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Bite -the past-







「ただいま…」




その日の仕事を終えて、アパートに戻り

いつものようにその部屋の扉を開くと



玄関には

今朝はなかった、白いスニーカーが置かれていた





… 帰ってきたんだろうか、





雑に脱ぎ捨てられたそれらを揃えて端に寄せ
私もヒールを脱ぎ、リビングに向かう




昨日とは異なり、煌々と電気の灯る部屋




その空間に小さく響く呼吸の音を辿れば

彼はソファに身体を預け、目を閉じていた





わずかに左に傾いた頭

穏やかに伏せられた長い睫毛

薄く開いたその赤い唇






そんな彼の姿を見れば、

自然と、身体から力が解れていくような気がした






「…おかえり、サクヤ」






座ったまま眠る彼にそう声をかけて、

寝室から毛布を持って来て、その身体に掛ける





それからソファのへりに手をつけば

彼の方に手を伸ばし、
その瞼にかかる前髪を分けて

その穏やかな寝顔を、ぼんやりと見つめる









… 一体、いくつなんだろう









ふと、
そんなことを考えた





顔だけを見れば、まだあどけなさが残るし

私やリョウよりも、かなり年下のようにも思える



… けれど



その身体は完成した"男性"そのもので

私とそこまで変わらないのかもしれない、とも思う







そう、

彼は、矛盾だらけなのだ







彼が含有する、それらの相反する事実のせいで
もともと秘められた彼の真実は、余計にその影を潜めて

知ろうとすればするほどに、遠ざかる気さえする







… まあ実際、私は彼のことを知らないし

私の思考の中に正解は存在しないのだけれど









ただ、ひとつ確かなのは

彼の精神は、明らかに幼いということ









彼には、自制能力が欠如している



まるで小さな子供のように

自分の欲望をうまく抑制することが、出来ないのだ








彼の脳はきっと、

どこかの発達過程で、その成長を止めてしまっていて








彼の心は今も

幼稚で、未熟で、脆いまま









… それなのに、


その身体は、成熟し切った"大人"で


『性行為』なんてものまでしっかりとマスターしているのだから、驚いてしまう









… おそらく、

彼の思考能力を置いて

その身体だけ、
年月と共にどんどん成長して行ってしまったのだろう






いや、むしろ

『彼の脳が成長を拒んでいる』と言った方が、適しているかもしれない









とにかく、彼の心は幼く

そしてきっと、

今でも、"傷"だらけなのだ









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