Bite -memory-
*
「おっ、来た」
仕事を終えた、その日の夜
約束の時間通りに駅に着けば、
既にその場にいたリクは、そう言って少し目を細めた
前とは違う黒いスーツに
深緑のストライプ地のネクタイ
その姿を捉えただけで
妙に、心が落ち着く気がした
「ごめん、待たせちゃったね」
「いや俺も少し前に着いたくらいだし
謝んなくていいよ」
「… うん、ありがと」
… そういえば、
彼は、いつもそうだった
待ち合わせをするといつも、
私よりも先にその場にいて
私が着くとすぐ、『行こ』ってその大きな手を差し出して、微笑んで
私を責めることも何もせず
ただ、すべてを包み込んでくれた
… そんなことをふと思い出して
懐かしいような、切ないような
なんだか… 複雑な気分になった
「じゃ、行こっか」
「あ… うん、」
そう言って、
ごく自然に隣に並ぶ大きな影
… もう、手を繋ぐことはないけれど
まるで、その空間だけ
昔に戻ったような、そんな気がして
また少し、
不思議な感じがしたのだ
---------------------
彼が私を連れてきたのは
その駅から程遠くないレストランだった
どうやらバーも併設しているらしく、
仄かに薄暗い空間が独特の空気感を生み出している
… ずいぶん、大人びたお店だな
とっくに成人した彼に、
そんな言葉を使うのは、おかしいのかもしれないけれども
「… こんなお店知ってるんだね、」
「それどういう意味?俺には似合わないって?」
「いや… なんか、オトナだなって」
「ははっ、俺、もう立派なオトナなんだけど」
私の言葉にクスクス笑いながら、
まあ、と彼は私の座る席の椅子を引いた
「… 望叶の中では、
いつまでも子どもなのかもしれないけどね」
… 独り言のようにそう呟く彼に
胸の奥が、チクリと痛む
3年前から止まった彼との時間
… 確かに、この前までは
その時計は明らかに
時を刻むことをやめていたのだけれど
「はい、どうぞ」
「あ… 、ありがとう」
「いえいえ」
その針がまた、動き出したように
"半分の世界"が、また変わり出す
「じゃあ… 久々の再会に。乾杯」
カチン、と宙でぶつかる透明のグラス
それに合わせて
時空がそこで砕け散るような
そんな… 不思議な感じがした
.
「おっ、来た」
仕事を終えた、その日の夜
約束の時間通りに駅に着けば、
既にその場にいたリクは、そう言って少し目を細めた
前とは違う黒いスーツに
深緑のストライプ地のネクタイ
その姿を捉えただけで
妙に、心が落ち着く気がした
「ごめん、待たせちゃったね」
「いや俺も少し前に着いたくらいだし
謝んなくていいよ」
「… うん、ありがと」
… そういえば、
彼は、いつもそうだった
待ち合わせをするといつも、
私よりも先にその場にいて
私が着くとすぐ、『行こ』ってその大きな手を差し出して、微笑んで
私を責めることも何もせず
ただ、すべてを包み込んでくれた
… そんなことをふと思い出して
懐かしいような、切ないような
なんだか… 複雑な気分になった
「じゃ、行こっか」
「あ… うん、」
そう言って、
ごく自然に隣に並ぶ大きな影
… もう、手を繋ぐことはないけれど
まるで、その空間だけ
昔に戻ったような、そんな気がして
また少し、
不思議な感じがしたのだ
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彼が私を連れてきたのは
その駅から程遠くないレストランだった
どうやらバーも併設しているらしく、
仄かに薄暗い空間が独特の空気感を生み出している
… ずいぶん、大人びたお店だな
とっくに成人した彼に、
そんな言葉を使うのは、おかしいのかもしれないけれども
「… こんなお店知ってるんだね、」
「それどういう意味?俺には似合わないって?」
「いや… なんか、オトナだなって」
「ははっ、俺、もう立派なオトナなんだけど」
私の言葉にクスクス笑いながら、
まあ、と彼は私の座る席の椅子を引いた
「… 望叶の中では、
いつまでも子どもなのかもしれないけどね」
… 独り言のようにそう呟く彼に
胸の奥が、チクリと痛む
3年前から止まった彼との時間
… 確かに、この前までは
その時計は明らかに
時を刻むことをやめていたのだけれど
「はい、どうぞ」
「あ… 、ありがとう」
「いえいえ」
その針がまた、動き出したように
"半分の世界"が、また変わり出す
「じゃあ… 久々の再会に。乾杯」
カチン、と宙でぶつかる透明のグラス
それに合わせて
時空がそこで砕け散るような
そんな… 不思議な感じがした
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