Bite -prologue-
*
それまでの人生は
今思えば、退屈すぎるものだったのかもしれない
小学校の頃から、成績はそれなりによかった
学校の規則を破ることもしなかったし、
親に変に反抗することも、
2つ下の弟と派手に喧嘩をすることもなかった
大学も留年することなく単位を取って
就職も決まって、割と真面目に働いてきた
無断欠席も遅刻もしない
ある意味では、模範的な生活
別に外見が派手なわけではないけど
人並み程度に恋愛も経験してきたし
成功した、とまでは言えないけど
決して堕落もしていなかった
… そんな安定した生活の半分が、
ある未来のたった一瞬で色を変えてしまうなんて
想像することすら、していなかった
----------
「おはようございます」
アパートから、車で15分
毎朝同じように、広くないオフィスに声をかける
この職場に勤めて、丸3年
今も変わらない私の生活の半分は
この職場でそのほとんどが消費される
「望叶ちゃん、おはよ」
「… あ、悠太くん。おはよう」
私に声をかけたのは、
隣の席の悠太くん
この課では唯一の私の同期で、
よく話もするし
割と波長の合う、良き同僚のひとり
あー、と渋い声を出しながら彼が椅子に腰を下せば
その手に握られた缶コーヒーの苦い香りが鼻を掠めた
「朝からお疲れだね」
「ん、まー色々ね」
「また夜遊び?」
「なんて人聞きの悪い」
「本当のことじゃん」
「趣味だよ、シュミ。夜遊びじゃありませーん」
そんなことを言って、手元のコーヒーをすする
悠太くんと話すこの時間も
ただ黙々と職務をこなす時間も
私にとっては別に苦でも何でもない
この"半分"の生活は安定していて
そこに無駄な心配や不安は存在しない
これまでと同じ
退屈と表裏一体の空間
… 問題は、もう"半分"の方
"彼"に侵食された、深い靄に埋もれた時間
その靄に覆われてしまった私には
もう… どうすることも、出来ないのかもしれない
ただこのまま、
彼に侵食されていくことしか
「そういや今日、
夕方から雨らしいよ」
隣で悠太くんが呟く声が
ぼんやりと鼓膜に響いた
.
それまでの人生は
今思えば、退屈すぎるものだったのかもしれない
小学校の頃から、成績はそれなりによかった
学校の規則を破ることもしなかったし、
親に変に反抗することも、
2つ下の弟と派手に喧嘩をすることもなかった
大学も留年することなく単位を取って
就職も決まって、割と真面目に働いてきた
無断欠席も遅刻もしない
ある意味では、模範的な生活
別に外見が派手なわけではないけど
人並み程度に恋愛も経験してきたし
成功した、とまでは言えないけど
決して堕落もしていなかった
… そんな安定した生活の半分が、
ある未来のたった一瞬で色を変えてしまうなんて
想像することすら、していなかった
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「おはようございます」
アパートから、車で15分
毎朝同じように、広くないオフィスに声をかける
この職場に勤めて、丸3年
今も変わらない私の生活の半分は
この職場でそのほとんどが消費される
「望叶ちゃん、おはよ」
「… あ、悠太くん。おはよう」
私に声をかけたのは、
隣の席の悠太くん
この課では唯一の私の同期で、
よく話もするし
割と波長の合う、良き同僚のひとり
あー、と渋い声を出しながら彼が椅子に腰を下せば
その手に握られた缶コーヒーの苦い香りが鼻を掠めた
「朝からお疲れだね」
「ん、まー色々ね」
「また夜遊び?」
「なんて人聞きの悪い」
「本当のことじゃん」
「趣味だよ、シュミ。夜遊びじゃありませーん」
そんなことを言って、手元のコーヒーをすする
悠太くんと話すこの時間も
ただ黙々と職務をこなす時間も
私にとっては別に苦でも何でもない
この"半分"の生活は安定していて
そこに無駄な心配や不安は存在しない
これまでと同じ
退屈と表裏一体の空間
… 問題は、もう"半分"の方
"彼"に侵食された、深い靄に埋もれた時間
その靄に覆われてしまった私には
もう… どうすることも、出来ないのかもしれない
ただこのまま、
彼に侵食されていくことしか
「そういや今日、
夕方から雨らしいよ」
隣で悠太くんが呟く声が
ぼんやりと鼓膜に響いた
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