子犬と、やきもち妬きな恋人
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春風が街角の花壇を揺らしていた。
石畳の続く坂道の途中、色とりどりの花が咲き乱れ、陽の光はどこまでも優しく、世界は平和そのものだった。
そんな中、サリスがふと立ち止まった。
「……あら?」
栗色の髪が揺れ、サリスがかがみこむ。
彼女の視線の先で、小さな震える塊がうずくまっていた。
「……子犬?」
淡いクリーム色の毛並みに、ちょこんとした耳。
つぶらな瞳が不安げにサリスを見上げている。
「大丈夫? ひとりなの?」
サリスが優しく声をかけると、子犬はぴいと鳴いて小さく尻尾を振った。
「レオ、ちょっと来て!」
レオは背後から駆け寄り、彼女の隣にしゃがむ。
「……迷子か? どこかの家の犬かな」
「でも首輪も何もついてないの。どこから来たのかしら……」
そう言って、サリスは子犬をそっと抱き上げた。
その腕の中で、子犬は安心したように体を寄せる。
……その瞬間、レオは自分の胸の奥で、なにかがモヤッと動いたのを自覚した。
(……ちょっと待て。何だこの感覚)
たしかに子犬は可愛い。迷子なら保護すべきだ。わかってる。
でも……。
(なんであいつ、あんなに嬉しそうなんだ……?)
サリスの瑠璃色の瞳が、子犬に向けられるたび、なんだか妙に落ち着かなくなる。
その瞳は、いつもは俺だけのものだった気がして──
「お名前、あるのかしら? ごはん、ちゃんと食べてる? あっ、足にちょっと泥が……拭いてあげなくちゃ」
「……なあ、サリス」
「ん?」
「……それ、どこまで面倒見る気なんだ?」
「え、だって、ほっとけないでしょう? こんな小さくて震えてるのに……」
レオは口を開いたまま、言葉が出てこなくなった。
(お、俺だって、小さくて震えてたときあったぞ? 寒い夜、浜辺で)
子犬がくぅんと鳴き、サリスがふわっと微笑む。
その笑顔があまりにも優しくて、レオはつい目を逸らしてしまった。
(……俺の恋人だよな?)
ちくちくする。胸が。
なんでだ、相手は子犬だぞ。こんなことで嫉妬なんて、男として器が小さいにもほどが──
「ふふ、レオ、顔がむくれてるわよ?」
「……むくれてない」
「むくれてる。おでこに“ヤキモチ”って書いてあるもの」
「書いてねぇよ……!」
子犬がサリスの腕の中でふにゃあとあくびをする。
彼女が頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じた。
……そしてレオは思う。
(あーもう、俺もあれになりたい)
***
子犬の飼い主は、街の掲示板に貼られていた迷子の張り紙によってすぐに見つかった。
少年が駆け寄ってきて、「クルル!」と名前を呼ぶと、子犬はしっぽを振って跳ね上がった。
「よかったわね」
「ほんとに……ありがとう!優しいお姉さん!」
「ふふ。いいのよ。無事でよかった」
少年と子犬が街角を駆けていくのを見送り、サリスはふうと小さくため息をついた。
「……なんだか、ほっとしたら急にさみしくなっちゃった」
「……なら」
レオが、そっとサリスの手を取った。
「今夜は俺のこと、めいっぱい可愛がってくれよ」
サリスがきょとんとして、すぐにくすっと笑った。
「ふふ、そっか。レオ、ずっと拗ねてたのね?」
「……そ、そんなんじゃ……!」
「顔にぜんぶ出てたわよ」
サリスがいたずらっぽく微笑みながら、そっと彼の胸に顔を寄せた。
「ごめんなさい。ちょっとだけ、レオのこと後回しにしちゃって。でも、あなたが一番大事よ」
その言葉が、まっすぐに胸に届く。
不思議だ。心の奥にあったちくちくした感情が、たったそれだけで全部消えていく。
「……ん。俺も、わかってた。おまえが優しいの、知ってるし。だから……その、ありがとな」
「ええ。だから今夜は、お返しよ」
サリスは笑いながら、レオの手を引いた。
「レオにはレオだけの特別なごはん作ってあげる。もちろん、甘やかしもたっぷりね」
「……あんまり甘やかされると、ダメな男になるかもな」
「いいの。レオが甘えられるの、私だけだもの」
月の光が降る街角で、二人の影が静かに寄り添う。
子犬がくれた、ちょっとした試練と、あまやかな夜の約束。
それは、またひとつ、二人の距離を近づけた出来事だった。
