青藍と天鵞絨
季節の変わり目の折り、ベレトが突然熱を出した。
今までに無かったことに、初めはリンハルトも動揺したが、どうやらただの風邪らしい。
念の為にと呼んだ医者も同じ見立てだったことから、リンハルトは酷く安心した。
「数日は安静にしてなきゃ駄目ですよ」
リンハルトはベレトを布団に押し込めながら言い含める。
「たかが風邪だと侮って、肺炎になったりしたら大変ですからね」
「わかった……」
ベレトは素直に頷きながら、小さく咳き込む。
「……風邪なんて、子供の頃以来だ……」
「先生、僕よりよっぽど丈夫ですもんね」
ベレトの額から、汗で張り付いた髪を払ってやりながら、リンハルトは首を傾げてみせる。
「浮気でもしました?」
「……何の話だ?」
「あれ、前に話しませんでしたっけ」
桶の水に浸した布を軽く絞り、リンハルトはベレトの汗を拭いてやる。
「浮気をすると、具合が悪くなる呪いにかかるって」
数年前の思い出話に、ベレトは一瞬懐かしそうに目を細めてから、大変不本意そうに、
「……するわけない」
「知ってますよ」
リンハルトは小さく笑って、ベレトの髪に口付けた。
「そろそろ薬が効いてくる頃でしょうから、あとはゆっくり寝てくださいね」
「……リンハルト」
「何です?」
ベレトはリンハルトの名前を呼んでから、迷うように視線を泳がせ、やがて申し訳なさそうに言った。
「……移さないようにするから、傍にいてくれないか……」
リンハルトは思わずきょとんとしてから、小さく笑う。
「当たり前じゃないですか。僕なら大丈夫ですから……おやすみなさい、先生」
「ん……」
ベレトは安心したように目を閉じる。
しばらくして、小さな寝息が聞こえてきて、リンハルトはほっと息を吐いた。
「……長生きしてくださいね、先生」
今日は付きっきりで看病しよう。
そう心に決めて、リンハルトはずれた布団を、そっと掛け直してやった。