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青藍と天鵞絨

【牽制と敗北と羽毛布団】


「眠れないんですよね」
深夜に訪ねてきた生徒の第一声に、べレトは目を丸くした。
「どこか悪いのか」
「うーん、そういう訳でもないみたいなんですけど」
リンハルトは愛用の枕を抱えたまま、しれっとした表情で、
「強いて言うなら、疲れですかね」
「疲れたら普通、人は眠くなると思うんだが」
「疲れ過ぎると逆に眠れなくなったりしません?」
まあ、確かにそういうこともあるかもしれないが、とべレトは頷きつつ、
「で。何で俺のところに?」
しかも枕まで持って。
訊ねるべレトに、リンハルトは爽やかな笑顔で、
「一緒に寝てもいいですか。先生と」
「なんでそうなるんだ」
本当にどうしてそうなった。
べレトからしてみれば至極真っ当な疑問に対し、リンハルトは「やだなぁ、何もしませんよ」と真面目な顔をしてみせる。
「一人だと眠れない気がしたので先生のところに来たまでです。先生のところなら、よく眠れそうな気がしたので」
「…………」
俺は眠れなくなりそうなんだが、と言いかけるのを、べレトはぐっと飲み込んだ。
このまま曖昧な返事を返していれば、リンハルトはなんだかんだとべレトを丸め込み、部屋に押し入ってくるに違いない。
そうされたい、流されたいと思ってしまっている自分が、内心少し腹立たしい。
はっきり駄目だと断ればいいだけの話だ。
お前と俺は生徒と教師なんだから、と。
だから自分の部屋に戻りなさい、と。
そう言えば良いだけの話だ。
「…………わかった」
愚かじゃのう〜と、ソティスの声が聞こえた気がした。
リンハルトは、分かりやすくぱっと顔を輝かせるなり、いそいそと部屋に入ってきた。この表情に、いつも勝てずにいる気がするのは、恐らく気の所為ではない。
「言っておくが、寝るだけだぞ」
「寝る以外に何かあるんです?」
既にベッドに枕を並べながら訊いてくるリンハルトに、べレトは一瞬言葉に詰まる。
「冗談ですよ」
そう言って、リンハルトは悪戯っぽく笑った。
「寝るだけにします。今日はね」
「…………」
やはり、勝てない。
きっとこれが惚れた弱味と言うやつなのだろうと、べレトは一人で納得した。





***





そういえばそんなこともあったなぁ、と、ベッドの上で自分にもたれかかる伴侶の髪を撫でながら、べレトは何となく話題に出した。
最愛の人に寄りかかりながら本を眺めていたリンハルトはというと、その話には覚えがないらしかったが、しばらく視線を彷徨わせ、「ああ」とようやく思い出す。
「そういえば、そんなこともありましたねえ」
「あの頃から俺が好きだったのか?」
照れも恥じらいも遠慮もなしにべレトが訊ねると、「まあ、そうですね」と、リンハルトもあっさり肯定した。
「でもあれは、別に貴方に好意を差し向けに行ったわけじゃないんですよ」
「……?」
じゃあ何だったんだ、と言いたげなべレトに対し、
「僕も若かったんですよね」
と、リンハルトはやや嫌そうな顔を見せた。
「当時、っていうか今でもですけど、先生がやたらと周りにもててたので、牽制しておきたかったというか」
「牽制」
「実際はそんな心配要らなかったんですけどね」
リンハルトは甘えるようにべレトに擦り寄る。
「先生、僕のことしか見てませんでしたし」
「恋愛という意味ではな」
べレトはそう言って、リンハルトの髪に口付ける。
「なんと言うか……そういうことだったんだな。納得した」
「そういうことでした」
さて、とリンハルトは読み掛けの本に栞を挟んで閉じると、
「先生、そろそろ寝ましょう」
と、べレトの服を引っ張った。
「先生がいると、よく眠れるんですよ、僕」
そう言って笑うリンハルトに、べレトも釣られて微笑み返す。
「分かった分かった、今日はもう寝よう」
寝る前の口付けを交わし合い、二人で布団に潜り込む。
「あ、先生」
「ん?」
「寝るだけじゃ物足りない時は、そう言ってくださいね」
「……いいからもう寝なさい」
悪戯っぽく笑うリンハルトに、べレトはもう一度口付けてやる。
相も変わらず、この笑顔には勝てなかった。


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