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Bite -prologue-









それまでの人生は

今思えば、退屈すぎるものだったのかもしれない








小学校の頃から、成績はそれなりによかった


学校の規則を破ることもしなかったし、

親に変に反抗することも、

2つ下の弟と派手に喧嘩をすることもなかった






大学も留年することなく単位を取って

就職も決まって、割と真面目に働いてきた






無断欠席も遅刻もしない

ある意味では、模範的な生活







別に外見が派手なわけではないけど

人並み程度に恋愛も経験してきたし


成功した、とまでは言えないけど

決して堕落もしていなかった







… そんな安定した生活の半分が、

ある未来のたった一瞬で色を変えてしまうなんて

想像することすら、していなかった







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「おはようございます」





アパートから、車で15分

毎朝同じように、広くないオフィスに声をかける




この職場に勤めて、丸3年




今も変わらない私の生活の半分は

この職場でそのほとんどが消費される







「望叶ちゃん、おはよ」

「… あ、悠太くん。おはよう」





私に声をかけたのは、

隣の席の悠太くん




この課では唯一の私の同期で、

よく話もするし
割と波長の合う、良き同僚のひとり




あー、と渋い声を出しながら彼が椅子に腰を下せば

その手に握られた缶コーヒーの苦い香りが鼻を掠めた





「朝からお疲れだね」

「ん、まー色々ね」

「また夜遊び?」

「なんて人聞きの悪い」

「本当のことじゃん」

「趣味だよ、シュミ。夜遊びじゃありませーん」





そんなことを言って、手元のコーヒーをすする





悠太くんと話すこの時間も

ただ黙々と職務をこなす時間も

私にとっては別に苦でも何でもない





この"半分"の生活は安定していて

そこに無駄な心配や不安は存在しない





これまでと同じ

退屈と表裏一体の空間







… 問題は、もう"半分"の方






"彼"に侵食された、深い靄に埋もれた時間





その靄に覆われてしまった私には

もう… どうすることも、出来ないのかもしれない





ただこのまま、

彼に侵食されていくことしか







「そういや今日、

夕方から雨らしいよ」







隣で悠太くんが呟く声が

ぼんやりと鼓膜に響いた






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