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Bite -memory-








突然、部屋中に反響したその音に

一瞬肩を震わせてから、爪先を玄関に向ける






… 彼、だろうか、






きっと、答えはそれしかないのだろうけれど

直感的に皮膚に伝う違和感に
反射的に、少し、足がすくむ





ゆっくりと、

また短い廊下を進む






いまだわずかに濡れた素足

そのせいか、いつもよりフローリングが冷たく感じる






壁に手を這わせながら、廊下の先に目を向ければ

そこに立っていたのは









あの日と同じように、


頭の先から爪先まで雨に濡れた、ひとりの少年だった









私と同じように、片手を壁について

俯く黒髪からは、絶えず雫が滴る







その足元には

割れて粉々になった、
陶器の破片が散らばっていた









「サクヤ… !?」









その姿に、驚きながらも声をかければ

俯いていた顔がゆっくりと上がり

濡れた髪の隙間から覗くその瞳が、私を捉えた







色を失った唇に、

徐々に床を濡らす、その水滴






「ちょっと… 、待ってて、」






そう言い置いて脱衣所に入り、

バスタオルを掴んで、すぐに彼に駆け寄る







真っ白なそれを、彼の頭から被せて

雫の滴る、その黒髪を拭った







「どうしたの… ?」








彼の顔を覗き込みながら、躊躇いがちに尋ねれば

伏せられていたその長い睫毛が、ふと上がって





その奥に潜む漆黒の瞳と、視線が絡んだ






… その、瞬間に






ぐらり、彼の頭が揺れて

そこから溢れた雫が、私の皮膚を濡らす






その直後

彼の冷え切った唇が、私の首を捉えて



その無機質な刃が、

ゆっくり、私の肌に沈んだ







「っ… !」








前触れのないその行為に、

ゾワゾワと鳥肌が立つ






いつの間にか、背中にも彼の腕が回っていて

押し当てられる氷のような冷たさに
皮膚を伝っていく、その雨粒に

身体中から、熱が引いていく







けれど






「っぁ、ん… っ」







首元を這う、

それらに相反する、熱い舌先に


また、ゾクゾクと背筋が痺れる







噛み跡を舌でなぞって、口付ければ

その唇は、私の肌にわずかな痛みを残す



その"痕"をもゆっくり舐めて

また、柔く歯を立てる







首元に纏わりつく、その異様なほどの熱と

それに反比例する、凍えていく身体に




脳が麻痺して、目が眩んで

瞼の裏が、わずかに曇って





掌から力が抜ければ

彼を包んでいたバスタオルが、ばさりと床に落ちた







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