Bite -memory-
*
時間の経過と共に、
雨脚は強くなりつつあった
あの後、リクは車に乗ってすぐに戻ってきたけれど、その白いワイシャツも、深緑のネクタイも、雨に濡れていて
短く整えられた髪の先からも、わずかに雫が滴っていた
フロントガラスに当たる、大きな雨粒
仄かな香水の匂いが残る、暖かな車内
その窓から覗く外の世界は、
雨のせいか、曇ったガラスのせいか
いつもよりも、霞んで見えたのだった
--------
「送ってくれてありがとう」
「いえいえ。
俺こそ今日はありがと。楽しかった」
私をアパートの前まで送ってくれた彼に
そう声をかければ、彼はまた、穏やかに微笑んだ
"また会お"
… 最後にそう言った彼の言葉に、
私が頷いたのは、
もしかしたら必然だったのかもしれない
そんなことを思いながら、
雨粒で霞む世界に溶けていく、赤いランプを見送った
.
エントランスをくぐり、階段を上がって
その部屋の扉を開けば、
私の目の前に広がったのは、
人工の灯りを排除した、真っ暗な闇だった
その中からは、人影どころか
微かな息の音さえも、感じ取れない
… また、出掛けているのだろうか、
玄関先からなくなっている、
今朝はあった白いスニーカー
その場にひっそり佇む、
主役を排斥した、靴箱の上の小さな花瓶
すっかり雨に濡れた、
あの日と同じハイヒール
それらが、妙な虚無感を醸し出す
そんな空気に包まれながら、
ヒールを脱ぎ、短い廊下を進む
リビングに入れば、電気を付けることもせず、開いたままのカーテンの方へと、歩みを進めた
窓枠に象られた、
今も雨が降りしきる、黒の世界
ガラスに反射する自分の姿に
それを濡らす雫が重なっていく
雨脚は弱まることなく
遠くの方では、雷鳴のような音が聞こえた
… 嵐でも来るのだろうか
そんな朧げな不安を覚えながら、
カーテンを閉じ、外界を遮った
明かりを灯して、ストッキングを脱ぎ
わずかに湿った髪に手を通した、
… その時、
ガチャ、
不意に玄関から響いた、鍵穴の回る音
その音に反応して、
廊下の方に目を向ければ
ガシャン、
… 続いて聞こえたのは、
何かが床に落ちて割れるような
そんな奇怪な音だった
.
時間の経過と共に、
雨脚は強くなりつつあった
あの後、リクは車に乗ってすぐに戻ってきたけれど、その白いワイシャツも、深緑のネクタイも、雨に濡れていて
短く整えられた髪の先からも、わずかに雫が滴っていた
フロントガラスに当たる、大きな雨粒
仄かな香水の匂いが残る、暖かな車内
その窓から覗く外の世界は、
雨のせいか、曇ったガラスのせいか
いつもよりも、霞んで見えたのだった
--------
「送ってくれてありがとう」
「いえいえ。
俺こそ今日はありがと。楽しかった」
私をアパートの前まで送ってくれた彼に
そう声をかければ、彼はまた、穏やかに微笑んだ
"また会お"
… 最後にそう言った彼の言葉に、
私が頷いたのは、
もしかしたら必然だったのかもしれない
そんなことを思いながら、
雨粒で霞む世界に溶けていく、赤いランプを見送った
.
エントランスをくぐり、階段を上がって
その部屋の扉を開けば、
私の目の前に広がったのは、
人工の灯りを排除した、真っ暗な闇だった
その中からは、人影どころか
微かな息の音さえも、感じ取れない
… また、出掛けているのだろうか、
玄関先からなくなっている、
今朝はあった白いスニーカー
その場にひっそり佇む、
主役を排斥した、靴箱の上の小さな花瓶
すっかり雨に濡れた、
あの日と同じハイヒール
それらが、妙な虚無感を醸し出す
そんな空気に包まれながら、
ヒールを脱ぎ、短い廊下を進む
リビングに入れば、電気を付けることもせず、開いたままのカーテンの方へと、歩みを進めた
窓枠に象られた、
今も雨が降りしきる、黒の世界
ガラスに反射する自分の姿に
それを濡らす雫が重なっていく
雨脚は弱まることなく
遠くの方では、雷鳴のような音が聞こえた
… 嵐でも来るのだろうか
そんな朧げな不安を覚えながら、
カーテンを閉じ、外界を遮った
明かりを灯して、ストッキングを脱ぎ
わずかに湿った髪に手を通した、
… その時、
ガチャ、
不意に玄関から響いた、鍵穴の回る音
その音に反応して、
廊下の方に目を向ければ
ガシャン、
… 続いて聞こえたのは、
何かが床に落ちて割れるような
そんな奇怪な音だった
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