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Bite -memory-








「おっ、来た」





仕事を終えた、その日の夜





約束の時間通りに駅に着けば、

既にその場にいたリクは、そう言って少し目を細めた






前とは違う黒いスーツに

深緑のストライプ地のネクタイ







その姿を捉えただけで

妙に、心が落ち着く気がした








「ごめん、待たせちゃったね」

「いや俺も少し前に着いたくらいだし
謝んなくていいよ」

「… うん、ありがと」







… そういえば、
彼は、いつもそうだった




待ち合わせをするといつも、

私よりも先にその場にいて

私が着くとすぐ、『行こ』ってその大きな手を差し出して、微笑んで





私を責めることも何もせず

ただ、すべてを包み込んでくれた






… そんなことをふと思い出して

懐かしいような、切ないような

なんだか… 複雑な気分になった







「じゃ、行こっか」

「あ… うん、」







そう言って、

ごく自然に隣に並ぶ大きな影




… もう、手を繋ぐことはないけれど




まるで、その空間だけ

昔に戻ったような、そんな気がして




また少し、

不思議な感じがしたのだ









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彼が私を連れてきたのは

その駅から程遠くないレストランだった



どうやらバーも併設しているらしく、
仄かに薄暗い空間が独特の空気感を生み出している



… ずいぶん、大人びたお店だな



とっくに成人した彼に、
そんな言葉を使うのは、おかしいのかもしれないけれども





「… こんなお店知ってるんだね、」

「それどういう意味?俺には似合わないって?」

「いや… なんか、オトナだなって」

「ははっ、俺、もう立派なオトナなんだけど」





私の言葉にクスクス笑いながら、

まあ、と彼は私の座る席の椅子を引いた







「… 望叶の中では、
いつまでも子どもなのかもしれないけどね」







… 独り言のようにそう呟く彼に

胸の奥が、チクリと痛む





3年前から止まった彼との時間





… 確かに、この前までは

その時計は明らかに

時を刻むことをやめていたのだけれど







「はい、どうぞ」

「あ… 、ありがとう」

「いえいえ」








その針がまた、動き出したように

"半分の世界"が、また変わり出す






「じゃあ… 久々の再会に。乾杯」







カチン、と宙でぶつかる透明のグラス




それに合わせて

時空がそこで砕け散るような





そんな… 不思議な感じがした









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