクティーが服を汚すこともなかったけれど








瞼の裏にまた蘇る、その影に

また

焦がされていくように、喉が熱くなる







急ぐように脈打つ心臓に

ぎゅっと、胸が苦しくなった









… あの空間を抜け出しても

ふとした折に浮かぶのはやはり、"彼"のことで









それに気づくたびに

過去とは違うことを痛感する









「どうした、熱かった?」

「いや… 、手が滑った」

「やー、気を付けてよ」








… もう、遅いのだろうか、





私には
その影を塗り潰すことなんて

もしかしたら、もう二度と

叶わないことなのかもしれない






.
5/19ページ