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Bite -memory-








時間の経過と共に、
雨脚は強くなりつつあった






あの後、リクは車に乗ってすぐに戻ってきたけれど、その白いワイシャツも、深緑のネクタイも、雨に濡れていて

短く整えられた髪の先からも、わずかに雫が滴っていた






フロントガラスに当たる、大きな雨粒



仄かな香水の匂いが残る、暖かな車内



その窓から覗く外の世界は、

雨のせいか、曇ったガラスのせいか



いつもよりも、霞んで見えたのだった








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「送ってくれてありがとう」

「いえいえ。
俺こそ今日はありがと。楽しかった」





私をアパートの前まで送ってくれた彼に

そう声をかければ、彼はまた、穏やかに微笑んだ






"また会お"






… 最後にそう言った彼の言葉に、

私が頷いたのは、
もしかしたら必然だったのかもしれない





そんなことを思いながら、
雨粒で霞む世界に溶けていく、赤いランプを見送った







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エントランスをくぐり、階段を上がって

その部屋の扉を開けば、

私の目の前に広がったのは、
人工の灯りを排除した、真っ暗な闇だった





その中からは、人影どころか

微かな息の音さえも、感じ取れない





… また、出掛けているのだろうか、





玄関先からなくなっている、
今朝はあった白いスニーカー




その場にひっそり佇む、
主役を排斥した、靴箱の上の小さな花瓶





すっかり雨に濡れた、
あの日と同じハイヒール






それらが、妙な虚無感を醸し出す






そんな空気に包まれながら、

ヒールを脱ぎ、短い廊下を進む






リビングに入れば、電気を付けることもせず、開いたままのカーテンの方へと、歩みを進めた






窓枠に象られた、

今も雨が降りしきる、黒の世界






ガラスに反射する自分の姿に
それを濡らす雫が重なっていく





雨脚は弱まることなく

遠くの方では、雷鳴のような音が聞こえた





… 嵐でも来るのだろうか





そんな朧げな不安を覚えながら、
カーテンを閉じ、外界を遮った





明かりを灯して、ストッキングを脱ぎ

わずかに湿った髪に手を通した、









… その時、





ガチャ、






不意に玄関から響いた、鍵穴の回る音





その音に反応して、
廊下の方に目を向ければ





ガシャン、






… 続いて聞こえたのは、

何かが床に落ちて割れるような
そんな奇怪な音だった








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