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青藍と天鵞絨

【いつも、いつでも、いつまでも】

冬の冷気が頬を刺すように撫で、リンハルトは身震いする。
穏やかな日差しの中で心地好い風が吹いていた秋は、とっくに終わってしまった。
そう思い知らされる空気に、リンハルトは窓の外を眺めながら、小さく溜息を吐いた。
「今日は外での昼寝は難しそうだなあ……」
「風邪引くぞ」
そう苦笑しながら、ベレトがリンハルトの肩に温かな上着を掛ける。
「ありがとうございます、先生」
リンハルトが甘えるように擦り寄ると、ベレトはよしよしとその髪を撫でた。
「今日は温かいお茶を入れてのんびりしよう」
「つまりいつものように過ごすってことですね」
嬉しそうに笑うリンハルトに、ベレトも穏やかに笑い返す。
隠居してから初めて迎える冬だが、過ごし方はいつもと大して変わらない。
ベレトの入れた紅茶を飲んで、ほっと息を吐いたリンハルトは、感慨深げに呟いた。
「幸せだなぁ……」
「俺もそう思うよ」
リンハルトの様子を眺めながら、ベレトは幸せそうに笑う。
「愛しい伴侶に美味しい紅茶。こんなに幸せなことはないな」
「後は毎日うららかな日差しが差し込んでくれれば最高なんですが」
リンハルトはそう言ってから、思いついたように、
「先生、暖かいところに移住する気とかありません?」
「うーん……」
ベレトは少し悩むようにしてから、小さく首を振った。
「フォドラから離れるのは、ちょっとな」
「そうですか」
リンハルトはあっさりと引き下がる。
フォドラは、ベレトの中にいたらしい神祖ソティスの住んでいた地でもある。
愛着、というよりは、ベレトにとっては思い入れのある地なのだろう。
「まあエーデルガルト……陛下が許さなそうですよね、先生がいなくなるの」
「まあ……確かにな……」
ベレトとリンハルトが隠居を宣言した時も、時の皇帝陛下は難色を示された。はっきり言ってしまえば、大分ごねた。あの手この手で二人を引き留めようと頑張っていたが、二人の―――というか、リンハルトの昼寝にかける意志は固く、結局は折れてくれたのだ。
「未だに僕と先生が戻ってくるのを諦めてない節がありますし、国外に行ったなんて知れたら怒りそうだな……」
「旅行というのはどうだろう」
と、ベレトは言った。
「知らない土地を歩いてみるのも楽しいと思うんだが」
「うーん……、……あ」
と。
不意にリンハルトが立ち上がり、窓に駆け寄る。
ベレトもつられて立ち上がり、「どうしたんだ?」と窓に近寄った。
「先生、見てください。雪ですよ」
言われてみれば確かに、灰色の雲空からちらほらと、白い雪が零れ落ちているのが見えた。
「本当だ……道理で冷えるわけだな」
「これは……」
リンハルトはがっかりしたような声で、肩を落とす。
「しばらく昼寝は部屋の中だなぁ……」
「まだ諦めてなかったのか?」
「天気が良ければ機会もあるかと思ったんですが」
やや呆れながら言うベレトに対し、リンハルトはしれっと言ってのける。
「まあ良いですよ。先生が隣にいるならどこでだって」
ベレトは目をちょっと丸くしてから、思わず伴侶の肩を抱き寄せた。
「先生?」
「……あんまり可愛いことを言うと、寝かせてやれなくなるぞ」
何かを色々と堪えるように、ベレトはそう呟く。
リンハルトは真面目な顔で、
「望むところですよ?」
「お前なあ……」
「堂々と朝寝が出来る言い訳も立ちますし。……冗談ですってば」
何とも言えない顔をしてみせるベレトに、リンハルトは笑いながら軽くキスをする。
ベレトは誤魔化されないぞと言いたげにリンハルトを見つめたが、結局は色々と諦めたように、リンハルトを抱き締めた。
「全く、……お前には昔から敵わないな」
「惚れた弱みってやつですか?」
「その通りだよ」
ちょっと悔しそうに言いながらも、ベレトが向けてくる視線は、どこまでも甘やかだ。
幸せだなぁ、と、リンハルトは内心呟く。
この人の一番になりたいと伝えたあの日が、遠い昔のような、昨日のことのような気がする。
実際のところ、とっくの昔から、自分はベレトの一番だったわけだけれど。
「……そう言えば、先生」
ふと思い出したように、リンハルトは言った。
「僕、思ったんですけど」
「ん?」
「さっき、旅行の話をしてたじゃないですか」
ベレトの腕の中に収まりつつ、リンハルトは彼の肩に頭を預けた。
「貴方がいれば、僕、多分どこだって楽しいと思うんですよね」
「……奇遇だな」
ベレトは微笑むと、リンハルトを更に抱き締めた。
「俺も、リンハルトがいるなら何処でも幸せだよ」
「ふふ」
リンハルトはベレトの顔を見直すと、珍しく照れ臭そうに笑った。
「知ってますよ、そんなこと」
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