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Bite -change-








また、今日も仕事を終え、
その部屋の扉をゆっくりと開けば

私を迎え受けたのは、外界と変わらない暗闇だった






「… ただいま、」






… その空間には、もう

彼が存在していないことなんて、自明なのに






私はまた、飽きることもなく

その空っぽの部屋に声をかける






玄関先からなくなったままの、白いスニーカー

もう感じられない、微かな呼吸の音

実在を失った、その熱に







私の身体はまだ、順応出来ていないようだ








.







「痛っ … 、」




黒いヒールを脱ぎ、その部屋に踏み込んだ瞬間、足の裏に感じる鈍い痛み





踵を浮かし、そこを覗き込めば

わずかに破れたストッキングには、淡い赤が滲んでいた






… まだ、"破片"が残っていたのだろうか、








「………… 、」









… あの日、彼が壊し
形を失った、玄関先の花瓶





まるで、その花瓶のように





実在が見えなくなってもなお

ふとした折に、

彼は私の中に、その存在を浮かび上がらせる







洗面台に残された、二本の歯ブラシ

ソファに置かれた、開いたままの本

片側だけ常に空いた、広いベッド








… たった、数ヶ月間の出来事だったのに








むしろ、
彼がこの部屋で息をしていた期間が"異常"で

今、この状態が、"普通"のはずなのに







私の肌が、この空気感に馴染まないのは







やはり、それほど

彼という存在が、

私の半分の生活を、蝕んでいた証拠だろうか









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