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Bite -memory-









そして迎えた、金曜日の朝






いつものように同じベッドで目を覚まし

いつものように一緒に朝食を摂って





身支度を終えて、

ソファでぼんやりと宙に視線を漂わせる彼に歩み寄る







「… サクヤ、」







呼びかければ、

その瞳が、ふと私の方を向いて

真っ黒なその鏡に、私が映る







そのじっとりとした視線は、

まるで私を飲み込むかのよう






その中に取り込まれてしまわないように

開いた掌を、軽く握り締めた









「… 私、今日少し帰り遅くなるから。

晩御飯作ってあるから、あっためて食べてね」









なるべく、簡潔にそう伝えれば

彼はその深紅の唇を薄く開いたまま、

ゆっくりと二度、瞬きをした





そして








「… かえってくる?」








… 少し不安げな声で、そう尋ねた







空気に溶け込む、その淡い声

長い睫毛の奥の瞳が、微かに揺れた気がした








「うん。遅くなるけど、帰ってくるよ」

「… そう、」








そう呟くと、
その睫毛を伏せて、

彼は小さく一度、頷いた





… とりあえずは、
納得してくれたようだ







「… じゃあ、行ってくるね」







そう言って玄関に向かえば、

いつも私を見送りなどしない彼も、珍しく私の後ろをついてきて






靴を履いて彼の方を振り返った瞬間、

すっと背中に手が回って

ゆるく、
けれど確かに、抱き締められた








私の肩に顔を埋めて

その手は私の服をきつく握りしめる








… そんな彼に

なぜか、
ぎゅっと、胸が苦しくなった








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