エメラルドの檻 ─番外編─【オリジナル夢】
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どうにも、身体が重かった。
関節の奥がじわりと軋むように痛む。喉も少し乾いていた。
──熱だな、こりゃ。
気づかないうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。
先日の悪夢のせいか、それともあの時の遠出の反動か……思い当たる節はいくらでもある。
サリスの作ってくれたスープが目の前に置かれていたけど、香りすらぼんやりとしていた。
「……すまん。少しだけ横になる」
ようやくそれだけ言葉にして、俺はベッドに向かった。
いつもなら、どこか誤魔化すように平気な顔をしてみせるんだが、
今日ばかりはどうにもならなかった。
布団に潜り込むと、すぐに背中にそっとした気配がついてきた。
案の定、彼女はついてきていた。
「……サリス」
「うん、ここにいるわ。ほら、ちょっとおでこ見せて」
ひんやりとした手が、俺の額に触れる。
その温度が心地よくて、目を閉じた。
「サリス……なんか、歌ってくれないか」
ほんの冗談のつもりだった。
でも、彼女はそれを真剣に受け止めたようだった。
「……わかったわ。じゃあ、いつも頑張りすぎてしまうレオには、癒しの歌を捧げましょう」
静かに、息を吸う音が聞こえる。
そして──
──
Aurea luma, fluir del mar,
金の光よ、海の流れにのって
Calma les penas, sanar el alma.
痛みを鎮め、魂を癒して
Sotto le onde, vi synger vi,
波の下で、私たちは歌うの
Echo of love, kuponyaji mio.
愛のこだまよ、わたしの癒しよ
Mana ya moyo, luz eterna,
心の力、永遠の光よ
Heal these scars, og bær min sorg.
この傷を癒し、悲しみを抱いて
Silencio dulce, canto di stelle,
甘やかな静寂、星々の歌
Låt vinden viske: “You are whole.”
風に囁かせて あなたはもう大丈夫
Aqva canta, cuore canta,
水が歌い、心が歌う
Busol de vida, mwangaza wa tumaini.
命の羅針盤、希望のひかりよ
Into the deep, dentro il sogno,
深き場所へ、夢の中へ
Mermaid’s lullaby, spirito sanare.
人魚の子守唄、癒しの精霊よ…
──
「……ああ、その歌……知ってる気がする」
目を閉じたまま、声が漏れた。
どこか懐かしいような、不思議な感覚だった。
「覚えてた? 私がまだ陸に上がって、レオと旅をし始めたころ。
あなたが怪我をして、高熱を出して倒れた時に歌った人魚族に伝わる癒しの歌よ。
……あの時は、歌に魔法を乗せることができたから、傷も熱も癒せたの」
彼女は少し寂しそうに笑った。
でも、あの時の記憶は、確かに俺の中にもあった。
そう、あれは旅の初期──
俺が落石に巻き込まれそうになって、崖から滑落したんだ。
奇跡的に助かったが、腕が折れて足もひどくやられて、満足に動けなかった。
あの時の、泣きじゃくった彼女の顔は、今でも鮮明に思い出す。
彼女はその華奢な身体で、俺を洞窟まで引きずって運んでくれた。
痛みと高熱でうなされる俺の額に手を置きながら、あの歌を歌ってくれたんだ。
あの時の彼女は、月明かりに照らされながら、淡く光を放っていた。
「……あの魔法は、今まで見た中で一番綺麗だった。まるで女神がそこにいるかと思ったよ。
たぶん、あの時がきっかけで、ほんとの意味で、お前から目が離せなくなった」
「ふふっ、なにそれ? 初耳だわ」
「……照れ臭かったんだよ。
いい歳した大人が、この歳で初恋なんてさ。
最初はなんだか危なっかしいお嬢様って感じだったのに、
目を合わせるたび、笑いかけてくれるたび、心臓が飛び出しそうになってた。
……遅すぎる思春期かって、何度も思った」
「まぁ……ふふふ」
