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Bite -prologue-









「お疲れ様でした」



定刻に仕事を終え職場を出ると

外は小雨がちらついていた




分厚い雲のせいで、薄暗く染まった空

そこから降ってくる雨粒に悠太くんの言葉を思い出しつつ、駐車場まで小走りで向かう





… 確か、あの日も

"彼"に出逢った日も

こんな風に、帰り道だけが雨で





買ったばかりの真新しいヒールで、
駐車場まで走ったような記憶がある







… たった数ヶ月前のことのはずなのに

はるか昔のことのように思うのは、どうしてだろう







それくらい、

私の半分の生活が
彼に蝕まれている証拠だろうか








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私が家に着く頃には、

それまで弱かった雨も本降りになっていた




アパートの駐車場から入り口までの短い移動でも

髪の先からはわずかに水滴が滴る




いつもより早足で部屋の前まで行き
鍵を開けて、扉を開けば

見えた室内には、電気が灯っておらず

陽の落ちた外の色が
そのままその空間にまで溶け込んでいた





「… ただいま、」





ひとまずそう呟きながらリビングに入ると

視界に映り込む、窓際に佇むひとつの影





カーテンの開いた薄暗い部屋の中で

彼は窓に指を這わせながら、雨模様の外界にぼんやり視線を向けていた






カタ、

私が通勤鞄を床に置いた音で、彼は振り返って

その憂いを帯びた漆黒の瞳が、私を捉える





「… ただいま、」





同じ言葉をもう一度繰り返すと






「…… おかえり」






彼はそう呟いて、また窓の外に視線を向ける





… 雨の日はやはり、

彼も何か、思うところがあるのだろうか





窓から射し込む微かな光に照らし出される、その無表情な横顔を見つめながら、そんなことを考える





血が通っているのか疑いたくなるほど

冷たく、透き通った皮膚




それに相反する、真紅に染まった唇




見るもの全てを反射する、

虚ろで真っ黒な瞳








"彼が何を考えているのか"

その答えはいつも闇の中にある








彼は基本的に言葉を発さないし

心の内を表に出すことも滅多にしない





声をあげて笑うこともなければ、

泣くことも、怒ることも、何もない





喜んでいるのか、哀しんでいるのか

そんなことすら、よく分からない








… 彼の心の中にあるのはきっと

"孤独"とそれから、"孤独への嫌悪"









その2つだけを抱えて

彼は今もこの世界で、息をしているのだ









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