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Bite -memory-









「あ、雨降ってる」






食事を終えて店の外に出ると

真っ暗に染まった空を見上げて、彼はそう呟いた






「あ… ほんとだ、」







その黒いスクリーンに映る、白い軌道

アスファルトとぶつかる雫の音が、冷えた空気に静かに反響していた





… 今日、雨の予報だっけ、





そうは思ったものの、ぼんやりとした記憶に残る、社屋を出た時の夕暮れの空は、確かに雲で覆われていて

そこでまた、助手席に忘れてきた折り畳み傘の存在を思い出す






…… また忘れた、








「望叶、車?」

「ううん、今日は乗ってきてない」

「え、なら送ってくよ。俺今日車だから」

「え、運転出来るの?」

「いやいや、大学の時から乗ってたって」

「マウンテンバイクじゃなかった?」

「それ3日でサドル壊したやつね」

「あ、そうだった。引っ張ったら折れたんだっけ?」

「ふふ、そうそう。あ~、恥ずかしいこと思い出させるなよー」







微笑みながら、そう言って

彼は着ていたスーツの上着を脱ぐ





そして
ん、と、軽く畳んだそれを、私に差し出した






「駐車場ちょっと遠いからこっちに車回すよ。ごめん、悪いけどこれ持っててくれる?」

「え、いいよ。私がそっち行く」

「いや、それはダメ。俺傘持ってないし、風邪引くから。これ着てもいいからちょっと待ってて」








そう言って、また少し微笑むと

何気なしに、私の頭を軽く撫でて



ふわ、と私の肩に上着をかければ

彼はひとり、雨空の中に出て行った







わずかに残る、その掌の感触と

肩に掛けられた上着から香る、懐かしい香水の匂いに


胸の奥に、じわりと熱が滲む








… もしあの時、私が別れを告げていなかったら

私たちは一体、どうなっていたんだろう、








暗闇に溶けていく、その背中を見つめながら

そんなことを、ぼんやりと考えていた








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