サリスの笑い声が、ほんのりと部屋に広がる。
「最初は下手くそだった俺の料理も、全部残さず食べてくれて……
味の薄いスープも、焼きすぎた肉も、全部“美味しい”って言ってくれた」
あれがどれほど救われたか、今さらになって気づいた。
俺は、誰かのために食事を作るなんて考えたこともなかった。
かつては、食べることすら“任務の一部”だった。生きるための燃料、ただそれだけ。
でも、彼女は「美味しいね」って言ってくれた。
笑って、スプーンを差し出して、「また作ってね」って。
それが、どれだけ心に沁みたか。
「……なぁ、ずっと聞きたかったんだけどさ」
「なぁに?」
「俺たち、どこかで会ったことあるんじゃないかって。
……現代じゃない、どこかで」
その問いに、サリスは少しだけ目を見開いて、微笑んだ。
そして、何かを悟ったように、小さく「ええ」とだけ頷いた。
───
─「俺たち、どこかで会ったことあるんじゃないかって。
……現代じゃない、どこかで」
俺の問いに、サリスはほんの一瞬だけ目を見開いた。
それから、何かを受け取ったように、静かに微笑んだ。
「……ええ、そうね。そんな気がするわ」
はぐらかすようでもなく、確信しているようでもない。
ただ、深く頷いてくれたその表情に、何とも言えない安心感を覚えた。
俺は、夢の話をしたわけでもないのに。
“いつかどこかで”なんて曖昧な言い方をしただけなのに。
彼女はまるで、それを分かっていたように答えた。
「……レオ、あなたはやっぱり……」
その時、サリスがぽつりと、ほとんど呟くように言った。
「……あなたは、やっぱり聖霊に選ばれてしまったのね……」
聖霊──?
その言葉だけが、やけに澄んで響いた。
何か、遠くの鐘の音のように、心の奥を小さく震わせる。
けれど、すぐにぼんやりした頭ではその意味を拾いきれなかった。
「……ん? ごめん、今なんて……」
問いかけようとした瞬間、サリスは首を振って笑った。
「いいえ、何でもないのよ」
その微笑みは、どこか大人びていて、けれど優しかった。
ああ、なんだろうな──
今、言葉にはできない何かが通った気がした。
「ほら、まだ熱があるんだから横になって。お喋りはまた明日」
「……うん。ありがと」
額に手を添えられ、布団を引き直してもらう。
その一連の動作が、まるで夢の中のように優しかった。
髪が額に触れて、くすぐったくて、でも気持ちよくて。
ほんのりとした甘い香り。
耳元で小さく囁くような声。
「……好きよ、レオ。あなたの全部が、私にとっては特別だから」
その声だけが、しっかりと身体の奥に染み込んでいった。
俺は微熱に浮かされながら、彼女の指がそっと手を握るのを感じた。
その温もりが、眠りの中へ誘う。
そしてその夢の中で、俺はまた不思議な映像を見た。
白い神殿の階段。
揺れる水面。
風に歌うような光の粒たち。
その中に、誰かがいた。
……銀の髪。水面を写したような瞳。
けれど、それは今隣にいるサリスではなく──
もっと神聖で、もっと儚くて、でもどこか懐かしい“誰か”。
俺はその人の名前を呼びたかった。
だけど──声が出なかった。
なぜだろう。名前が……思い出せない。
なのに、心臓が痛いくらいに、彼女を求めていた。
「……君、は……」
かすれた声で、そう呟いた瞬間、
隣から、優しくて暖かな腕が伸びてきた。
「……レオ、大丈夫よ。ここにいるわ」
現実へと引き戻されたその瞬間、俺の胸がぎゅっと熱くなった。
夢と現実の境目が曖昧で、でも確かに今、彼女がそばにいてくれる。
それだけで、こんなにも救われるなんて。
「なぁ、サリス……」
「なに?」
「もうちょっとだけ……わがまま言っても、いいか?」
「ふふっ、今日だけじゃなくて毎日でしょ?甘えん坊さん」
そう言って彼女は、俺の髪を撫でながらそっと抱きしめてくれた。
温もりに包まれて、ようやく眠気が静かに押し寄せてきた。
甘やかな香りと、柔らかな体温。
あの歌の余韻が、心の奥にまだ残っている。
このまま眠ってしまいたい。
いや、むしろこのまま──
“魂の奥で繋がっていた記憶”に、いつかたどり着けるように。
そんなことをぼんやり考えながら、
俺はサリスの腕の中で、深い眠りへと落ちていった。
──Fin
