Bite -memory-
*
「あ、雨降ってる」
食事を終えて店の外に出ると
真っ暗に染まった空を見上げて、彼はそう呟いた
「あ… ほんとだ、」
その黒いスクリーンに映る、白い軌道
アスファルトとぶつかる雫の音が、冷えた空気に静かに反響していた
… 今日、雨の予報だっけ、
そうは思ったものの、ぼんやりとした記憶に残る、社屋を出た時の夕暮れの空は、確かに雲で覆われていて
そこでまた、助手席に忘れてきた折り畳み傘の存在を思い出す
…… また忘れた、
「望叶、車?」
「ううん、今日は乗ってきてない」
「え、なら送ってくよ。俺今日車だから」
「え、運転出来るの?」
「いやいや、大学の時から乗ってたって」
「マウンテンバイクじゃなかった?」
「それ3日でサドル壊したやつね」
「あ、そうだった。引っ張ったら折れたんだっけ?」
「ふふ、そうそう。あ~、恥ずかしいこと思い出させるなよー」
微笑みながら、そう言って
彼は着ていたスーツの上着を脱ぐ
そして
ん、と、軽く畳んだそれを、私に差し出した
「駐車場ちょっと遠いからこっちに車回すよ。ごめん、悪いけどこれ持っててくれる?」
「え、いいよ。私がそっち行く」
「いや、それはダメ。俺傘持ってないし、風邪引くから。これ着てもいいからちょっと待ってて」
そう言って、また少し微笑むと
何気なしに、私の頭を軽く撫でて
ふわ、と私の肩に上着をかければ
彼はひとり、雨空の中に出て行った
わずかに残る、その掌の感触と
肩に掛けられた上着から香る、懐かしい香水の匂いに
胸の奥に、じわりと熱が滲む
… もしあの時、私が別れを告げていなかったら
私たちは一体、どうなっていたんだろう、
暗闇に溶けていく、その背中を見つめながら
そんなことを、ぼんやりと考えていた
.
「あ、雨降ってる」
食事を終えて店の外に出ると
真っ暗に染まった空を見上げて、彼はそう呟いた
「あ… ほんとだ、」
その黒いスクリーンに映る、白い軌道
アスファルトとぶつかる雫の音が、冷えた空気に静かに反響していた
… 今日、雨の予報だっけ、
そうは思ったものの、ぼんやりとした記憶に残る、社屋を出た時の夕暮れの空は、確かに雲で覆われていて
そこでまた、助手席に忘れてきた折り畳み傘の存在を思い出す
…… また忘れた、
「望叶、車?」
「ううん、今日は乗ってきてない」
「え、なら送ってくよ。俺今日車だから」
「え、運転出来るの?」
「いやいや、大学の時から乗ってたって」
「マウンテンバイクじゃなかった?」
「それ3日でサドル壊したやつね」
「あ、そうだった。引っ張ったら折れたんだっけ?」
「ふふ、そうそう。あ~、恥ずかしいこと思い出させるなよー」
微笑みながら、そう言って
彼は着ていたスーツの上着を脱ぐ
そして
ん、と、軽く畳んだそれを、私に差し出した
「駐車場ちょっと遠いからこっちに車回すよ。ごめん、悪いけどこれ持っててくれる?」
「え、いいよ。私がそっち行く」
「いや、それはダメ。俺傘持ってないし、風邪引くから。これ着てもいいからちょっと待ってて」
そう言って、また少し微笑むと
何気なしに、私の頭を軽く撫でて
ふわ、と私の肩に上着をかければ
彼はひとり、雨空の中に出て行った
わずかに残る、その掌の感触と
肩に掛けられた上着から香る、懐かしい香水の匂いに
胸の奥に、じわりと熱が滲む
… もしあの時、私が別れを告げていなかったら
私たちは一体、どうなっていたんだろう、
暗闇に溶けていく、その背中を見つめながら
そんなことを、ぼんやりと考えていた
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