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Bite -memory-









『この駅の近くに職場があるから、

時間が合えば、飯でも行かない?』





その後、しばらく彼と他愛もない話をして
その誘いに頷いた私に、彼はまた微笑んだ





『じゃあ、また連絡する』





そんな言葉を残して、

リクは改札をくぐり、駅の中に消えて行った






彼が立ち去った後も、

その場にわずかに漂う、彼が残した空気






昔と変わらない、香水の匂い

目の裏に残る、穏やかな笑顔

去り際に優しく私の頭を撫でた掌






そのどれもが、懐かしくて

鼻を掠める雨の匂いに包まれながら
訳もなく、その場に立ち尽くしていた








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「… ただいま、」




いつもよりも2時間も遅く、その部屋の扉を開く


水たまりを踏みつけたヒールを脱ぎ、
明かりの漏れるリビングへ足早に入る



雨のせいで、爪先がわずかに湿ったストッキング



それを脱ぐ前に、リビングに足を踏み入れたけれど

視界に広がる空間に、人影は存在しなかった





… あれ、






「… サクヤ?」




人気のない空間に、そう呼びかけると

ガタン、と廊下の方から音がする




それに気付いて振り向けば、

ちょうど脱衣所から、彼が出てきた




… どうやら、シャワーを浴びていたらしい




白いタオルでその濡れた黒髪を拭いながら

ゆっくりとリビングに入ってくる彼に、声をかける






「…… サクヤ、」







名前を呼べば、
少し俯いていた彼が、ふと顔を上げて

その真っ黒な瞳と、視線が絡む




… けれど





次の瞬間、

彼は私からふいっと目をそらして

そのまま真っ直ぐ、寝室に入っていった







… 少し、驚いてしまった






今までも、
彼が私の言葉に反応しないことはあったけれど

今のように、明らかに故意に

私の存在を拒絶するかのように、
彼が目をそらしたのは、初めてで




反射的に、

彼が姿を消した寝室の方に、視線を向ける






彼が揺らした空気に残る、淡い石鹸の香り







… どうしたんだろう、







そうは思いながらも

やはり私には、
それ以上彼に踏み込む勇気はなくて



寝室に向けていた視線を下げて

雨に濡れたストッキングがフローリングに残した足跡を見つめてから、脱衣所に向かった








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